HR Professionals:人事担当者インタビュー

第22回 5大商社の中で社員数が一番少ない伊藤忠商事が勝つための「健康経営」とは

第22回 5大商社の中で社員数が一番少ない伊藤忠商事が勝つための「健康経営」とは

伊藤忠商事株式会社
人事・総務部長 兼 人事考査室長 垣見 俊之氏

今回は、2016年健康経営銘柄に選ばれ、6月に「伊藤忠健康憲章」を発表した伊藤忠商事・人事・総務部長の垣見氏に、同社の「健康経営」について伺いました。3年前に導入された「朝型勤務」や2018年に予定されている独身寮の建設など、多くの会社では踏み切るハードルの高い施策もありますが、その根本にある思想から、学ぶことが多くありました。


垣見 俊之氏  プロフィール

1990年慶応大学経済学部卒業後、伊藤忠商事入社と同時に人事部に配属。1995年10月から実務研修生として約1年半ニューヨークに派遣。帰国後、人事考査・労務問題・職務給制度導入・組合対応など、人事制度全般を担当。2003年より、4年間伊藤忠米国会社のDirectorとして再度ニューヨークに駐在。HRデューデリや北米地域の人事戦略全般を担当すると共に経営企画も兼任。帰国後2008年4月より伊藤忠におけるグローバル人材戦略全般の構築・推進、また、2011年4月からは本社のダイバーシティ推進も兼任。2012年4月より、企画統轄室長として人事・総務全般の戦略・企画立案を担当。2016年4月より現職。


「健康経営」は伊藤忠が少ない人数で勝ち続けるための重要な戦略

― 伊藤忠商事は、2016年3月に健康経営銘柄に選ばれ、6月には「伊藤忠健康憲章」を発表しました。御社の中で、「健康経営」とはどのような位置づけなのでしょうか?

いわゆる5大商社の中で、社員数が一番少ないのが伊藤忠商事です。その状況下で競争に勝っていくためには、「最少人数で最大成果を発揮できる人材戦略」を構築し、人材力を強化していくことが必須です。当然、そのために「人材育成」「能力開発」に力を入れています。ただし、いくら人材を育てても、健康を害してしまったら、せっかく身に着けた能力を最大限発揮することはできません。そこで、社員の健康に注目することになりました。つまり、「健康経営」は、伊藤忠が、少ない人数で勝ち続けるための重要な戦略という位置づけです。

他社の「健康経営」では、自社が提供する「健康に関わる製品・サービス」と密接に関わっているケースが少なくありません。ビジネスとの連携もひとつの形だと思いますが、私たちは総合商社という業態柄、自社の「製品」「サービス」を持っていませんから、「健康経営」を通じて企業価値そのものを上げることに集中しています。「健康経営」を通じて企業価値が向上すれば、会社視点では「永続的な生産性の向上」「企業ブランド力の向上」「医療費削減」、株主視点では「健康経営銘柄としての株価上昇」「企業価値向上による配当増」、社員視点では、「職場における最大限の能力発揮」「健康に対する意識改革」「家庭生活の充実」を実現していくことができると考えています。

 「健康経営」を、企業価値の向上に資するものにしていくためには、単に社員の健康管理をするというレベルにとどまらず、根本的な働き方改革にまで踏み込んでいく必要があります。長時間労働を削減し、メリハリのある働き方を実現してはじめて、社員が体を壊すことなく、健康で健全な生活をしながら、他社を凌駕する一人あたりの生産性を上げることができるはずだからです。

朝型促進策を次々と。15分で300人が申し込みが殺到した朝の英語研修

― 「働き方改革」というと、「朝型勤務」が有名です。こちらもその一環ですか?

「朝型勤務制度」は、3年前に単独でスタートした施策でした。その後、「健康経営」を掲げ、それを支える「働き方改革」を計画するなかで、「朝型勤務」も含め、これまで取ってきた施策をトータルな視点から整理し直しました。その集大成として「伊藤忠健康憲章」が制定され、「朝型勤務制度」は「働き方改革」の重要な施策の一つという位置づけになりました。

― 実際に、朝型勤務制度の効果は出ているのでしょうか?

