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「スティーブ・ジョブズの言葉にだまされるな!」

『今いる場所で突きぬけろ! 強みに気づいて自由に働く4つのルール』 カル・ニューポート・著・ダイヤモンド社  1620円

- 評者

大島由起子 インフォテクノスコンサルティング株式会社
Rosic人材・組織ソリューション開発室/
人材・組織システム研究室 管理者

概要

マサチューセッツ工科大学(MIT)においてコンピュータ・サイエンスでPh.Dを取得し、現在はジョージタウン大学でコンピュータ・サイエンスの准教授を務めている著者は、自らの就職活動を前に、「どうすれば、自分の好きなことを仕事にできるのか?」「理想の仕事とは?」という問いに直面します。

そこで、研究者らしく、その問いを実証的に掘り下げていくことに。そのプロセスとそこから浮かび上がってきた、「理想の仕事探し」のルールと注意点をまとめたのが本書です。

著者の結論は、長らく信奉されてきている「好きなことを仕事にしよう」という教えには、重大な誤りがある、ということです。そしてそれは、単に役に立たないだけではなく、この教えを信じたことで、職を転々としたり、夢がかなわずに絶えず不安から逃れられない人たちを生み出したりしている有害な考え方だと、きっぱりと結論づけます。

では、どうしたらいいのか。

簡潔にまとめれば、「So good they can't ignore you(今いる場所で突き抜ける)」。 それがそのまま本のタイトルになっています。

自分にふさわしい仕事に就くことに心を奪われ、「キャリア資本」(稀少で価値がある能力)を築く前に安易にその世界に飛び込んでしまうのではなく、まずは今携わっている仕事にふさわしい働き方をすることで、「キャリア資本」を積み上げていくことの方が重要なのだ。「キャリア資本」があるからこそ素晴らしい仕事ができるし、素晴らしい仕事ができるからこそ、その仕事に誇りを持って好きになれるのだ。こうしたことを伝えたいという思いが、このタイトルには込められています。

「自分の夢を追いかけろ」と言ったスティーブ・ジョブズをはじめとして、「好き」を仕事にして、成功を収めているように見える人たちは、実はそこからスタートしていないことを突き止め、彼らが成功にまでたどり着いた道のりの共通項をわかりやすく整理。それらを具体的な行動ルールにまで落し込んでいきます。

スティーブ・ジョブズがアップルを立ち上げることとなった経緯を丁寧に紐解き、彼が最初から「好きを仕事にしよう!」と考えていたら、今頃、禅センターの名物導士になっていただろう、というくだりは、本書に説得力を与えてくれています。

目次

序章  好きなことは仕事にできるか? 探求の始まり

Rule 1 やりたいことは見つからない
    第1章 スティーブ・ジョブズの言葉は誤解されている
    第2章 「やりたいこと」など、めったに見つからない
    第3章 「やりたいこと」という幻想は危険である

Rule 2 今いる場所で突き抜けよう!
    第4章 「職人マインド」の人たちが教えてくれたこと
    第5章 「キャリア資本」を手に入れよう
    第6章 キャリア資本家たちの成功プロセス
    第7章 あなたの毎日に「意図的な練習」を組み込む

Rule 3 「自分でコントロールできること」をやる
    第8章 その仕事が「やりたいこと」になった理由
    第9章 「自由に働く」にだまされるな
    第10章 できる社員がはまる落とし穴
    第11章 人が喜んでお金を払うことをしなさい

Rule 4  小さく考え、大きく動け
    第12章 仕事のエネルギーになるもの
    第13章 ミッションを見つけるためには
    第14章 「小さな賭け」でミッションを実現する
    第15章 ミッションにはマーケティングが必要

終章  4つのルールを適用した、私の就活

お勧めのポイント

今、それなりに成果を出せるようになってきた仕事を、最初から好きだったわけではないなあ、と感じ続けてきた私は、著者が明らかにしていく「好きを仕事に」に潜む落とし穴と、「好きを仕事に」しているように見える成功者たちがたどってきた道に、いちいちうなずいてしまいました。

アメリカの有名なラジオ・パーソナリティーが、ある学生から、どうすればやりたいことが見つかるのか、得意なことを見つけることができるのかについて聞いたときの回答は示唆に富んでいます。

「大切なのは、仕事をとことんまでやること、スキルが身につくまで頑張ることだ。そこが一番キツイんだけどね」

期待した答えを得られなかった学生の唖然とした表情を見てとって、更に、
「君たちの問題は、行動する前に理屈だけですべてを判断しようとすることだ。それが間違いのもとなのだよ」と、追い打ちをかけたといいます。
そして、こうした考え方は、今仕事が好きで、成功を収めている人たちに共通して見られる傾向だそうです。

ここで、好きなことを仕事にすることなど諦めよう、という結論に飛びつくのは間違いでしょう。
やはり、仕事をするからには、充実した気持ちで取り組みたいのが人情です。ただ、今好きだと思っていることが、将来にわたって自分が心から好きだと感じ続けるとは限らないし(特に仕事の経験が浅ければ浅いほど)、今すぐにそのエリアに飛び込んだとしても真の成功を収めることができるとは限らない、という冷静な目と、一定の辛抱強さを持つことが大事だということです。

ではどんなときに、本当に好きな仕事、自分が心から満足できる仕事に出会えるのか。
著者は、人生をかけることができるようなミッションは、自分がキャリアを積んできた「隣接可能領域」にこそ立ち会われると言います。つまり、自分が努力してきた複数のエリアの周辺や交差点に、ミッションが立ち上がってくる可能性が高い。

自分の「好き」を仕事にできたわけではないことに、どこか引け目や欠如感を覚えていたものですが、ここで更に能力を磨きつつ、自分の心が動かされることに敏感かつ誠実であり続けていれば、もしかしたら、人生の大きなミッションとめぐり合うチャンスを掴めるのかもしれない。既に人生の後半戦に入った身ではありますが、わくわくした気持ちが湧いてきました。

人事関連の領域で仕事をしていると、「自分探しの旅に出て、戻ってこられない、もしくはどこにもたどり着けない人たち」の話を聞くことがあります。日本の労働市場が売り手市場になってきた今、「好きを仕事に!」の呪縛から、落とし穴に落ちないようにしたいものです。

今から仕事を探そうとしている若い人たちにはもちろん、中堅社員として悩んでいる人、そして、私のように人生の折り返し地点を回って、自分のビジネス人生をどうまとめ上げていこうかと考えている人にも、有効なヒントを与えてくれる一冊です。

(2018年2月26日)

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