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第33回 ダイバーシティ時代の新しいマネジメントスタイルをつくるために

スリーエム ジャパン株式会社 執行役員 人事担当
野川真木子氏

部下がメンターになって上司にメンタリングを行う「リバースメンタリング」。昨年、その取り組みで大きな成果を上げたのがスリーエム ジャパン(以下、3M)です。「部下が上司に教える」仕組みを実現することは可能なのか、この取り組みを中心で進めながら、自らメンタリングも受けた執行役員人事担当の野川真木子さんに、リバースメンタリングを実施した背景や意義について伺いました。

スリーエム ジャパン株式会社 執行役員 人事担当
野川真木子氏 プロフィール

大学卒業後、花王株式会社にて家庭品営業、人事企画、国際人事を担当。2001年ゼネラル・エレクトリック(GE)に入社。日本、アジア・パシフィック、中欧・東欧地区において、金融事業、電力事業など複数の事業部門の人事リーダー職を歴任。2012年日本IBMに入社、IBM米国本社出向、GBS事業担当 人事執行役員を経て、2016年8月より現職。



若手社員が役員をメンタリングする

リバースメンタリングを行った背景にはどのような課題があったのでしょうか。

 3Mは1902年にアメリカで創業した歴史の長い会社です。長きにわたり育まれてきた3M独自の企業文化は根付いていながらも、それを明文化したものはつい最近までありませんでした。昨年7月に現CEOが着任して、これからの3Mに求められる企業文化について全世界の3M社員に意見を求めました。そこから出された社員からの意見をもとに、今年の頭に「3Mカルチャー」が定義されました。この中には、これまでの3Mを形作ってきた企業文化の明文化だけではなく、「これからの3Mに求められる企業文化はこうあるべき」という視点も含まれています。例えば「多様性を原動力にする」「勤続の長さではなく、個人の経験に価値を置く」「アジャイルで成功する」といった項目などがそれに当たります。  日本法人では、これまでにもダイバーシティとインクルージョンの推進に取り組んできています。3年前の女性社員の比率は約2割程度で、当然ながら管理職の女性もごく少数でした。

グローバル企業ですから女性社員比率はもっと高いイメージがありましたが・・・

 スリーエムジャパンは2020年で設立60周年を迎えるのですが、長年日本ローカルの商慣習にならってビジネスを展開してきたこともあり、日本的な人事の価値観をベースにした制度と運用を行なってきた背景があります。女性社員が少ない遠因にはこうした面もあったように思います。また、社歴が長い社員が多く、個々の豊富な経験を活かしたマネジメントが実現できるというメリットある一方で、事業部の垣根を超えた人事異動は限定的で、組織内の人財の多様性も近年課題として取り上げられることが増えてきました。

 ダイバーシティの本質は、単に多様な人を集めることが目的なのではなく、多様な人たちの多様な意見や経験・知識をビジネスに生かし、会社の成長を目指す点にあります。前述の組織の人財の多様性の課題を解決していく上で、マネジメントがいかに多様な意見を吸い上げ採り込んでいくかの実践が問われています。

ダイバーシティが進むということは、さまざまな職業観や人生観を持った人が一緒に働くということになりますね。

 そうですね。多様性の中でジェンダーも重要な一要素ではありますが、それだけに囚われていては視野が狭まります。例えば弊社では、社員の年齢構成が18歳から64歳までの幅があります。この観点でも、多様な価値観があるわけです。そうした組織における幅広い多様性に対して、マネジメント層はどのように関わっていけばいいのか──。役員会議での議論を通じて生みだされてきたのがリバースメンタリングのアイデアでした。

 当社の前社長は、日本の社長に就任する前に中国法人の社長を務めていて、そこで自らがメンティとなってリバースメンタリングを受けた経験がありました。20代の入社したての中国人社員がメンターで、彼女自身がメンティ(メンタリングを受ける人)となって数カ月間メンタリングを受けたそうです。その中でジェネレーションによる価値観の違いや、これからの中国を担っていく若い世代の社員の職業観・キャリア観についてメンタリングのダイアローグを通じて学び、そこから得られた視点を自身のチームマネジメントの参考にすることができたと彼女から聞きました。



