HR Professionals:人事担当者インタビュー

第26回 人事の真の役割は「組織づくり」であり、企業における一つの「成果」と見なされるべきである。

第26回 人事の真の役割は「組織づくり」であり、企業における一つの「成果」と見なされるべきである。

日本トイザらス株式会社 執行役員 人材・コミュニケーション本部長 青木 岳彦氏

40年近くにわたって、さまざまな企業の組織や人事制度の改革に取り組んできた青木岳彦氏。現在は日本トイザらスの人事トップとして、「会社を成長させる人事」の実現に注力しています。人事はいかに企業変革に寄与していけばいいのか。そのノウハウを、貴重な体験談とともにうかがいました。


青木 岳彦氏  プロフィール

1981年、株式会社ブリヂストンに入社。89年から15年間にわたり、米国でファイアストーンの組織・
人事のPMI(買収後の組織統合)および米州事業の再建に従事した後、2004年に英ボーダフォンのアジア・パシフィック地域担当人事ディレクターに就任し帰国。06年にウォルマート傘下の株式会社西友に執行役シニア・バイスプレジデント人財部担当として入社。ウォルマートのビジネスモデルへの変革を
人事・組織面でリードした後、店舗開発、事業開発を担当する。
その後、日本マクドナルド、ベンチャー企業の株式会社Tryfundsでの顧問を経て、16年4月より現職。
日本トイザらスの成長戦略を実現する人材施策を推進している。


唯一の人事部員として米企業に派遣される

― これまで37年間にわたって、さまざまな企業の人事部で活躍されてきたとのことです。最初に入社したのはどちらの企業だったのですか。

 大学を出て最初に働いたのはブリヂストンです。入社したのは1981年で、そこでたまたま人事部に配属されたことでキャリアの方向性が決まりました。その後今日まで、途中の数年を除いて、ほぼ一貫して人事畑で働いています。

 ブリヂストンに入社して最初の転機は、米ファイアストーン社の買収でした。のちにM&Aの成功例として語られることになったケースですが、当時ファイアストーンの業績は非常に悪かった。そこで会社再建のために日本から多くの社員が派遣されました。そこで唯一の人事部員として送られたのが僕です。

 すでに8年間の人事の経験がありましたから、そのノウハウをもとにファイアストーンの人事制度を見直そうと思っていましたが、甘かったですね。日本の人事のスタイルを適用しようとしても、まったく相手にしてもらえませんでした。かといって、それまでのファイアストーンのやり方を続けていては、再建は不可能です。そこで僕は、当時の最先端のマネジメント理論を参考にすることにしました。

 日本の経済力に押されていた当時のアメリカでは、実業界とアカデミアが手を取り合って新しいマネジメントの方法を模索していました。例えば、MIT産業生産性調査委員会のメンバーが書いた『Made in America』などがその成果の一つです。

 その本を読むと、ファイアストーンの何が問題なのかがよく理解できました。それを参考にして僕は、現場への権限移譲や、評価と報酬の連動など、さまざまな新しい仕組みを導入しました。その結果、2年で利益が出るようになりました。あれは今につながる非常に貴重な経験でした。

― 重責を見事に果たされたわけですね。

 しかし、問題はそれだけではなかった。次に解決しなければならなかったのが労働組合との関係です。日本の労組は、組合員のことをきちんと考えているし、労使協調という文化もあります。しかしアメリカの労組は、極論すれば、組合員を増やして組合費を獲得することのみをほぼ唯一の目的とする団体であり、「話せばわかる」という日本的なスタイルが通用する相手ではありませんでした。僕は従業員の働き方を変えなければ会社の成長はないと信じていたので、その労組を相手に労働協約を全面的に見直す交渉をしました。ゼロベースで書き上げた協約書を提示したのはアメリカの労働界では初めてのことだったと思います。

 結果、10カ月のストライキが起きたのですが、企業と従業員の双方にとってプラスになる提案をすることで、最終的にこちらからの見直し案が受け入れられました。

 それまでのファイアストーンの経営者には、組合との関係は経営にとって制約条件であり、妥協は仕方がないという考え方がありました。しかし、そこで思考停止してしまっては会社の成長もストップしてしまいます。働き手にとって本当にメリットのある方法を真剣に考え、それを本気で実行すれば障壁は乗り越えられる。足掛け3年にわたったあの交渉で、そんなことを僕は学びました。


