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第49回 企業の生産性と組織の活力向上につながる、オフェンシブな健康経営を目指す

コニカミノルタ株式会社
人事部 健康管理グループリーダー
兼 コニカミノルタ健康保険組合 常務理事
鈴田朗氏

鈴木氏

2015年に経済産業省が健康経営銘柄の選定を始めてから7年。「健康経営」という言葉が一般的に使われるようになってきました。そんななか、健康経営で成果を上げている企業と、表面的な取り組みのレベルにとどまっている企業が、二極分化してきているようにも見えます。4年連続・計6回、健康経営銘柄に選出されているコニカミノルタ株式会社では、どのような取り組みが行われているのか。健康経営の責任者を務める鈴田さんに、同社の取り組みと成果について伺いました。

コニカミノルタ株式会社
人事部 健康管理グループリーダー 兼 コニカミノルタ健康保険組合 常務理事
鈴田 朗氏 プロフィール

1986年に小西六写真工業(現コニカミノルタ)に入社し、カラーフィルムとカメラの国内営業に従事。1992年から人事部にて、採用、給与厚生、4つの事業所(八王子・日野・小田原・丸の内本社)でのライン人事業務を経験後、2015年に人事部健康管理グループリーダー 兼 健康保険組合常務理事に就任し、現在に至る。


健康リスク管理をベースに、企業の生産性や組織の活力向上を目指したオフェンシブな活動へ

まず、御社での健康経営の取り組みの概要についてお聞かせください。

 今でいうところの「健康経営」に注目し、取り組みを始めたのが2012年頃からです。それ以前は、「安全衛生」という考え方が中心にあって、「労災を起こさない」ということを主目的とした活動を行っていました。「健康管理」も、そうした「安全衛生」の一環として捉えられていました。

 しかし、労災回避という守りの発想から脱して、従業員の健康リスクを軽減することで企業活動の質向上を目指す方向に舵を切り、社長名でのグループ健康宣言を制定し、その後、健康中期計画(2014-2016年度)を策定しました。これが本格的な「健康経営」のスタートとなりますが、以後3ヵ年毎に全社中期経営計画と連動した健康中期計画を策定し、2020年度からは健康リスク管理を中心とした活動から、企業の生産性や組織の活力向上を目指したオフェンシブな活動へと幅を広げていっています。その結果として、2015年から計6回、経済産業省の「健康経営銘柄」に選定されています。

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3回の健康中期計画の中で、健康経営はどのように発展していったのでしょうか?

 2019年度までの健康経営は、主に個人の健康リスク軽減に力点を置いたものになっていました。健康診断や勤怠のデータから、「フィジカル面」と「メンタル面」それぞれにリスクを抱えている従業員を、リスクの深刻度合によって3段階に層別し、リスク者の深刻度レベルを下げていく施策を打つことによって、最終的にリスク者の人数をミニマイズ化することを目指してきました。

 そうした取り組みが一定の成果を上げましたので、2020年度からの健康中期計画の下では、軸足を「個人から組織」、「リスク管理から生産性・活力向上」に移しました。「生産性・活力向上」のためには、「健康ムーブメント」を起こしています。具体的には、食事や、運動、睡眠の質を上げるための働きかけを行ったり、禁煙支援をしたりと、健康リスク者を生み出さないことに留まらず、従業員のパフォーマンス向上につながるような活動に力を入れています。



組織の健康度を横軸、組織のストレス度を縦軸に、全組織の状態をマッピング

 「組織」という観点からは、「組織健康度調査」を新たに導入しました。そこから判定される「組織の健康度」を横軸に、ストレスチェックから導き出される「組織のストレス度」を縦軸において、180ほどある組織をすべてマッピングしています。組織の健康度が高くストレスが低い組織は、組織としての状態が良く、高い生産性を上げるポテンシャルがある、といえます。逆に、健康度が低くストレスの高い組織は、生産性が低くなる可能性が高いだけでなく、個人のメンタルの問題を起こす可能性もあるといえます。つまり、企業価値を向上させて、企業の持続的な成長を目指すには、前者のカテゴリに入る組織を増やし、後者を減らしていくことが重要になります。この点については、健康経営のKPIとして捉え、具体的な数値目標を設けて活動をしています。

KPI目標を達成するために、具体的にはどのような活動をされているのでしょうか?