導入から3年経って、かなり定着してきたという手ごたえを持っています。この制度では、残業について、20-22時は原則禁止。22時以降は全面禁止となっています。導入前には、約30%の社員が20時以降に退館、うち10%は22時以降に退館している状態でした。それが今は、申請をして20時以降に退館する社員は約5%、22時以降はほぼ0となっています。

22時以降の残業はほとんどなくなったものの、夜20時以降の残業は完全になくなっているわけではありません。そこで、改めて社員一人ひとりが働き方を見直す機会として、今年の8月と9月に朝型勤務促進キャンペーンを実施しました。夏はビジネスが比較的スローダウンする時期なので、この2カ月間は、20時ではなく、19時半帰宅を推奨しました。

キャンペーン期間中は朝の軽食や、特別講演、英語研修も充実させました。英語研修は、基本的には受益者負担という考え方で、個人や所属組織が負担をすることになっていますが、全額人事・総務部負担としたところ、募集開始から15分で300人の応募があり、あっという間に締め切ることになるほどの人気でした。これからも、気を緩めずに、朝型勤務の定着に取り組んでいきます。

各種の活動は絵に描いた餅にしないために、業務効率化にも真剣に取り組む

― 「働き方改革」というくくりでは、他にはどのようなことに取り組まれているのですか?

精勤(有給)休暇取得の促進、そして、110運動の徹底に取り組んでいます。

― 110運動とは?

仕事の後飲みに行ったら、1次会のみ10時までに終わらせて帰ろう、というものです。その数字をとって、110運動、です。お客様の接待についてはケースバイケースだと考えていますが、二次会以降は本当に意義のある場合のみにとどめ、何となく遅くまで飲むような習慣は見直そうとはメッセージを送っています。

こうした働き方改革活動の一環として、「業務効率化」にも力を入れています。なぜならば、仕事の効率化を実現しないなかで、「長時間会社にいるな」「休みをできるだけ取れ」とだけ言っていたら、暇な人だけが早く帰ったり、休みを取ったりできるだけで、本当に忙しい人が苦しい思いをすることになります。そこで、業務効率化促進ワークショップを開催して、組織長、約500人全員に参加をしてもらっています。

― 業務改善の取り組みは、評価対象となっているのでしょうか?

弊社では著しい業績を残した組織を表彰する優良組織認定制度というものがあります。これは選ばれた組織員の賞与額に連動しますが、2014年度より本制度の評価項目に「朝型推進度」を追加しています。

また、働き方改革を進めていく上では組織長による推進が非常に重要な要素であると考えている為、2016年度から、組織長の個人業績評価の目標設定項目に、「働き方改革推進」目標を必須化しました。

これは、単に働き方改革を促進するというだけではなく、組織長のマネジメント力を強化する意味もあると考えています。皆、「業務を効率化しなければならない」「朝型勤務が望ましい」「110運動はいいことだ」と、頭ではわかっていて、メンバーに伝えてはいると思います。しかし、全員が、その成果が出るまでフォローし続けているかというと、まだまだ十分ではありません。これまでの習慣を変えたり、新しい方向性を組織内で徹底していくためには、マネジメント力が必要です。働き方改革の促進を通じて、そうした効果も期待しています。

30年以上続く、「国境なきコンシェルジェ機能」 社員全員に担当保健師がつく

― 働き方改革が、健康経営の土台となっていることがわかりました。その他、直接的に健康に関わる活動もされているのですか?

5つの分野で取り組みを進めています。(1)健康管理体制強化、(2)ストレスチェック制度導入、(3)メンタル対応徹底、(4)職場環境整備、(5)「食事」「運動」サポート体制強化による健康増進、です。

(1)健康管理体制については、健康憲章ができたから取り組みを始めたわけではなく、30年以上前から取り組んでいます。弊社には保健士・看護士が7、8名常駐していて、それぞれが手分けをして全社員の健康状況を把握しています。

― つまり、社員全員に保健士・看護士がついている、ということですね?