一人ひとりの従業員を主役に

― その頃は、まだ30代ですよね。

 渡米したのが31歳、労働争議が始まったのが36歳のときです。さらに30代でもう一つ大きなイベントがありました。450億円をかけた新工場の建設プロジェクトです。

 組織改革や労働協定の見直しはリストラクチャリングの一環でしたが、工場建設はビジネスを拡大させるための成長戦略でした。ブリヂストンは、それまでも海外に生産拠点を構えていましたが、品質、コスト、生産性の点で日本国内の工場に太刀打ちできる工場は一つもなかった。そこで社長は、世界一の工場をつくることを新工場建設プロジェクトのミッションとしました。ミッションはそれ以外に2つありました。2年以内にフルキャパシティーの生産を実現すること、そして組合を関与させないことです。

 僕は、自分から手を挙げてこのプロジェクトの担当になり、土地探しから関わりました。人事担当者として最もやりがいのあるチャレンジだと思ったのは、従業員との関係づくりでした。従業員が働き方や会社の方針に不満をもてば、そこに労組の存在意義が生まれます。ならば、不満のない働き方を実現すればいい。

 僕が考えたのは、従来のアメリカの生産現場のように、従業員を工場のパーツのように扱う非人間的なやり方ではなく、一人ひとりをリスペクトし、自立して働ける環境を整備し、その結果、全員の力の総和によって生産性が向上するような工場づくりです。これは、当時のアメリカの新しいマネジメント理論のコアにあった考え方で、「チーム・コンセプト」と呼ばれていました。

 それを実現するために、チーム単位のインセンティブを設定したり、現場に決定権を与えたりするといった施策を実行したのですが、最も重要だったのは「偉い人」を優遇しないことでした。マネジャーの個人オフィスは用意しない。幹部の専用駐車場も設けない。エグゼクティブ専用の入口をつくったりもしない。工場内の一番いい場所を一般の従業員の共有スペースにする──。工場の主役は、「偉い人」ではなく一人ひとりの従業員であるという方針を貫き、それに沿ってハードやソフトをデザインしたわけです。その結果、稼働後それほど時間がかからずに、ブリヂストンの海外工場の中で最も高い生産性を実現することができました。

― 舞台がアメリカだったとはいえ、ブリヂストンのような歴史ある大企業で、そこまでの斬新な方針を実現するのはたいへんだったのではないですか。

 大きな会社、歴史の長い会社の変革が難しいのは確かだと思います。あの新工場プロジェクトでそれが可能だったのは、まったくのゼロから始めることができたからです。既存の工場を改革するといったプロジェクトだったら、あそこまでうまくはいかなかったでしょう。逆に言えば、いかに大きな企業といえども、まったく新しい部署や拠点をゼロから起ち上げ、そこでそれまでにない新しい仕組みやカルチャーをつくるといった方法ならば、斬新なことができるということです。今振り返ってみて、アメリカで一番達成感があったのはあの仕事でしたね。


「従業員」ではなく「仲間」

― 日本に帰って来られたのはいつ頃だったのですか。

 2004年です。ブリヂストンを辞め、のちにソフトバンクに買収される携帯電話会社ボーダフォンを経て、スーパーマーケットチェーンの西友に入社しました。西友が米ウォルマートの出資を受けて4年くらい経っていた頃です。

 僕が人事担当者として担ったのは、ウォルマートの「エブリデイ・ロープライス」モデルを日本で定着させるための組織改革をすることでした。全国店舗に一律のコンセプトを導入し、リーダーシップチームをつくり、商品価格を安くするために流通過程にあるいろいろな無駄を省いていく。そんな仕事です。
当然、旧来の既得権益があちこちにあって、抵抗も大きかったのですが、アメリカから派遣されてきたCEOのもとで信念をもって変革に取り組みました。

