第21回 突出した力を持つ「駒」がないときの勝負

今回は、『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治・二宮清純/日本経済新聞社)から、前々回の「時間」、前回の「失敗」につづき、「普通」について考えてみたいと思います。

『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治・二宮清純/日本経済新聞社)

『歩を「と金」に変える人材活用術』は、将棋界で一時代を築いた羽生善治永世棋聖(の他にも多くの称号を持っていらっしゃいますが)と、スポーツジャーナリストとして活躍する二宮清純氏の対談をまとめたもの。

将棋のことをあまりご存知ない方も、少しお付き合いください。

日本の将棋は、世界各国にある類似ゲームと比較してユニークである、と言われます。

個人的に、その最大の理由は、相手から取った駒を、すぐに自分のものにできるから、と理解していました。

そのことは間違いではないのですが、その前提となる、もうひとつの大きな特徴があるのだそうです。

日本の将棋では、ひとつひとつの駒の力を弱くしている。

つまり、他の国のもののと違って、突出した強さを持った駒がない、ということです。

「日本の将棋は駒の威力を落として、強さのバラつきをなくした。しかし、そのぶん、再利用のルールを作ったんです。相手の駒をとったら、それを自分の持ち駒にできる。

その持ち駒を、今度は味方として好きな場所に置ける。こんなルールは世界でも日本だけです。駒の色が全部同じということがそれを象徴している。」(羽生善治氏)

とのこと。

しかし、駒の強さに差をつけない代わりに、敵陣に入ったら、いきなりその能力を爆発的に発揮する駒を作っています。これも特徴のひとつ。

それが「歩」です。

将棋をまったくご存じない方のために、「歩」の存在について、少しだけ。(詳しい方にとっては、拙い説明で失礼します。)

将棋には、盤の上でいろいろな動きができる駒がありますが、「歩」は数が多いかわりに、前に一マスづつしか進めません。地道な駒です。

しかし、この駒が敵陣に入った瞬間に、「金」という非常に強い駒になります。

これまで前にひとつづつしか進めなったいわば「一兵卒」が、斜め後ろ以外どこにでも動ける強力な駒になることができてしまうのです。

これが将棋でいう「成る」という行為です。「成った歩」を「と金」と言います。

他のほとんどの駒も「成る」という行為でパワーアップするのですが、「歩」から「金」は、どのパターンにも負けない大きな振れ幅です。

とはいえ、これを相手に取られたとしても、もともと「歩」だったもの。

相手も味方として使うときには、「歩」としてからしか使えません。

つまり、失うものは最小限ですから、大胆な動きをさせることができるというメリットもあるようです。

ですから、

「プロの大局で一番考えるのは、いかに『と金』をつくるかということなんです」

「裏表のギャップが大きいだけに、駒の価値としては金の三倍くらいある感じがします。」(両発言とも、羽生氏)

将棋のプロが飛車・角(金などと同じく大きな動きができる強い駒)落ちでアマチュアと闘っても勝てるのは、この「と金」のおかげ、といっても過言でないとか。

もちろん、「歩」が「と金」にならなかったとしても、常に要所要所で守りの要になってくれる存在です。

「私たちの感覚では、歩って皮膚みたいな感じ」(羽生氏)なのだそうです。

突出した駒を持たない、「一兵卒」が前線で頑張る、駒の能力を時間をかけて成長させるといった将棋の特徴は、

伝統的な日本の企業組織に似ているものがあると感じるのは私だけではないでしょう。

二人の対談は、こういった将棋の特徴をベースに、様々な方向で広がっていきます。

今回はその中で、人の組織の世界で「歩」と「と金」にするにあたってのポイントを、二宮氏が大リーグで活躍した選手を例を引いて語った部分について考えたいと思います。

二宮氏はいわく、

「歩を「と金」に変えるには、チャンスを与えてやらなきゃいけない。チャンスを与えておいて、気持ちの余裕をもって成長を待つ。

では、リーダーがチャンスを与えるときに大切なことは何か。僕は「適材適所」と「適時」だと思っているのです。」

「適時」、です。

氏は、その例として現北海道日本ハムファイターズの投手コーチ・吉井理人氏を例に取り上げます。

吉井選手(当時)がアメリカ行きを決意したのは32歳のときでした。遅すぎる挑戦にマスコミは「無謀だ」と反対しました。

しかし、彼は、先発投手としてメジャーリーグ1年目は6勝、翌年は12勝を挙げ、メジャー通算では32勝をマークするのです。

羽生氏の、「もし彼が若いときにメジャー挑戦をしていたら?」との問いに対して、

「彼は元々パワーピッチャーだから、かなり痛い目にあっていたでしょうね。いろいろな経験をして、いろんな武器を身につけていたから成功したんだと思います。」(二宮氏)

「適材適所はもちろんだけど、適時。『こいつが、いつ伸びるか』という時期の見極めですね。20歳で伸びる選手もいれば、25歳で伸びる選手もいる。ひょっとすると40歳で化ける選手もいるかもしれない。」(二宮氏)

これは、もともと、プロ野球の選手という特異な才能を持った人の話ですが、私たちのような一般の会社員にも当てはまることなのではないでしょうか。

「普通の人」でも、その「適時を見逃さない」、そのために「適時をつくるための準備を意識的にする」ことができたら、大きく「成る」ことができるのではないか。

これからの組織には、とびぬけた才能や実行力のある人材が必要ではあると思いますが、そんな人たちだけでは組織が成り立たないのも事実。

皮膚のように地道に組織を守ってくれる存在を、一人一人にとっての適時で「と金」にできたら、組織の強みを増すのではないでしょうか。

では、そのために何ができるのか。

そんな風に人材のマネジメントを考えていくという視点を持ってみようと思いました。

「フォロワー育成」という言葉を聞く機会が増えていますが、こういった考え方と通底するのかもしれません。(この部分は勉強不足なので、これから学んでみたいと思います。)

皆さんはどのようにお考えになりますか?

『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治・二宮清純/日本経済新聞社)は、対談形式ということもあって、一筋大きなテーマに常に沿っているというわけではないのですが、

人と組織のマネジメントに対して大小様々なヒントがちりばめられている、といった感じです。ご興味があれば是非、読んでみてください。

(2008年6月6日)

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