 組織健康調査の結果は、全組織の組織長にフィードバックしています。単に自分の組織の結果だけではなく、マトリクス図の中における自組織の位置づけを示したり、各調査項目の過去数値や他の組織との比較をしたり、全社平均との差異などが一目でわかるようなレーダーチャートを添付したりしています。また、各事業部の安全衛生責任者に対しては、調査結果をみながら、どのように職場改善をしていったらいいかなどを共に考えていく機会を設けています。そうした全体的な活動に加えて、具体的に課題を持っている組織に対して、人事や産業医が入り込んで支援をするという取り組みも行っています。まだまだ道半ばではありますが、少しずつ改善していく組織が出てきています。

 単にフィジカルな健康面だけではなく、組織メンバーの精神的な充実といった面も含めて、より良い状態に持っていくことで、組織の生産性を高め、業績向上の一助となることができないか、模索を続けています。

「健康で働きやすい組織」が、企業の生産性につながることを論理的に説明する

ここで重要な役割を果たしている「組織健康度調査」は御社が独自で作成されたのですか?

 米国のギャラップ社が出している「Q12」というものをベースに手を加えています。これらの設問についてはアメリカの研究者たちが論文を出していて、調査項目になっている事項が、顧客満足度や生産性と非常に強い相関があるということが学術的に証明されています。役員や事業部長は、ビジネスにメリットをもたらすことにつながる「従業員の健康度」を求めてきます。単に「従業員が健康であることは良いこと」という一般論で終わっては不十分で、「従業員が生き生きと働くことによって、組織の生産性が上がる」というレベルにまでつなげて、論理的な説明ができることが必要です。それができれば、役員や事業部長の納得感が各段に高まり、積極的な協力を得ることができるようになると考えています。

従業員の健康を、組織の生産性や経営課題までつなげて考えることが求められるのですね。その意味で、 御社のWebに掲載されている「戦略マップ」にとても興味を持ちました。

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 これは、経済産業省が2020年に立ち上げた「健康投資管理会計」という取り組みの一環で、弊社を含めた2020年度の健康経営銘柄企業がそれぞれに作成したものになります。Webでの公開は「戦略マップ」のみになっていますが、実際には、健康経営への投資額を入れると、投資効果が自動計算されるという仕組みと紐づいています。これは、自社の経営層へはもちろん、株主の方々からの理解促進にも大きな力を発揮すると考えています。

健康診断の結果から、将来の疾病リスクを予測。行動変容を促す

非常に先進的な取り組みをされている印象ですが、健康リスク者を減らしていく、新たに生み出さないという活動は発展的に解消していっているのでしょうか?

 いいえ、そんなことはありません。健康リスク者の極小化は、どこまでいっても健康経営の重点項目であることには変わりありません。当然土台として、手を抜かずにしっかりと取り組みを続けています。

健康診断の結果が良くなかったとしても、「自分だけは大丈夫」と受診をしなかったり、生活習慣を変えなかったりする人は少なくありませんよね?そうした状況に対しては、どのように対応しているのでしょうか?

 検査の数値が悪い人には、産業保健スタッフを通じて受診勧奨を行っています。2次検査を受けに病院を受診してください、と。それを何度行っても受診しない人には、「レッドカード」「イエローカード」を出す、ということをしています。これはシンプルですが、結構効果があります。

 もう一つは、「将来の疾病リスクの見える化」を実施しています。2015年以前は健康診断の結果を紙で通知していたのですが、2016年からは、診断結果をID/パスワード管理されたWebサイトから見ることができるようにしました。そこでは、今のままの状態を続けた場合の疾病リスクの予測を表示するようにしました。

疾病リスク予測ですか?