 ウォルマートは、現場で働く人たちを「エンプロイー(従業員)」ではなく、「アソシエイト(仲間)」と呼びます。一人ひとりをリスペクトしているわけです。その点では、私が起ち上げに関わったブリヂストンの新工場にカルチャーが似ていました。私の人事担当としての仕事は、そのカルチャーを内部にくまなく浸透させていくことだったと言えます。ウォルマートのコンセプトやビジネスモデルと人事施策の一貫性をつくるのは難しい仕事ではありましたが、3年くらいかけてそれをやり遂げることができました。

― それらの実績を買われて、トイザらスに迎えられたのですか。

 その後、Tryfundsというコンサルティングベンチャーに関わっています。日本に帰ってきたとき、僕は日本の企業風土を変えたいという目標をもっていました。アメリカで長年働いて実感したのは、現場の従業員の優秀さやモチベーションの高さにおいて日本企業は圧倒的に優れているということです。
しかし、リーダーのレベルは残念ながら低い。現場が優秀なので、リーダー人材が鍛えられる機会があまりないのです。リーダーの実力が上がれば、日本企業は本当に強い組織になるはずです。そのビジョンに僕はトライしてみたかった。それができる機会をベンチャーでいただいたわけです。現在もその会社にCHROとして籍を置き、組織風土づくりを続けています。


企業経営における人事戦略の役割とは

― グローバル企業、流通、ベンチャーと、本当に多彩な経験を積んだのちにトイザらスに来たわけですね。

 トイザらスは小売業という点で西友と共通しています。小売業がその他の企業と異なるのは、現場のアルバイトやパートタイマーが非常に重要なステークホルダーであるということです。彼、彼女らは基本的に自分たちの生活のために仕事をしていて、「会社のために働く」というサラリーマンマインドはありません。その点では、欧米企業の従業員のメンタリティに近いと言えます。その部分で僕は自分の経験がいかせると思ったし、人事担当として多くのチャレンジができると考えました。

 トイザらスに来て3年目になりますが、僕はこの会社はまだまだ成長できるという確信をもっています。アメリカ本社は事業を清算することを発表しましたが、今後オーナーが誰になったとしても、日本市場での成長は可能です。もちろん、それを実現させるための変革に成功すれば、ということですが。

― 日本では少子化が進んでいて、玩具やベイビー市場がシュリンクしていくことを考えれば、成長は非常に難しいという気もします。

 常識的に考えればそのとおりです。しかし、私はこう考えています。玩具やベイビー市場の商材の世界は、「ものを買う」という行為自体が楽しい。子供や孫に何かを買ってあげたり、一緒に喜んだりすることそれ自体が楽しいのです。つまり、需要が必ずしも必要性によって決定するわけではないので、工夫次第で需要をクリエイトできるということです。いかに楽しさを創出し、需要を創出していくか。そこに成長の鍵があるはずなのです。

― 具体的な人事戦略についてお聞かせください。

 企業経営における人事戦略の役割とは何か──。それが根本的な問いです。これまでの日本企業では、人事部門の仕事とは、「経営の手助け」をすることでした。経営戦略上必要とされる人材を調達もしくは育成し、経営を後押しする。それが人事の役割だったわけです。

 それはもちろん重要な人事の仕事ですが、それだけではないと僕は思っています。人事の真の役割は「組織づくり」であり、それは例えば売上やブランディングなどと同様、企業における一つの「成果」と見なされるべきである。それが僕の考えです。その視点がないと、人材は金やモノと同様のリソースとして捉えられ、必要に応じて集め、必要に応じて使い倒せばいいということになってしまいます。

 考え方のフレームワークはこうです。まず、企業にはコアとなる価値、いわば企業の存在意義があります。一方に「何を達成するか」というゴールがあります。そして、その間をつなぐ3つの戦略があります。それが「市場戦略」「ビジネスモデル戦略」「人事戦略」です。それらはそれぞれ、「ブランド」「ビジネスの原理原則」「企業文化」に対応しています。これらの3つの要素が同じ重みをもち、かつ一貫性があること。それが成長する企業の条件です。


