第138回 通説には人の思考を鈍らせるという副作用がある


徳島県に、全国平均からみても、隣接する両隣の町と比較しても、桁はずれに自殺率が低い町があります。徳島県旧海部町、です。(2006年の合併後は、海陽町の一部)

その海部町を研究対象として、自殺の「予防因子」を解き明かしていった本に出会いました。実は、自殺の「危険因子」(「なぜ起こるのか」)の研究は進んでいるものの、その「予防因子」(「どうしたら起きないか」)の研究というのは世界的に数少ないのだそうです。


『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある』がその一冊です。


こうした場でのエッセイに、自殺というデリケートな題材を取り上げることが妥当なのか迷いました。しかし、メンタルヘルスに関する課題に直面している企業が多いなか、「人が絶望に追い詰められにくいコミュニティ」の特徴を知ることは、何らかのヒントになるはずと思い筆を進めることにします。(辛い思いをされた方がいらしたらご容赦ください)


具体的な「予防要因」の詳細については、何故その結果が導き出されたかというプロセスとともに理解することが重要だと思いますので、ここでサマリを列記することは避けます。実際に読んで、自分が所属する組織・コミュニティとの類似点、相違点を考えられることがお勧めします。
(※この著者とは面識も利害関係もまったくなにもありませんので、誤解なきよう。)

ただ、こうした問題や課題に取り組むにあたって、「ああ、そうだ」と身につまされたことについて、ご紹介したいと思います。

著者は、5年にわたって研究を続けるなかで、「通説」を見直すことの重要性、言い替えると「通説」がもたらす「思考停止」のリスクを痛感した、と告白します。

通常、自殺対策について語られるとき、その予防には「絆」「人のつながり」「助け合い」が最も重要だと言われます。

しかし、著者が調査を進めていくと、多発地域にも稀少地域にも、「絆」「人のつながり」「助け合い」がしっかりと根付いていることがわかってきました。かえって、多発地域の方が、自分たちの地域の特徴として、「強い絆・つながり」「助け合い」を挙げる傾向があったといいます。

しかし、もう一歩・二歩踏み込んでいくと、それぞれの本質に大きな差異があることがわかりました。

稀少地域では、住民間には頻繁な接触・コミュニケーションが保たれているものの、必要十分な援助以外は、実に淡泊な付き合いが維持されており、外から入ってくる異質なものに対して寛容である。一方多発地域では、緊密な人間関係と相互扶助が定着しており、コミュニティ内の結束が強く、外に向かって排他的である傾向が強い。こんな違いがあったといいます。

「人との絆が自殺対策における重要な鍵であることを主張すること自体は、まったく間違っていない。私自身もまた、かつてはこの通説をよく引用していた。ただし今振り返って思うのは、その言葉を引用するだけでは何かを伝えた気になって安心してしまい、思考停止してはいなかったかということである。・・・(中略)・・・通説にはこれを用いる人々の思考を鈍らせるという副作用がある。それが耳触りのよいメッセージである場合にはさらに用心すべきであることを、肝に銘じておきたいと思っている」

また、「幸福度」を、海部町(旧)と隣接する両隣町で調査した結果、海部町の「幸福度」が3町で一番低いという結果になりました。通常、自殺の少ない地域では幸福度も高いだろうと想像してしまうわけで、それが通説でもありました。が、結果はその通説を裏切るものでした。一方で、海部町では、「幸福でも不幸でもない」「不幸ではない」と回答した割合が一番高かったそうです。

著者はこの事実にじっくりと向き合い、以下のような結論に達します。

「この調査結果によって気づかされた重要なこと、しかも極めて当たり前のことがある。住民の幸福度を測っても、将来起きるかもしれない自殺への傾きは予測できないという点である。・・・(中略)・・・(今が)「幸せ」であることが必ずしも大切なのではなく、何らかの理由により幸せを感じられなくなったときの対処の仕方こそが肝心なのである」


この本に書かれていることが、すべての問いに対する正解ということではないかもしれません。しかし、ここでの結論はもちろん、そこに至るプロセスの中から、多くのことを学びました。


ご紹介した書籍: 『生き心地の良い町』 岡 檀・著  講談社

(2015年8月20日)


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