その通りです。例えば、私が会社に入ってからの健康診断の結果や、既往歴や薬の服用歴など、すべての記録保健士・看護士が把握してくれています。これは、海外駐在になっても変わりません。そこで、この仕組みを「国境なきコンシェルジェ機能」と呼んでいます。また、弊社内には医科と歯科を擁した常設の健康管理室があり、提携病院から派遣された医師が常駐しています。健康管理室では人間ドックも実施できるようになっていますので、健康診断のためにわざわざ出かけていく必要もありません。

ただし、常に医師がいるといっても、必ずしも同じ人がずっといるわけではありません。そこで、社員が受診することになった際には、保健士・看護士が今回の受診に関わる情報をタイムリーに医師と連携してくれるようになっています。例えば、私が具合が悪くなって健康室に受診に行くことになると、「垣見さんは、2年前にも同じ症状で受診しています」といったことを、あらかじめ伝えておいてくれるのです。

― 30年以上続けてこられたということは、バブル崩壊の時期にも、断絶することなく続けてきたということですね?

はい。ここだけは人事・総務部が死守しました。多くの企業が、バブル崩壊の時期に、健康に関する活動をアウトソーシングするなどして、スリム化を図ったと思います。しかし、弊社はそこだけには手をつけなかった。もともと、社員の健康についてはきちっと取り組むという文化が、長年にわたって浸透していたということです。今回、そうした文化に基づいて行ってきた施策を、健康憲章を中心において整理・連携させているという側面も強いですね。この他にも、(2)ストレスチェック制度の導入や、(3)メンタル対応の徹底ということにも、しっかりとした体制を組んで取り組んでいます。

― 健康経営の活動の中に、「職場環境整備」がありますが、具体的には?

今年、社内にシャワーラウンジを設置しました。弊社では海外出張をする社員が多く、現地を夜発って早朝に東京に着き、そのまま出社することは珍しくありません。これまでは、空港にシャワー施設があるからいいだろうと考えていたのですが、よく聞いてみると大変混雑していることが多く、下手をすると1時間くらい待たなければならないこともあるとか。そこで早く仕事に戻るために、シャワーも浴びずに働く社員も少なくないことがわかりました。そうすると、足掛け3日も風呂に入らずに働くことになりかねない。そんなことが社員にとって健康的な生活なのか、と言えば、否でしょう。そこで、健康推進室の横に、海外出張者と海外駐在からの一時帰国者用に、シャワーラウンジを設置したのです。朝は6時から13時まで、夜は17時半から19時半まで使えるようになっています。

健康経営、人的ネットワーク構築、教育の場、BCPとして日吉に独身寮を建設

― 独身寮を新たに建設するとも伺いましたが、こちらも「職場環境整備」の一環ですか?

そのように位置付けていますが、それ以上の効果も期待しています。弊社は、バブル崩壊の後、独身寮を手放し、現在はマンションを借り上げる形で4つの寮を提供しています。しかし、あくまでもマンションですから、一旦部屋に入ってしまったら、なかなか交流する機会はありません。2つの寮では、一階部分に共同で食事を取れる場所を提供しているのですが、メニュー内容にまでは踏み込んでいませんでした。また、どこも通勤に1時間くらいかかる場所にあるため、入社から2年も経つと5割が寮を出て行ってしまうという状況でした。

そこで、2018年4月を目指して、若手男性社員が全員入ることができる独身寮を建設しています。場所は、東急東横線の日吉駅前です。慶應義塾大学日吉キャンパスの真横で、以前の日吉ハイツという学生寮があった場所。本社までの通勤時間は30分になります。食堂では栄養のバランスが良い食事が取れるようにし、週末には自分たちで料理ができるオープンキッチンを用意します。ジムやサウナも設置し、健康な生活ができる環境を整えます。

また、ラウンジやバーコーナーも設けて、組織や期を超えた、縦横斜めの人的ネットワークを築いていける場所にしていきます。若手の研修などは、この独身寮を活用していくことも計画しています。そして、日吉と言う歴史のある町に住むことになるわけですから、町内会への積極的な参加を促すなどして、地域社会に貢献する活動を通して学ぶという、教育的な効果も期待しています。

― 女性や東京以外の社員については?

女性社員については議論を重ねましたが、新しい独身寮は男性のみとして、女性用に都内で通勤時間30分圏内に2カ所ワンルームマンションを借り上げることにしました。大阪も、日吉ほどの規模は難しいですが寮を建設する予定になっていて、現在場所を探しているところです。

― それにしても、大きな投資です。社内で反対の意見はなかったのでしょうか?

