スペシャル企画

社会人が働きながらビジネススクールに通うメリットを探る




今回、中央大学ビジネススクール(CBS)が2011年3月4日に主催した「第一回 人事担当者対象セミナー −人材育成の新しい展開を求めて―」の中で行われたパネルディスカッションを取材することができました。そこでは、CBSの教授と卒業生とが、社会人が働きながら学ぶことの意味についての意見交換が行われました。人事として社員教育に携わる方、また自身のキャリアのステップアップを考えている方にとって、ヒントになる話を聞くことができました。



社会人が働きながらビジネススクールに通うメリットを探る

小林 明彦氏 CBS卒業生 (CTCシステムサービス株式会社 経営管理室人事部 人事部長)
酒井 之子氏 CBS客員教授 (日本アイ・ビー・エム株式会社 人事・ラーニング リーダーシップ研修 担当部長)
中田研一郎氏 CBS客員教授 (株式会社イノベーションズ 代表取締役)
中島 豊氏 CBS特任教授 (人的資源管理担当) 

【司 会】 楠田祐 (中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授/戦略的人材マネジメント研究所 代表)



パネルディスカッション 「企業の人材育成と社員の自己啓発」

【楠田】  皆さん、こんばんは。本日このパネルディスカッションの司会を務めますCBS客員教授の楠田です。私は、東証一部上場企業を3社経験した後、ベンチャー企 業の社長を10年、会長を1年してきました。その後、CBSの客員教授をしながら、日々日本企業の人事部を訪問しています。昨年、一昨年は年間500社以 上、その前の年も450社以上。つまり、3年で1500社の人事部の方々とお話したことになります。そういうわけで、日本企業の人事部の現場で何が起きて いるのかについての実感値を持つ立場から、司会を務めていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

今日は4人の方々にパネラーとして登壇いただきます。簡単に皆さんの紹介をしたいと思います。

まず、中田研一郎さん。中田さんは、出井伸之氏がCEOであった時のソニーの人事部長でした。ソニーは全世界16万人の従業員を抱えていますが、その人事のトップとして、大変革の陣頭指揮を取った方です。現在は、株式会社イノベーションズ 代表取締役でいらっしゃいます。

次に小林明彦さん。小林さんは、伊藤忠商事の関連会社の人事部長を務めておられます。2010年9月に、CBSを無事卒業されました。

その次が酒井之子さん。酒井さんはIBMの人事・ラーニング リーダーシップ研修の担当部長であり、CBSの客員教授でもあります。CBSご出身ではありませんが、働きながらMBAを取得されていらっしゃいます。

最後に、中島豊さん。中島さんは現在、外資系企業に勤務しながら、CBSの特任教授でいらっしゃいます。大学卒業後28年の間に7社の人事を経験さ れています。企業は日本の伝統的な製造メーカーから外資系メーカー、流通、金融の各企業、そしてベンチャー企業まで多岐にわたります。その間にミシガン大 学でMBA、中央大学で博士号を取得されているという大変ユニークな経歴をお持ちです。

では、まず中田さんに伺いたいと思います。中田さんはソニーという人材開発に力を入れている企業の人事トップをされてきたわけですが、そういうお立場から見て、社会人が2年ほど社外で学ぶ意味はどういうところにあるとお考えになりますか?

【中田】 社会人が何かを学ぶ上で必要な要素は3つあると思っています。1つ目は、教師・師匠。二つ目は学ぶ仲 間。三つ目が学ぶ場、です。これは社会人に限ったことではありませんが、三つすべて揃って初めて、本当の意味の「学び」ができると思います。1つでも2つ でも不十分なのです。

まず、教師・師匠。社会で学ぶことを考えた場合、メンターとなりうる人がいてくれればいいのですが、実際には、「反面教師は沢山いても、メンターは いない」と嘆く企業が多いのが現実ではないでしょうか。また実践には強くても、体系立った理論を明示できる人が少ないという問題もある。一方、社外のビジ ネススクールのような場所は、アカデミックなバックグラウンドだけではなく、実務経験を持っている教授が多くいますから、理論・実践の両方を学ぶことがで きる師と出会うという観点から意味があることだと言えるでしょう。

次に、学ぶ仲間ですが、これは学習を継続するために非常に重要な要素です。独学が続きにくいのは、励まし合う仲間がいないからです。また、私自身も ソニー時代に多くの社員を海外留学に送り出しましたが、彼らがMBAや弁護士資格を取って帰ってきても、日本に残っていた同僚が嫉妬心を持ってしまい、資 格取得の苦労や意義を肯定的に捉えてもらえないということもありました。働きながら学ぶとなると、「お前は勉強しに行けていいよな」といった冷ややかな目 に晒される可能性がある。そんなとき、社外に共に学ぶ仲間がいれば、継続していく力になるでしょう。

