第93回 自分自身の「リアルストーリー」を語れるか

「お風呂は共同。入浴時間が決まっていて、その時間を過ぎるとお湯が出なくなる。生活費を稼ぐため
に遅くまでアルバイトをしていたから、ぬるいお風呂は日常茶飯事。部屋は、壁にしみが出ている4畳
半。そこに横になりながら、いつかちゃんとした家に住めるようになりたいと思っていた」

先日、ずいぶん前から知り合いの経営者の方が、小さな会合の席で、ふとご自身の大学生活について語
られました。

堅実な経営を続けているものの、さりげなく高級品をまとう彼に対して、「会社経営に成功すれば、こう
いう感じ」と一般化してみていたところがありました。

しかし、彼自身の口から、しみじみと先ほどの話が語られたとき、小さなアパートで決心をしている若
い学生の姿と今の彼が、私の頭の中で一本の線で結ばれました。内容はもちろんですが、何より彼の語
り口、言葉、表情がとても「リアル」だったからだと思います。

文面ではお伝えしきれないのが残念ですが、説教や教訓を垂れるのではない、自慢をしたり逆に
卑下したりするわけでもない、彼自身が当時感じていたことがありのまま語られていた・・・。

「よくある話」と思われるかもしれません。確かに語り方によっては陳腐な話で終わっていたことで
しょう。しかし、その日以来私自身の彼に対する見方は確実に変わり、できる限り応援したいという気持ち
が自然に湧いてきました。

前回の「今週の書籍」で紹介した『感動教育』の中で、人の「リアルストーリー」を聞く、自らの
「リアルストーリー」語ることで、若者たちの心に火がつき、見違えるほどの変化を起こす、という
事例がいくつも挙げられていました。「リアルストーリー」とは、抽象論や「べき」論ではなく、自らが
体験し、感じた話、ということになるでしょう。

『感動教育』書評

『感動教育』の著者である、カワン・スタント氏の授業で語られた「リアルストーリー」とは、例えば・・・、

20歳で第二次大戦の終戦を迎えた父。家族にとっては普通の家庭の普通の父だったが、語り手が
大人になったとき、毎週のように出かけていた山登りは、実は「死に場所」を探していたと告白される。
そこで戦争の意味を改めて考えるようになった・・・。

就職活動がうまくいかず実家に戻ったとき、年老いた祖母が突然、戦後の混乱期をどのように乗り越え
てきたかを語り始めた。語り手は、その時初めて自分の生が自分だけのものではないと感じた・・・。

これらは抜粋ですから、雰囲気を伝えることができませんが、文章で読むと語り手が感じたことが
伝わってきます(おそらく生の声で聞くと更に)。こうした話が、聞く人たちをインスパイヤしていきます。

そこでふと、もし私がこの授業に呼ばれて、「リアルストーリー」を語ってください、と言われたら何か
話すことができるだろうか、と考えてしまいました。そして、正直、イメージが湧かず、茫然としました。

ユニークな「エピソード」は持っています。それをコンパクトにまとめて、何かに結論づけることも
できます。しかし、どこか「リアル」から離れてしまっている感覚を否めないのです。そうした話は
恐らく、「頭」には残るのでしょう。しかし、心の奥には響かない。

ビジネスの世界では、人の気をそらさず、合目的的に話をすることが求められている場面が少なく
ありません。それができるのは重要なスキルです。

しかし一方で、人にやる気になってもらう、チームとして力を合わせていく、新しいことに挑戦して
いくといった場面では、いかに人の心の奥に触れるか、ということも重要になってくるはずです。

自分自身の「リアルストーリー」を語れるか。

説教や教訓を垂れるのではない、自慢をしたり逆に卑下したりするわけでもない、自分自身にとって
本当に「リアルな話」。正直、頭でっかちになりすぎた今の私には、自信がありません。

皆さんはいかがでしょうか?

今回参考にさせていただいた書籍

『感動教育』カワン・スタント・著 講談社

(2011年6月27日)


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