独身寮を単なる福利厚生施設と捉えると、時代の流れに逆行していると見られます。経営会議でもそうした議論がありました。しかし、健康経営、人的ネットワーク構築の場、教育の場という観点も加わると、まったく見え方が異なってきます。更には、BCP(Business Continuity Plan)の一環として、災害時には300人規模の社員が日吉寮で仕事ができるように設備も整えています。こうした4つの観点が認められて、独身寮建設のゴーサインが出ました。

― その他には、何か計画をされていますか?

「食事」「運動」サポート体制強化による(5)健康推進です。具体的には、まず、「健康MyPage(仮)」を開設します。そこでは健康診断結果や運動量の表示、個別データに応じた健康コラム発信など、一人ひとりが健康状態を管理できるページになっています。この計画の目的は、生活習慣病を始めとした病気になるリスクを、早い段階からつぶしていく、ということです。弊社の20代社員の肥満率は全国の20代の平均よりも低いのですが、30代で平均を追い越し、その後40代50代と、差がどんどん悪い方に拡がってしまうのです。

これまでは、健康上の問題を抱えている社員たちに対して保健士・看護士が指導をするという形だったのですが、これからはその手前、つまり若手の予備軍の段階から指導をしていくということです。具体的には、若手の生活病予備軍と判断される社員にウエアブルデバイスと体組成計を配布し、食事から運動、睡眠のデータを収集します。そのデータを「健康MyPage(仮)」と連動させて、専門家からオンライン上で健康指導する体制を整えていきます。

― 健康に対してこれだけの投資ができる理由は何だとお考えですか?

最大のポイントは、経営戦略との連動がしっかりとあることです。会社がある方向に向かって進んでいるときに、人事総務の分野で何をしていけば経営に資するのかを、常に真剣に考えています。健康経営をはじめとして、社長の岡藤とも頻繁に議論の機会を設けています。そこで厳しく問われるのは、一人あたりの生産性を上げて他社に勝っていくための施策となっているか、本当に経営に貢献する施策なのか、ということです。このことがぶれていないことが非常に重要です。これまでお話してきた「健康経営」に関わる各施策は、こうした厳しいチェックを潜り抜けたものになります。

― 少しうがった質問になりますが、就職活動をしている学生から見ると、「長時間働かされないし、素敵な住まいも提供してもらえるし、楽でいいな」といったイメージを持たれる可能性もあるのでは?

確かにその点は心配をしています。ですから、会社説明や面接の際には「くれぐれも勘違いしないでほしい」とはっきりと伝えています。「伊藤忠は、徹底的に働く会社である。徹底的に働いてもらうための健康なんだ。そのための投資、健康経営は徹底的に行って社員をサポートするので、社員は覚悟を持って働いてもらいたい。」と。

― 最後に、健康経営を目指している他社の人事へのアドバイスをお願します。

先ほどの繰り返しになりますが、まずは、常に会社のビジョン、経営方針を意識して、経営に資するということから離れないことだと思います。そして、最終的に会社に貢献するところまでコミットすることです。そうでなければ、経営は投資の判断はしないでしょう。

そして、実際の施策を実行していくにあたっては、本気度を示す、ということだと思います。自ら汗をかくことを厭わないことです。例えば、朝型勤務の定着・促進ですが、3年経ってある程度の結果が見えてきても、最初の目標を本当に達成し、経営に貢献したといえるまでは、徹底的に活動をする覚悟です。今夏の朝型勤務促進キャンペーンでは、19時半退館を推進するために、人事・総務部の組織長クラスが全フロアを回りました。

正直、少数ではありますが、そうやって「早く帰れ」と言われることを、気持ち良くは思わない社員がいるのも事実です。「自分たちは遊んでいるわけではなくて、真剣に仕事をして会社に貢献しようとしているのに、どうしてそんなことを人事から言われなければいけないんだ」と言われたり、明らかに顔に出されることもあります。しかし、そうした反発にひるんでいたら、何かを大きく変えることはできません。ですから、我々はできるかぎり現場に足を運びます。これを、例えば、時間がきたら館内アナウンスをして、時間がきたら電気を消してしまうといったことをやっていたらダメですね。やはりどこまで本気でやりきるか、その本気度を見せていけるか、ということがとても大事だと思っています。

― 本日はどうもありがとうございました。



取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授)

(2016年11月)


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