最後に、学ぶ場です。人の能力というのは抽象的に存在するのではなく、その人がいる「場」との掛け算で成果を出していくものです。その観点からも、 社外に場を求めていくというのは有効だと思います。特に、ビジネススクールは、創造性とプラスのエネルギーを持った人が集まる場です。そもそも向学心のな い人が300万円というお金をかけて、自己研鑽をしようとは思わないでしょうから。

このような観点から、社会人が有効な学びを実践していくために、社外に出る、特にビジネススクールのような場を選択するというのは理にかなっていると考えます。

現在のような変化の激しい時代にインプットを継続していかないと、社会人は知識や意欲がどんどん枯渇していってしまうことを自覚する必要があるで しょう。会社というのはあくまでアウトプットの場なのです。どんなに勉強をした人でも、アウトプットだけでは10年もしたら中身は空洞化します。成長を続 け、新しい時代を切り開いていこうと思ったら、内にこもっているのではなく、積極的に切磋琢磨できる場に出ていき自分を磨くことが必要だと思います。

【楠田】 どうもありがとうございました。では、次に酒井さんに伺いたいと思います。酒井さんはIBMというグローバル企業に所属されていますが、そうしたグローバル企業における自己啓発の位置づけについて教えていただけますか?

【酒井】  まず、私が所属するIBMにおける教育・研修の現状についてお話します。弊社には170カ国に約40万人の社員がいます。そうしたグローバル企業として、 社内の研修や育成プログラム・制度はグローバル統一の仕組みを持っています。数年前までは日本ローカルの仕組みもあったのですが、今それらをグローバル共 通のものに置き換えていっている最中です。ビジネス戦略や、お客様のグローバル化への急速なシフトを考えると当然の動きと言えるでしょう。

こうした動きと並行して、社外に学びの場を求める社員が増えてきているという実感値があります。具体的にはビジネススクールをはじめとする、各種教育機関です。実際に話を聞いてみると、2つの変化があることに気がつきました。

一つ目は、学ぶ場が増えているということです。以前は「ビジネススクールに行く」というと、一部のエリート社員が企業派遣でアメリカにMBAを取得 しにいくとか、会社を辞めて行く、といったケースが多かったように思いますが、最近は、国内で働きながら学ぶ、と言う人が増えています。それだけ場が増え たということでしょう。

二つ目は、自己のキャリアに対する考え方の変化です。私自身もそうですが、日本ではまだまだ1つの企業で長く働くというケースが少なくありません。 これまでは、そうした状況の下で、多くの人が企業が自分のキャリアや育成に責任を持っているという認識を持っていたように思います。しかし、ビジネス環境 の変化に伴って、「このままのスキルで生き残っていけるのだろうか」、「自分のキャリアはどうなっていくのだろうか」など、危機感や疑問を持つ人が増えて きたのでしょう。その結果、社外に出て学ぼうという動きが活発になっているのではないでしょうか。

さて、グローバル企業における自己啓発の位置づけということですが、社外で学ぶことに関しては受け入れる土壌が整っていると思います。私自身、いろ いろな国の人とプロジェクトを組むことがありますが、「今ビジネススクールに通っているんだ」と言っても、「ふーん、そうなんだ」という感じです。海外で は当たり前のことと捉えられているのです。実際にMBAを持っているメンバーも珍しくありません。日本で同じことを言ったら、「えー、すごい。偉いね。勉 強が好きなんだね」と言われてしまうことが多かったですから。

MBA取得後、人事のマネジャーのポジションに応募しました。上司となる人はドイツにいて、電話で面接を受けたのですが、そこでビジネススクールで 学んだことについて質問されました。やはりグローバルの世界で働く際には、ひとつの共通基準・共通言語になっているな、と実感しました。

【楠田】  なるほど。では、ビジネススクールに行くということで、「転職を考えているんじゃないか?」といった反応は受けませんでしたか?

