• TOP
  • INTERVIEWS
  • 第47回 「データ」と「エンジニアリング」で社員の行動変容を後押しする

第47回 「データ」と「エンジニアリング」で社員の行動変容を後押しする

株式会社ディー・エヌ・エー
ヒューマンリソース本部 人材企画部
テクノロジーグループ グループマネージャー
澤村 正樹 氏

dena_sawamura_使用.jpg

社会全体でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいる中、人事の領域でもデジタルテクノロジーを使った取り組みが進んでいます。今回は、組織開発支援にデータを活用して成果を上げている株式会社ディー・エヌ・エー(以下「DeNA」)の事例をご紹介します。エンジニアリングの世界から人事の世界にキャリアチェンジして、社内のHRテックを牽引している澤村正樹さんにお話をうかがいました。

株式会社ディー・エヌ・エー ヒューマンリソース本部
人材企画部 テクノロジーグループ グループマネージャー 澤村 正樹 氏

2012年DeNAに中途入社。前職では雑誌のウェブ版運営、ポータルサイト運営などを担当。入社後は、ゲームプラットフォームのエンジニア、エンジニアリングマネジャー、HRBP等を経験した後、2019年より現在のポジションを担う。


分析とテクノロジーで、社員の行動変容を目指す

はじめはエンジニアとしてDeNAに中途入社されたそうですね。

 そうです。2012年にエンジニアとして入社して、エンジニアリングマネージャーを務めた後に、ゲームエンターテインメント事業やヘルスケア事業のHRBPとしての部署で3年くらい働きました。その後、ヒューマンリソース本部に異動し、人材企画部でピープルアナリティクスの仕事を手がけるようになり、現在に至っています。

エンジニアから人事というのはたいへん珍しい経歴ですが、もともと人事に興味があったのですか。

 ありました。ただそのことを公式には伝えたことはなく、飲み会等の場では言ったかもしれませんが、本当にそうなるとは思ってなかったので、声がかかった時は驚きました。異動後、最初はHRBPを担当しまして、ピープルアナリティクスの前任者が辞めるタイミングでいまやっていることに近い役割に変わりました。他社では確かに珍しい経歴だと思いますが、DeNAではわりとよくあるキャリアパスです。

現在のお立場は「ヒューマンリソース本部 人材企画部 テクノロジーグループ」とのことです。「人材企画部」「テクノロジーグループ」のミッションについてお聞かせください。

 ヒューマンリソース本部はいわゆる人事部のことです。その役割は「採用」「労務・総務」「組織・人材開発」に大きく分かれます。そのうちの「組織・人材開発」を担当するのが人材企画部です。テクノロジーグループは私が立ち上げたグループです。人事に関するデータ分析に加えて、ツールやシステムの開発までを手掛けることをミッションとしています。

人事におけるデータ活用を推進するグループと考えればよろしいですか。

 人材に関するデータを有効活用して、社員の力を最大化し、事業に資する。それをテクノロジーで実現する──。そんな役割をもったグループですね。DeNAでは、かなり前から全社的な人事サーベイを定期的に実施していたのですが、当初サーベイチームにはデータサイエンスのプロはいませんでした。チームにデータサイエンティストが加わり、今で言うピープルアナリティクスに取り組み始めたのが5年ほど前になります。その流れを受け継いだのがテクノロジーグループです。活動の柱は「分析」と「エンジニアリング」で、テクノロジーの専門部隊というだけでなく、社員の行動変容を促すところまでを目指しています。

行動変容を促す具体的な方法を教えてください。

 私たちの仕事の直接的な「顧客」は、300人ほどいる現場のマネージャーです。分析結果やそこから読み取れるメッセージを彼・彼女らに届けるのが私たちの役割なのですが、「顧客側」は、届けられただけでは、現場の社員にそれをどう浸透させていけばいいのかわからないですよね。そこで、現場にいるHRBPが分析結果をもとに各現場のマネージャーと議論して、行動変容の方向性をともに考える仕組みにしています。言ってみれば、HRBPがマネージャーの「壁打ち相手」となり、分析結果などを使って社員の行動変容の旗振り役となる。そんな仕組みです。