「統制」から「権限移譲」へ

― 市場戦略やビジネスモデルに関しては、ある程度決まったやり方がありますが、人事戦略には定型とよべる方法はまだないように思います。

 そこにチャレンジの余地があるとも言えますよね。僕は、人事戦略は「リーダーシップ」と「組織」の掛け算で決まると考えています。そしてその掛け算の値は、産業の発展にしたがって「コマンディング&コントロールド」から「サーバント&エンパワード」へとシフトしていくものである、と。

― 「指示型/統制型」から「支援型/権限移譲型」への移行ということですね。

 ええ。「指示型/統制型」の組織は、「階層的」「権威」「ルール」「親子のような上下関係」「飴とムチ」といった要素によって特徴づけられます。まだ会社組織や産業が成熟していなかった時代においては、このモデルが有効に機能していました。しかし、そのモデルは今日の企業にはそぐわないものになっています。現代の多くの企業にとって必要なのは「支援型/権限移譲型」モデルであり、それを構成するのは、「フラット」「専門性」「原理原則」「大人同士の関係」「コミットメント」といった要素です。

 このモデルは、とりわけ小売りにおいて重要なモデルであると僕は考えています。なぜなら、アルバイトやパートを含むすべての従業員に指示を与え、コントロールすることは事実上不可能だからです。現場に権限を委譲し、現場に適切な判断をしてもらう。それが小売りのあるべき姿だと思います。

― 働き手にとっても、そのほうがやる気が出そうです。

 おっしゃるとおりで、働き方改革の本質は実はここにあると僕は思っています。このモデルを確立すれば、確実に生産性が上がるはずだからです。これを実現するために必要なことは、「枠組みの中での自由」を保証し、「情報共有」を推進し、現場の「知識とスキル」を重視し、「適切な報酬」を提供することです。


「評価をしない人事評価制度」という考え方

― この考え方をトイザらス全体のビジョンに当てはめると、どのようになりますか。

 トイザらスは戦略目標として、「体験をお客様に提供する」ことを掲げています。例えば「おむつを買う」という行動の裏には、赤ちゃんの存在があり、家族の思いがあります。その思いをサポートできるような「体験」を提供し、関係をつくっていくということです。単にモノを売るだけでは、アマゾンに負けてしまいますから。その体験の提供を担うのは誰か。売場の従業員です。だからこそ、現場が重要なのです。

― 人事戦略における目標をお聞かせください。

 大きな目標は、カルチャーの変革です。僕たちは新しい働き方のカルチャーを示す標語として「FUN @トイザらス」を掲げています。楽しくて、柔軟で、家族に優しく、すべてのチームメンバーがポテンシャルを十分に発揮できて、組織の壁を越えたネットワークがある──。そんな職場のカルチャーを実現していくことが当面の目標となります。

― 具体的な施策についても教えていただけますか。

 今回の導入施策は、「新人事制度」「定年制廃止」「オフィス外勤務」「子育て・介護支援」「社内SNSの活用推進」の主に5つです。

 人事制度は、従来の5段階評価を3段階評価にし、指標を「目標管理+コンピテンシー」から「目標管理+職責」に変えました。これを社員に言うとみんな唖然とするのですが、今回の評価制度の説明で
「評価をしない人事評価制度」を考えてみようという投げかけをしています。

 人事評価は英語では「パフォーマンス・マネジメント」ですよね。つまり、業績管理ということです。日本企業では業績管理は人事部の仕事だと思われていますが、本来それは現場のマネジメントの仕事なのです。その仕事をマネジメントの手に返してあげることが必要であると僕は考えています。

 マネジャーは一人ひとりのメンバーの目標を確認し、そのためにやるべきこと確認し、進捗状況を確認する。しかし、そこには抜けているものがあります。どうすればその人がよりよく自分の役割を果たすことができるようになるのか、つまり「能力開発」の視点です。こうした視点での能力開発がうまくいけば、最終的に業務のパフォーマンスは高くなるはずです。人事部は現場のマネジャーをサポートしながら、仕事の軸足を「評価」から「能力開発」にシフトさせていく。それがあるべき姿だと僕は考えています。

― 人事が企業変革のリーダーとなる道筋がよくわかりました。これからも、変革のお手本を示していってください。



取材・文 二階堂尚
取材協力 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)

(2018年5月)


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