【酒井】  確かに、人事の立場からみると、そう思えてしまうというのはあるかもしれませんね。しかし、そうとは限らないと思っています。私自身、元々SEとして入社 をし、その後業務改革のコンサルタントとして働いてきました。人事畑にきたのは最近なのですが、それはMBAを取ったのがきっかけでした。人事の仕事で生 きていこうと思い、ビジネススクールで人的資源管理やキャリアデザイン学について学んで、人事のマネジャーのポジションに応募したのです。企業側が機会を 提供していけば、彼らの学びを有効に活かせるのではなかと思います。

私の部下に、日本企業から転職してきた人がいます。企業派遣でロンドンに2年間留学、MBAを取得しました。帰国後すぐには無理だとしても、いつか グローバル環境で会社に貢献したいと希望していたようですが、数年たっても状況がまったく変わらないために転職を選択したそうです。企業にとっても、個人 にとっても残念な話だと思います。

【楠田】  ありがとうございました。では、企業人としてMBAと博士号を取得した経験を持ち、同時にビジネススクールで教える立場にいる中島さんに伺います。企業で働く人たちの育成に対して、ビジネススクールはどのような貢献ができるのでしょうか?

【中島】  私がミシガン大学でMBAを取得したのは1992年のことで、はっきりいって大昔です(笑)。そのとき得た知識はほとんどが過去のものといっていいでしょ う。人事の分野に関してはアメリカが進んでいることもあって今でも若干役立つ知識がありますが、財務やマーケティング分野の知識は古びてしまっていると思 います。しかし、先ほど中田さんのお話にもありましたが、例えば師との出会いは今でも色あせない貴重な経験となっています。私が教えていただいた方の一人 に、C.K.プラハード教授がいました。「コア・コンピタンス」という概念を提唱された方です。そのプラハード教授が、「Human Resource is the state of the art of the management」とおっしゃったことは今でも忘れられません。「人的資源というものは、経営の最先端の技術なのだ。だから経営者になるためには人的 資源を学ばなくてはならない」と。

また、ビジネススクールでは、プロジェクトワークやディスカッションが非常に多い。私の場合、英語だったからということもありますが、時には話され ている内容がわからないこともありました。しかし、あまり発言をしないでいると、「こいつは役に立たない」と思われてしまいますから、いかにもわかったよ うなコメントをしなくてはならないわけです。こうした技術は、実は今でも役に立っています。会議によっては、自分の専門分野外のことがテーマとなることも あって、話されている内容がすぐには理解できないケースがある。そんなとき、どうやって飛び込んでいって議論に参加するか、実はビジネススクールで鍛えら れた技術が役立っているんですね。

そう考えると、ビジネススクールというのは、いわゆるビジネスの「型」を学ぶところだったことに気がつきました。ビジネスの型を身につけて、社会人 としてやっていく。特にグローバル化が進んでいる昨今では、基本の型を学ぶことがますます重要になってきています。日本の企業人が働きながらビジネスス クールに通うとなると、国内で日本語を使った学びになるわけですが、基本的な経営のコンセプトは世界で共通していますから、日本のビジネススクールでも十 分、世界に通用する「型」を学べると思います。逆に、母国語で深い理解をできるというメリットがあるのではないでしょうか。

一昨年から、NHKで司馬遼太郎の「坂の上の雲」がTVドラマ化されていますが、その主人公の一人、秋山真之、兄弟のうちで日本海軍の参謀を務めた 弟の方ですね、が、海軍大学校の教官として語った言葉が印象に残っています。かいつまんでいえば、戦略は実は天才にしか作れない。かつての戦略の天才と言 えば、織田信長やナポレオンが挙げられるが、皆がそうなることは難しい。ただ、そうした天才が立てた戦略を実行していくためには、そうした天才たちが話す 言葉を理解する必要がある。すなわち戦略を遂行する実行部隊として、その戦略を理解でき、それを戦術に落としていくことを学ぶのが大学校なのだ、というこ とです。ビジネススクールというのはまさにこれに当てはまるのではないかと思います。ビジネススクールというのは、経営戦略を実行していくための一番の キーとなる中堅マネジャーをどんどん養成し、いずれはその中から経営者が育っていく、そんな役割を持っているのではないでしょうか。

【楠田】  スポーツでも第一線で活躍するためには、基本的な型が身についている必要があると言われますね。いわゆる「守・破・離」の「守」の部分を学ぶ場所ということになると理解しました。

では、次に小林さんに伺いたいと思います。小林さんは、昨年の9月にCBSをご卒業になったということですが、まず、何故ビジネススクールに通うと思われたのか、そして今、ビジネススクールでの学びが実際の仕事にどう活かされているのか、具体的に教えていただけますか?