テクノロジーグループはどのくらいの規模なのですか。

 まだまだ小さくて、エンジニアリング担当の私と、分析担当、人事の専門家の3人体制です。人事データには給与の細かな仕分けなど専門的な知識を要するものも多いので、人事の経験が長いメンバーの存在は不可欠です。今後は、分析やエンジニアリングができるメンバーをもっと増やしていきたいですね。


独自のニーズや状況の変化に柔軟に対応するためにシステムを内製化

市場に出回っている製品やサービスを使うのではなく、社内でツールやシステム開発まで手掛ける理由をお聞かせください。

 ツールやシステムを内製化する一番のメリットは、自社の組織構成や人材開発のニーズなどに合わせた設計ができることと、状況の変化に応じて柔軟に設計を変えていけることです。もちろん、人事システムのすべてを内製化する必要はないと思いますが、組織開発や人材開発に関わるシステムは内製の利点が大きいと考えています。

システムづくりはどのように進めていくのですか。

 システムで解決できそうな人事課題のリストがあって、それがベースとなります。リスト中の項目のうち何が今最も優先度が高いかを、ヒューマンリソース本部で話し合って決めていきます。例えば、人材の流動性が低くなっているから異動を活性化させる必要あるとか、現場社員のコンディションウォッチができていないのでサーベイを増やした方がいいといった課題です。その課題を受けて、私がシステムの仕様を考え、ヒューマンリソース本部やHRBPのメンバーにレビューしてもらって仕上げていくというのが典型的な流れです。

現場から「こういうシステムがほしい」といった声が上がることもあるのでしょうか。

 もちろんあります。その中にはかなり局所的なニーズも多いのですが、システムやツールをつくる際は、できるだけいろいろな部門で使える汎用的なものを目指すようにしています。

テクノロジーグループでは、実際にどのようなデータを扱っているのですか。

 従業員の基本情報。パルスサーベイと呼ばれる月に一度の定期的なアンケート情報。各社員の目標設定と上長評価──。それらが現場社員に関する主なデータです。それに加えて、マネージャーの360°評価データ、社内公募情報、組織構造などのデータがあります。パルスサーベイには「Flow」、360°評価には「Gifts」という、独自で開発したツールを活用しています。

各現場のマネージャーの皆さんは、データの分析結果をどのように活用しているのですか。

 ウェブからアクセスできる仕組みにしているので、マネージャークラスであれば誰でも自由に閲覧してマネジメントに活用することができます。もっとも、すべてのマネージャーがアクティブに活用しているわけではなく、ピープルアナリティクスへの関心の濃淡によって活用頻度が異なるのが現状です。

 データ活用を活性化させるには、HRBPのメンバーに協力してもらうだけでなく、私たちから分析結果の具体的な活用方法を積極的に伝えていく必要があると考えています。例えば、360°評価を受けたあとの個別事例をパネルディスカッション形式で紹介する場を設け、チャットで質問を受ける、といった取り組みはすでに実行しています。


「社員の不利益にならない」 人事データの扱いにはモラルが必要

現場社員はシステムを活用できるのですか?

 360°評価は、マネージャーからの推薦があれば現場社員でも利用できます。また、「シェイクハンズ制度」という社内公募の制度があって、その運用をシステム化しています。本人と異動希望先の本部長が合意、シェイクハンズできれば、現在の所属部門の上長の許可や人事の承認がなくても異動が成立するという制度です。この2つは現場の社員が直接活用できるシステムとなっています。

データ活用のポリシーはどうなっていますか?例えば、社員の能力やパフォーマンスを数値化するといったことには取り組まれていますか?

 まず、データ公開のポリシーの一つとして、「社員の不利益にならない」ということを決めています。一定の基準で社員を数値化することは、社員にレッテルを貼ることになりますし、不必要な競争心をあおる可能性もあるので公開していません。人事データにはセンシティブなものも少なくありません。データを扱う私たちは、しっかりしたモラルをもたなければならないと考えています。

人事データには、定性的なものや主観的なものも含まれると思います。そのようなデータはどう扱っているのですか。

 現在は社員数が数千人くらいなので、一つ一つのデータを読み込むというやり方で対応しています。今後は、テキストマイニングなどの手法を使って、データの内容をある程度自動的に判断できる仕組みづくりが必要になると思います。