 個人の画面のトップに、血液年齢や、10年後の疾病発症確率といった疾病リスク予測が表示されます。そして、その下部には具体的な検査数値をレーダーチャートで表現し、それぞれが正常値内なのか、注意ゾーンにあるか、高リスクゾーンにあるのか、一目で直観的にわかるようにしていますし、過去の数値との比較を行うこともできるようになっています。紙で一律に数値をもらうよりも、具体的な未来予測やわかりやすいイメージを提供すると、行動変容が起きやすくなると感じています。また、高リスク者は健康管理室に呼ばれるのですが、こうした情報を見せながら保健指導を行うことも可能です。

わかりやすい「見える化」には力があるということですね。

 「見える化」ということでは、喫煙率や運動習慣など、健康に関する数値を、関係会社を含めて事業部毎に比較できるように情報提供するという活動もしています。その中で、ある関係会社の喫煙率が大変高かったのですが、それを見た喫煙者である社長が、禁煙を決意して実行したんですね。そこで、「自分は喫煙をやめた。皆には強制はしないが、なるべく煙草をやめていこう」と呼び掛けたのです。そこからその会社の喫煙率が徐々に下がっていった、といった事例も出ています。

見落とされがちな「プレゼンティーイズム」にも、損失金額を計算して正面から取り組む

そうした健康を害して働くことが困難になる人を減らしていく、という取り組みに留まらず、「プレゼンティーイズム」にもしっかりと踏み込まれているそうですね。

 まず、健康問題などで会社に来られない、業務ができない状態が「アブセンティーイズム」です。健康リスク者を減らす活動は、従業員が健康を壊して出社できなくなることによる損失を出さないための施策と言えます。一方、「プレゼンティーイズム」は、会社には来ている、業務は行っているのだけれど、心身に何らかの不調があるためにパフォーマンスが上がっていない状態を指します。これによって発生している損失額は、あるアンケートによってはじき出すことができます。弊社ではそれを年一回実施しています。2020年度では、一人当たり月平均で、67,015円の損失を出していることがわかっています。

プレゼンティーイズムの要因としてはどのようなものがあるのでしょうか?

 それは多岐に渡っていて、頭痛、肩こり、腰痛、目の不調や睡眠障害、といったものから花粉症のようなアレルギー、もちろんメンタル不調も入ってきます。

正直、首肩こりや腰痛、目の疲れなどは慢性的になっていて、その状態に慣れてしまっている人も多いように思います。

 そうですね。しかし、「プレゼンティーイズム」による損失は、「アブセンティーイズム」より大きいとも言われています。自分では大した事がないと思っていても、実際には業務に影響が出ているということを意識してもらうことが大切です。

「プレゼンティーイズム」を解消していくために、具体的にはどのような施策を実施されているのですか?

 例えば、首肩こりや腰痛に対しては、専用のICTを活用したプログラムを提供しています。現在、累計で900人が活用しています。プログラムでは、オンラインで肩こり・腰痛改善セミナーを受講できたり、専用アプリにアクセスしてスマホの画面から理学療法士などの専門家に相談ができたり、自分の痛みのタイプを特定して対応方法のアドバイスをもらうことができたりします。また、目の疲れに関しては、オンラインで作業環境の相談会を実施しています。パソコンの位置や机の高さ、椅子の高さと座り方など、作業環境を整えることで、目の疲れを解消していくというアプローチです。相談会の後アンケートを実施しましたが、それ以前とくらべて、肩こり、腰痛、目の疲れ、頭痛を感じる日数が減った、という結果も出ています。

健康経営への取り組みは、メンタルヘルスの課題に対しても、よい影響が出ているという実感をお持ちでしょうか?

