第106回 「永遠の正論」に安住せず、過去の遺産に固執せず

1950年代半ばの日本。終戦から約10年しか経っていない日本の経済が今後どのようになっていくかに
ついて、当時の経済学者たちは悲観的に見ていました。マルクス経済学が主流であった当時「日本経済に
は力強い成長力がある」と言い切ることは、とても勇気のあることだったといいます。

下村治氏は、味方がほとんどいない中、統計的に計算をした結果をもって堂々と「日本経済は力強く成長
すると主張しました。だから、その成長力を抑制するような政策をとってはいけない、その力を活かして
いくことを考えるべきだ。その信念をもって池田勇人内閣の「所得倍増計画」に中心人物として関わり、
現実のものとしました。

1970年代、下村氏は、日本中が日本経済はまだまだ成長していくと信じていた頃、誰よりも早く、日本経済
の成長基盤がなくなったことを看破し、ゼロ成長路線を唱え、世間を驚かせます。成長基盤を失って
いるのだから、それに合わせた政策をしなくてはならないと。しかし、それが正式に受け入れられることは
ありませんでした。

1980年代、アメリカのジャパンバッシングが盛んになり、日本がアメリカからの要求にどう応えるのかに
右往左往しているときに、「日本は悪くない 悪いのはアメリカだ」と言いきり、経済の世界の主流派と
大いに論争を戦わせました。ここでも下村の主張は主流になることなく、日本はバブル経済に邁進し、
その後「失われた10年」に突入することになりました。

しかし今、「下村治氏が健在だったら、今の状況をどうみるのだろうか」と考える人は少なくないようです。


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『日本は悪くない 悪いのはアメリカだ』(煽情的、感情的に感じるタイトルですが中身は非常に論理的で硬派)
を読んで、氏に興味を持ちました。そこで手にしたのが、今回「今週の書籍」で紹介している『危機の宰相』
です。それを読むことで、何故、私が氏に惹かれたのかがわかりました。

当時の経済学会の中心的な学者は、「池田内閣の高度成長政策はこの自動車(注:泥道を猛スピードで
走る車)みたいなものだ。自動車のスピードさえでれば、はねる泥で迷惑する人があっても、それはやむを
得ない、というのに似ている」と彼を批判します。

そうした指摘に対して『危機の宰相』の著者は、「それは『永遠の正論』である。『永遠の正論』の側に
身を寄せて現実を批判することは容易なことだと言える。


下村治はそうした道を選ばなかった。逃げを打たず、弁解をせず、常に『日本経済はこうなる』『こうすべき
だ』と断言してきた。」と下村の立ち位置を説明します。その断言の背景には、深い論理的思考作業と
膨大なデータとの格闘がありました。

下村氏の論の正しさについて議論をするほど経済には明るくないため、「予言者」としての彼の価値を判断
することはできません。ただ、「永遠の正論」の側に安住することなく、「事実」を見極める努力を惜しまず、
自分の過去の遺産に固執しない姿に、叱られたような、それでいてすがすがしい思いを感じていたのだ、
ということに気がつきました。

「先が見えない」と不安を感じることが少なくない今、下村氏の在り方から学ぶことは少なくない、と思います。


【今回参考にさせていただいた書籍】

日本は悪くない 悪いのはアメリカだ』 下村 治・著 文春文庫

危機の宰相』 沢木耕太郎・著 文春文庫

 

(2012年1月26日)

 

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