なるほど。しかし、前例のない取り組みですから、そのアイデアに対する反発もあったのではないですか。

 最初は不安でしたが、役員会議で提案したところ、多くの人が興味を示してくれました。効果があるかどうかわからないけれど、まずはやってみよう──。そんな意見が多数でしたね。そこで、社長を含む役員全員をメンティに、若手社員をメンターとするプログラムの準備を始めました。

1対2のメンタリングで「リバース」を実現する

プログラムは具体的にどのように進めていったのですか。

 まず、事務局となる人財開発部のメンバーと一緒にリバースメンタリングのやり方について話し合いました。起こりうる最大の心配事のひとつは、メンタリングを進めていくうちに立場が「リバース」ではなくなるということでした。すなわち、メンティである(メンタリングを受ける側の)役員が、回を重ねるごとに通常業務の感覚でメンタリング・ダイアローグの主導権を握ってしまい、メンターである(メンタリングする側の)若手社員が聞き役になってしまう。そんな事態になってしまったら、リバースメンタリングをやる意味がなくなってしまいます。

 そこで、会話のバランスをとるために、メンター(若手社員)を2人にし、1対2のメンタリングにすることにしました。結果、社長を含めたメンティ17人に対して、メンターをその倍の34人にすることにしました。

メンターの選定が重要で、かつ難しそうですね。

 おっしゃるとおりです。人事から無理やりメンターを指名してもうまくいくはずがないので、まず、新卒で入社した入社4年目までの社員、および前年の人事考課で「ハイポテンシャルタレント」と評価された社員に、役員をメンティにした「リバースメンタリング・プログラム」を始めること、そのために若手社員からメンターを募集していることを伝えました。このプログラムを通じて、自分たちのキャリア観や人生観、あるいは日々仲間たちとどのようにコミュニケーションをとっているかといったことを役員に直接共有したいと思う人は立候補ください──。そんな呼びかけをしたら、約50人の社員が手を挙げてくれました。

それは素晴らしいですね。

 次にその人たちに自己アピールをしてもらいました。「最近驚いたこと」「10年後の日本はこうなっていると思う」「自分の宝物は何か」「仕事以外で取り組んでいる社外活動」「よく使うSNS」「お薦めしたいサービスやお店」「リバースメンタリングを通じて話したいこと」など内容は多岐にわたりました。それを、名前を伏せた上で17人の役員に見てもらい、メンターとなってほしい人を第4候補まで挙げてもらいました。

 私もメンティの一人だったので、「男性と女性一人ずつがいい」「一人は事業部門、一人はスタッフ部門の人がいい」といった観点でメンター候補のリクエストを出しました。結果、とある事業部のマーケティング部門の20代男性社員と、製造部門の20代女性社員が私のメンターになりました。

マッチングしたあとはメンターとメンティにコミュニケーションを委ねた
のですか。

 初めての試みでしたので、プログラムの趣旨と実施要項については、メンター・メンティ全員に正しく理解してもらう必要がありました。そのため、最初にキックオフとして、メンターとメンティの両方が全員参加するオリエンテーションを開き、リバースメンタリングの進め方を説明しました。こちらから推奨したのは、月に一度、一時間程度の対話を半年間継続するというやり方です。

 社内メンタリングの基本原則として、同じ仕事の部門の人同士の組み合わせは避けなければなりません。また、メンターとメンティが地理的に離れた場所で仕事をしているケースもありました。そのような場合は、電話会議の仕組みなどを使ってメンタリングを行うことにしました。

メンタリングは業務時間内に行ったのですか。

 そうです。全世界共通の3M Leadership Behaviorsの中に「他人を育て、自分を育てる」というものがあります。リバースメンタリングは、まさしく他人を育て、自分自身も育てる実践ですから、業務時間内にやることに矛盾はないと考えました。



風通しのいい環境をつくることがゴール

最初の対話は難しかったのではないでしょうか。

 日頃一緒に仕事をしていない年が離れた初対面の人と話さなければならないわけですからね。そのこと自体が大きなチャレンジですし、双方の対話力が試されることになります。とくにメンティである役員は所属部門が異なる2人の若手社員と話すことになりますので、最初は大変だったと思います。