 実は弊社が健康経営に真剣に取り組み始めることになったのには、メンタルヘルスの問題が大きく関わっています。ずいぶん前にさかのぼりますが、2007年以降、メンタル不調での休務者が右肩上がりに増えていました。2007年を100とすると、2011年には133と、3割も増加していたのです。また弊社の病気休職期間が4年と長いこともあって、人によっては2年、3年休むというケースも少なくありませんでした。このような状況を年2回、人事部から経営会議で報告していたのですが、当時の社長からは、「メンタル不調で休む社員が増え続けている現状は、本人にとっても不幸なことだが、会社にとっても大きな戦力ダウンであり、経営課題として捉えるべきだ」との指摘を受けていました。

 そこで、社員の健康全体に目を向けると、メンタル面だけではなく、フィジカル面の数値も世間一般の水準よりも悪い、健保組合は赤字が続いている、かなり危機的な状況でした。人事として行う小手先の小さな改善レベルでお茶を濁すのではなく、会社として覚悟を決めて、正面からこの問題に取り組む必要があると、本気で健康経営に取り組むことになりました。そういう背景がありますから、弊社の健康経営の中で「メンタル面」のケアはひとつの柱になっていますし、健康経営の定着とともに成果が出ているという実感を持っています。

健康経営の継続的な成功には、最初から産業医と経営者を当事者として巻き込むことが重要

長年にわたって健康経営で成果を出されている御社ですが、これから健康経営に取り組もうという企業は、何から始めることが成功への一歩になりますか?

 まずは体制作りですね。ただしそれは、人事部に専任担当を置いたり人事部とは独立した健康促進の組織を作るといった「箱作り」のことではなくて、必要な専門知識をもった人材を、プロジェクトの最初から巻き込む体制作りが重要だ、ということです。

 弊社の場合、最初の段階から、常勤産業医が当事者として、企画立案の議論から実際の運営に関わることまで全面的に関わる体制を作りました。産業医は、産業保健のプロです。専門性に裏付けられた知見と経験から、人事の人間の発想からは出てこないような意見やアドバイスが出てきます。プロジェクト開始当初は2名だった常勤産業医を、今では5人に増やして活動を行っています。

 他社のお話を伺っていると、施策・運営案は人事部主導で作成して、すべてが決まった後に産業医の先生に入っていただく、というケースが少なくないようです。それはもったいない話です。

直接雇用の常勤産業医5人体制ですか。そこまでの体制を構築して維持していくためには、経営者のコミットメントが必要なのではないかと思います。

 その通りです。最初から専門家を巻き込んだ体制づくりと同様に大事なのは、経営層をいかに当事者として引き込んでいくか、ということだと考えています。やはり、人事発ではなく経営トップ発で「うちの会社は従業員の健康を第一に考えていて、それを基盤に事業をしていくのだ」ということを発信していくことが、健康経営を全社に浸透させていくためには重要なポイントになると思います。先ほどお話したように、そもそもの発端は、トップの強い危機感ということもあり、2011年に社長名でのグループ健康宣言を制定し、2014年に現社長の山名に経営が引き継がれたときにも、改めて山名の名前で宣言を出しました。トップの本気度が、継続して成果を上げていくためには必須だと改めて感じているところです。

最後に、コロナ禍によって、健康経営の取り組みに変化は起こりましたか?

 2020年5月には、リモートワークサーベイを実施しました。一回目の緊急事態宣言で急遽リモートワークを強いられた従業員に対して、健康課題について聞いたものです。その時は、意思疎通の悪さからくるストレスを訴える人が多くみられ、上司が直接顔を見られない部下のメンタル不調に気づきにくく、休務が必要になってしまうようなケースも発生していました。そこで、管理職に対して、リモートワーク下では部下とどのようにコミュニケーションをとったらいいかについて人事部から情報発信を行ったり、「リモートワーク下のメンタルヘルス対応」と題するe-learningを産業医に作成してもらい、管理職の意識を上げていく取り組みを行いました。そこから1年以上経って、皆オンラインツールの使い方も含めてリモートワークに慣れてきているとは思いますが、気を抜かずに、心と体が健全でいられる環境づくりに取り組んでいきたいと考えています。

本日はどうもありがとうございました。

取材協力 : 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取材・TEXT: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))

(2021年12月)

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