人の経験値とデータ分析を組み合わせて、人事の質を上げる

テクノロジーグループを立ち上げてから一番たいへんだったことは何ですか。

 基盤となる人事情報の整備ですね。ばらばらに保管されていたデータを統合し、一元的に管理して使えるようにする作業に時間がかかりました。データが適切に統合されていないと、正確な分析を行うことはできません。しかし、この部分は地味で表から見えにくいので、データベースやシステムの構造が理解できていないと、軽視される危険性があるステップでもあります。

データ分析に本格的に取り組んだことによって、大きく変わったことは何でしょうか。

 もともとデータ活用に前向きな社風で、データを分析して意思決定にいかすという文化は以前からありました。その文化が人事領域でも「仕組み化」されたことが一番の変化だと思います。もちろん、人事には担当者の経験と勘といった要素が不可欠ですが、そのような経験値とデータ分析を組み合わせることで、より質の高い人事が実現するはずです。その基盤ができたことが大きな成果だと言えます。

データ分析から出てきた具体的な施策はありますか。

 マネージャーのパフォーマンス診断や組織診断を行って改善するといった取り組みは継続的に続けています。さきほどもでた「シェイクハンズ制度」などもサーベイの結果、やりがいを感じている人が少ないので、どうすればいいだろうか、というような議論が発端となっています。

それから、経営の重要な指標として「会社のミッションへの共感度」があるのですが、これも各部で継続的に調査して、経営陣と現場のメンバーの座談会などの施策につなげています。

データには、今ある課題を解決するだけでなく、見えなかった課題を発見したり、新しい価値を生み出したりする力もありますよね。

 それについても着手し始めたところです。トライしているのは、どういう能力のある人がどういう成果を出しているかを明らかにするスキルマップ作成やコンピテンシー分析ですが、これを手法として確立するのは簡単ではなさそうです。

難しさの理由を教えてください。

 手法自体の難しさとデータの量や質の問題、その両方ですね。たとえば、営業がメインの会社で、社内に営業パーソンが1000人いる、といったケースであれば比較的つくりやすいと思うのですが、DeNAは事業が多岐にわたるだけでなく、事業をめぐる状況が常に変化しているので、必要とされるコンピテンシーが日々変わっています。そのような変化に対応できるツールをどうつくるかが、これからのチャレンジとなります。


簡単で、コンパクトで、成果が見えやすいものから始める

現在の課題についてお聞かせください。

 テクノロジーグループはこれまで、すでに社内にある制度をシステム化する作業に取り組んできました。それは「デジタライズ」ではありますが、「デジタルトランスフォーメーション」の域には達していない、私はそう捉えています。制度や組織をデジタルで変革していく取り組みが今後は求められると思います。

トランスフォーメーションの具体的な方向性をお聞かせください。

 あくまで一例ですが、ピラミッド的な組織構造をマトリックス的な構造にしていくための土台をつくったり、人事評価制度の設計を変えていったりするといった方向性がありうると思います。

これからHRテックやピープルアナリティクスに取り組もうと考えている皆さんへのアドバイスをいただけますでしょうか。

 最初から難しいことを実現しようとせずに、簡単で、コンパクトで、成果が見えやすいものから始めていくのがいいと思います。人事に限らず、テクノロジーの導入に対する懐疑的な意見は常にあるものです。新しい取り組みが最初から完全に受け入れられることはないと考えるべきです。まずは、小さなところから始めて、成果を見せながら、徐々に「あって当たり前のもの」にしていく。そんな地道な取り組みが必要なのではないでしょうか。

 いきなりコンピテンシー分析のような難しい課題に取り組むと、何の成果も出せないままに1年、2年経ってしまうといった状況に陥りがちです。一方、パルスサーベイなどは、始めやすく結果がわかりやすい取り組みの一つだと思います。「社員の士気」という誰もが興味があることをテクノロジーの力で可視化していけば、理解も広がっていくはずです。

最後に、エンジニアから人事担当へのキャリアチェンジを現在はどのように捉えていますか?

 エンジニアリングはある程度「正解」のある世界ですが、人事に正解はありません。そこに面白さを感じています。また、エンジニアリングのスキルを人事にいかしていくことで、新しいツールや仕組みを生み出すことができるという手応えも感じています。人事に移ってよかったと思っています。

本日はどうもありがとうございました。

取材協力: 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取  材: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))
T E X T : 二階堂尚

(2021年8月)

INTERVIEWS TOP