第119回 早いうちに壁にぶつかれば


昨年、長期入院していたときの話です。

5月に入って、新人の看護師が病棟に配属されました。最初は先輩看護師とチームを組んで仕事をしていましたが、6月も後半になると多くのことで独 り立ちするようになります。その頃のエピソードです。

私たちの病室には、一人、症状が深刻な患者さんがいました。Aさんとしましょう。その病室に、二人の新人がやってきたのです。

Aさんは、ずっとご自分で商売を切り盛りしてきたようで、「○○○はこうあるべき」という信念が非常に強い、つまり相当頑固な方でした。そして、どうやらかなりの心配性。そして、何度も何度も入退院を繰り返してきたので、自分の体の扱われ方に確固たる理想の形を持っている。傍からみていても、「超」がつくくらい扱いが難しい患者であることがわかります。

しかし、新人だからといって、Aさんだけ避けるわけにはいきません。6月半ばまでは先輩のサポートがあってどうにかこうにかやってきましたが、独り立ちしてすぐに、二人ともAさんの逆鱗に触れてしまいました。

ここから、二人はまったく異なるスタンスを取ることになります。一人はYさん、もう一人はXさんとします。

Yさんは、Aさんの怒りが収まるのを、少し距離を置いて待ちました。当然、「すみません」と誤りますが、少しその場を離れて冷却期間を置いたのです。そしてその時から、Aさんを心配する家族といったスタンスで接するようになりました。

言葉づかい、話す内容を聞いていてその変化ははっきりとわかりました。年齢的にはAさんの孫のような彼女は、あっという間にAさんの心をつかんだようです。その後、Aさんが怒りを爆発させることはなくなりました。(その後Aさんへの多少の文句や、陰で愚痴はなくなりませんでしたが)

一方Xさん。怒られた直後から平謝り。どこが悪かったか教えてくださいと、食い下がりました。ただ、ますます緊張するために、更に失敗を繰り返します。そして、勉強家を自負するXさんは、何か言われたときに、自分の知識と違うと思うと患者さんに真っ向から反論してしまうという傾向がありました。それがAさんの怒りに油を注ぐこともあり、XさんがAさんの担当になる日は、病室内では「やれやれ」という雰囲気になっていました。

私は、当初、Yさんの対応は大人だなあ、と感心していました。しかし、しばらくしてから、これからの伸びしろは、Xさんの方が大きいのではないか、と思い始めたのです。

Xさんは、自分の看護技術が今のままではまったく通用しないことを、早い時期に痛みを持って経験しました。そして、それを技術を上げるということで克服しようとしてもがいていました。

もちろん、Xさんにはコミュニケーションの部分でかなりの指導が必要なのですが(私自身が患者としてイライラさせされていましたので。。。)、そのことに気がつき克服できたとき、一気に伸びるイメージができたのです。

もちろん、Yさんは、「気に入られる」という方法で目の間の問題を回避しながらも、技術不足を埋めるための努力を重ねているかもしれませんから、単純には判断できません。しかし、もしYさんがここで自分の技術の未熟さに向いあうことを避け、今後同じようなことが起きたときにも、また同じ手法を取ってしまうとしたら、おそらく私の予測は当たるのではないかと思います。

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社会に出てかなりの時間を経ていますが、未だに苦手だと思うこと、自信がないことのルーツをたどってみると、若いときに大きな失敗をしたことがなかったり、ひどく叱られたりすることのなかった分野だということに気がつきます。

逆に、夜の眠れないくらい悩んだり、面と向かって怒鳴られたり、日付を一日戻したい!と心から祈ったりした経験や恥ずかしい失敗は、自信を持って対応できる分野を作ってくれました。

4月に入って、新入社員を受け入れたり、新しい部下や後輩を持った方も多いと思います。「褒めて育てる」「承認してあげる」ことは基本だと思いますが、出来るだけ早い時期に、何らかの壁にぶつかる経験をしてもらうことも、重要だろうと思います。

また、仕事の経験の短い方にとっては、早いうちに思い切り壁にぶつかった経験は、それを乗り越えたときに素晴らしい宝物になります。5月に入ると、立場によって様々な問題も見えてくるでしょうが、この話が何かのきっかけになれば幸いです。

(2013年4月18日)
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