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「オーソドックスでシンプルな活動を、信念をぶらさず徹底的に展開し続けられるか」

『Hit Refresh マイクロソフト再興とテクノロジーの未来』サティア・ナデラ・著 日経BP社 1800円

- 評者

大島由起子 インフォテクノスコンサルティング株式会社
Rosic人材・組織ソリューション開発室/
人材・組織システム研究室 管理者

概要

2014年2月に、マイクロソフトの第3代目のCEOとなった著者が、2017年に執筆した書籍です。就任から3年というタイミングで本の執筆に踏み切った理由のひとつを、著者はこう綴っています。

「ビジネスリーダーの書く本と言えば、のちに現役時代を振り返って執筆する場合がほとんどであり、ビジネスの渦中にある指揮官が執筆することはあまりない。だが、大変革のさなかに現職のCEOが考えたこと、そして今考えていることを、同僚や顧客と共有できたとしたらどうだろうか」

全世界に10万人いる社員、マイクロソフト製品の数十億人には上るであろうユーザーへメッセンジャーとして、大きな成果を手にした成功者の回顧録ではなく、現在の悪戦苦闘ぶりも含めた現状や将来への展望を、生々しく語ろうとしたのが本書ということになるでしょう。

著者がCEOになる直前のマイクロソフトは、革新的だった仕事がお役所的な仕事に、共同作業が内部抗争に変わり、世界の競争から落後し始めていました。ある風刺画家は、マイクロソフトの組織図を、いがみあっているギャングが銃を向け合っている姿として描いて、著者にショックを与えました。しかし、それ以上に著者を打ちのめしたのは、社員たちがその風刺画をその通りだと認めたことだったといいます。そんな状況のなか、2014年2月にCEOに就任しました。

昔のような革新的で社員同士のシナジーが生まれるような職場に戻っていくためにはどうしたらいいのか。著者の地道な挑戦が始まります。

本書はその過程を描き、将来の方向性を開示してくために、3つのセクションで構成されています。一つ目が、インドから米国に居を移し、マイクロソフトにたどり着くまでの著者自身の変革の物語。二つ目が、「思いがけず」CEOになった著者が行った改革(その名前が書名にもなっている「ヒット・フレッシュ」)そのものについて。三つ目が、機械の知能が人間の知性に追いつく第4次産業革命前夜に、考えるべき問題を、政府や多国籍企業の役割にまで広げて語っていきます。

ちなみに、書名のHit refresh(ヒット・リフレッシュ)は、私たちがPCで行う、リフレッシュボタンを押す、という意味です。それは著者の、
「絶え間ないアップデートとテクノロジーの常時稼働が当たり」前の時代に、「リフレッシュ」ボタンを押すというのは、時代遅れのアイディアに聞こえるかもしれない。だが、それを適切に行い、人心と文化をリフレッシュすれば、復活は可能だ。」という信念から命名されています。

目次

序文    ビル・ゲイツ
Chapter 1  ハイデラバードからレイモンドへ
Chapter 2  率いる方法を学ぶ
Chapter 3  新たなミッション、新たな機運
Chapter 4  企業文化のルネサンス
Chapter 5  フレンドか、フレネミーか
Chapter 6  クラウドの先
Chapter 7  信頼の方程式
Chapter 8  人間とマシンの未来
Chapter 9  万人のための経済成長を取り戻す
あとがき

お勧めのポイント

「ヒット・リフレッシュ」は、一言でいえば、「企業文化の変革」ということになるでしょう。そしてそれは、今流行りの「マインドフルネス」の著名なトレーニングコーチをSTLという経営執行チームの会議に呼び、四苦八苦しながら、メンバーそれぞれの思いや人生観を語ることから始まりました。

その後、社員たちには、「この会社は何のためにあるのか?」「私たちの存在意義は何か?」を問い、「マイクロソフトが消えてしまったら、世界からなくなってしまうものを発見しなくてはならない」と繰り返しメッセージを送り続けます。そして、自ら直接、社員や顧客に会い、できる限り生の声を聞き、生の声を伝えます。

こうして「ヒット・リフレッシュ」をまとめていくと、驚くほどオーソドックスでシンプルな活動を展開していることに気つかされます。英語でいうところの、「Rocket Science」(高度で難解なこと)などではまったくないのです。

著者は新年の軸をぶらすことなく、ただ、繰り返し問い、耳を傾け、語り、行動をし続けます。その徹底した姿勢と継続する力は、半端ではありません。この本を読んで、同じ考え方を取り入れることは、それほどハードルが高くないでしょう。しかし、それを成果が出続けるようになるまで徹底し続けることは容易ではなく、その点こそが、現在マイクロソフトが息を吹き返した理由だと痛感しました。

では、著者はどうしてそんなことができたのか。それは彼が24年の長きにわたって、マイクロソフトとともに成長してきたという実感と感謝を持っているからだろうと思います。陳腐な言葉に響きますが、マイクロソフトという存在に対する愛が非常に強い。大きな変革が求められている時期に、アメリカであれば他の文化を持ったCEOを据えることは十分にありえる選択だったでしょうし、実際に多くの候補が上がっていたようです。しかし、ほぼ生え抜きに近い幹部をCEOにした。まだ完全に正成果が出ているわけではありませんが、マイクロソフトに愛をもっている人物(一定以上の能力は前提ですが)に任せたことが、今回の反撃の快進撃に影響を与えているように思いました。

そして、彼の生い立ちや家族の在り方も、「ヒット・リフレッシュ」を導き出してきていることがわかります。「後継者選抜」に意識的に取り組む日本企業は増えています。その能力、可能性をどう測るのかは、各社が知恵を絞っているところだと思いますが、単にビジネス人生だけではなく、その人となり、人生観、人生そのものも、大きな影響要素なのだろうと、考えるきっかけになりました。

本書の後半は、マイクロソフトの改革というよりは、テクノロジーの話から世界経済の話まで広く将来への展望が語られます。テクノロジーが人間や世界経済に与える影響について、徹底的に一貫してオプティミスティックであることには、若干の違和感を覚えます。しかし、全世界で10万人の従業員を抱える企業のトップは、スーパーオプティミスティックである必要があるのかもしれません。これから起こるであろうテクノロジーの進化の行く末に、悲観的な視野も抱えているので、悲観からポジティブな結果を生み出すことはできるのだろうか、などとも考えさせられました。

いずれにしても、彼の生い立ちを除けば、すべてはこれからの物語です。結果が出る前に自らの予見を明確にした著者の潔さが印象的です。成果が完全に出る前に手の内を晒す。これで改革がうまく行かなかったらいい笑い者になるという懸念を超えて、自分の信念を表明する。立場が上に上がっていくにしたがって「無難にまとめる」方向に引かれていきがちだった私にとっては、羨望であり、少しでも見習いたいと思った、「あり方」でした。

(2018年4月16日)

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