 ただ同時に、日々の業務の中では知り合わない若手社員との会話は楽しかったと聞きました。例えば、ヘルスケア関連事業担当の役員が他の事業担当の営業や研究開発の若手社員と接する機会は日常的には皆無に等しいと思います。そこには多くの新しい発見があったはずです。

 一方、メンターである若手社員のメリットは、自身が所属する部門の担当ではないシニアなリーダーと上下関係を意識せずフラットな関係で業務と直結しない会話をして、会社を俯瞰する視点や、リーダーが日頃何を考えながら組織をリードしているかを直接知ることができることです。もちろん、まったく立場が異なる人に自分の視点を共有しながら教えるという経験もとても有意義だったと思います。

 全体でみれば、これまで想定できなかった新しいコミュニケーションラインが生まれたことだけでも、まずは大きなプラスだったと感じています。

メンタリングが進んでいく中で、事務局からサポートはしましたか。

 双方にスムーズな対話が成立するよう「話題のおすすめネタ」を提供したりしましたね。その他、中間サーベイを実施して、アンケートを取り、リバースメンタリングがきちんと機能しているかの確認も行いました。

やはり準備や運営に手間暇をかけることが必要なのですね。

 そう思います。準備には4カ月くらいかけましたし、昨年12月で終了した時点でもサーベイを実施しました。満足度は5点満点でメンティ側が4.77、メンター側が4.55、トータルで4.63とかなり高い結果になりました。アンケートには「この取り組みを継続してほしい」という声が多数寄せられました。ほかにも「世代による価値観の違いを理解できた」「メンターが二人で一組というのは、メンター側が緊張することもなく、いろいろ本音で語れて良かった」などポジティブなコメントと同時に、改善点として「メンターとメンティが離れた場所にいたので、対面でできたらよかったと思う」という声もありましたね。

異なる部署、異なるジェネレーションの人たちが結びつくことで、イノベーションが起こる可能性もありそうです。

 そうなったら本当にいいと思います。この8月から第二弾のリバースメンタリング・プログラムが始まるのですが、今度はメンティ側を事業部長まで拡大することにしました。当然メンターの数も多くなります。将来的にはもっと対象層を拡大していきたいと考えています。

 この取り組みの最終ゴールは、会社が提供するプログラムという仕組みを超えて、興味があればいつでもあらゆる事業部のトップや役員と一般の社員が話せるような風通しのいい環境をつくることだと私は考えています。内弁慶的な感覚で、「自分の事業部ではない社員と話したらいけないのではないか」とか「上司を超えて勝手に直接事業部長や役員と会話をしたらまずいんじゃないか」と、上も下も常に気を遣ってしまう傾向が散見されるのも事実です。まずはリバースメンタリングによってこれまでになかった対話のチャネルを提供し、それが徐々に文化として定着していく。そんなふうになれば理想的だと思います。

一方、メンタリングに参加する人が増えると、ルールを守れない人が出てきたり、見えないところでハラスメントが起きたりするケースもあり得ますよね。

 可能性としてはあり得ると思います。そのような問題には一つ一つ丁寧に対応していくしかないですね。しかし、問題が起こったから取り組みをやめるということにはならないと思います。リーダーはとかく自分が育ってきたようにチームを運営し、部下を育て、それの繰り返しで組織が続いていく傾向にあります。しかし、その連鎖をどこかで断ち切らないと、ダイバーシティの時代に適したリーダーシップの醸成はいつまでたっても実現しません。必要なのは、異なる人たちとフラットにコミュニケーションをする対話力と、そこから共通の課題解決に取り組んでいく力です。それは実践の中でしか身についていかないと私は考えています。

この取り組みが続いていけば、若い頃にメンターをやった社員が20年後、30年後にメンティになるということもありそうです。

 そうなれば素晴らしいですね。継続的な取り組みにできるようにしていきたいですね。

そのときに、本当の意味での透明なコミュニケーションが完成すると言えるかもしれませんね。今日はありがとうございました。

取材協力: 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取  材: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))
T E X T : 二階堂尚

(2019年6月)

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