【小林】  まず、ビジネススクールに入学しようと思ったきっかけは、入社以来人事畑を歩み続けてきて、今後のキャリアに危機感を持つようになったことでした。

私は、就職活動の時から「人事がやりたい」と言っていた変わり種で、それを認めてくれたセンチュリリサーチセンタ株式会社(1989年当時/現:伊 藤忠テクノソリューションズ株式会社)に入社。以来一貫して人事関連の仕事をしています。人事の仕事が好きで、この分野の仕事をずっと続けていきたいと 思っていました。ただ、勤続が長くなるにつれて、社内人脈も増え、あうんの呼吸で仕事を回すことができるようになっていることに気がついたとき、「俺のこ れからのキャリアはどうなるんだろう」という意識が芽生えてきました。転職経験もなく、財務や会計といった分野に触れる機会が少なかった。これから経営を 担えるような人材になるためには、今何か行動を起こす必要があるのではないか。そう思ったのが40歳を超えた時でした。

今後の「人事部」の業務はより一層の二極化が進むものだと考えています。人事部が抱え定型的なルーティンワークは益々アウトソーシングされる一方 で、これからは人事部は経営戦略の一翼を担うステージがどんどん増えてくると考えています。そうなると、人事のスキルの他にどうしても会計の知識や法務の 知識といったものも体系立てて学ぶ必要があります。それを短期間で広く深く学ぶためには、ビジネススクールに通うのが一番だという結論に達しました。

また、私は転職経験がないので、社外の方々と積極的に接する機会を探していました。ビジネススクールは、様々な価値観を持った、志の高い人たちの集まりだと思いましたので、そうした人たちと接して人脈を構築し、自らを再認識する場としての期待もありました。

実際の仕事にどう役立っているか、という点ですが、2つの変化があったと思います。

ひとつは、入学時には200名程度の子会社の人事部長兼経営企画部長代行を務めていたのですが、私が大学院で学んでいることがわかったところで、 じゃあもっと規模の大きい企業の人事を担当してみてはどうか、ということで、1500名規模の子会社の人事部長に抜擢されました。

もうひとつは、他部署と共通言語で話すことができるようになったことです。また、戦略人事を実践する際には、全体の経営戦略を俯瞰し、経営視点に沿ったものになるよう心がけるようになりました。

【楠田】  どもありがとうございました。多様な価値観との接触、企業経営の体系的な理解といったことを小林さんは学んでこられたようですが、このような経験は社内でも可能なものなのでしょうか?中田さん、いかがでしょうか?

【中田】  異なる価値観に接するチャンスは、社内にいるだけでかなり限られることは否めないでしょうね。確かに社内ローテーションは行われていると思います。しか し、終身雇用の色合いが濃い日本企業では、同族意識の強い親戚内で動いているようなものですから、驚くほどまったく異なる価値観に出会うのは難しいでしょ う。言葉は悪いですが、人事なら人事村の村人を脱出しないと、残念ながら本人が気づかないうちにマーケットバリューはどんどん下がっていきます。本人は何 ひとつ変わっていないと思っても、世の中が変化するので、結果として世の中の進歩から遅れるからです。そういう人間がマネジメントをしている会社は競争に 負けていきます。変わらないことは同じ場所にいるのではなく、退歩なのです。変化の激しい時代に、マネジメントはイノベーションを起こすことを期待してい るわけですが、それにますます応えられなくなっていくでしょう。人事一筋20年で、部外のことは何も知らないし、知ろうともしないというのは非常に危険で す。会社にとっては他に使い道がない人間で、その状態を継続することは個人としては“ハイリスク キャリア”で、”茹でガエル”現象に陥っていることに気 づくことが必要です。

企業のトップマネジメントが40歳を過ぎた社員に求めることは、「前例のない難しい仕事をしっかり遂行してくれ」ということ。突拍子もない仕事が突 然降ってきたときに、「自分の専門外ですからできません」と降参してしまったら、トップはその人材を見限りますから、その時点でチャンスは限りなくゼロと なり、復活のチャンスはニ度と来ない可能性が高いです。チャレンジする勇気のない人をリーダーに選ぶことはできないからです。そうした仕事が与えられたと きに二つ返事で引き受けられる人が、本来幹部になっていくのです。そうではない人、前例主義者が幹部になっている企業もたくさんあることに日本企業の停滞 の原因があるともいえるでしょう。これができるかどうかは、本人の裾野がどれほど広いのか、多様な価値観を持っているのか、そして新しいことチャレンジす る勇気があるかどうかにかかってきます。

今流行りの言葉で言えば、「創造的破壊ができる人間」になれるか。激変するグローバル経済に立ち向かっている経営者がかけた号令を、執行するのが社 員の役目。だとすると、人事以外は知りません、知らない世界で失敗したくないとしり込みしていたら、そこでキャリアが終わりということもあり得ます。

それから、専門以外の分野について体系的な知識を持つことも非常に重要です。“無知”は恐れを生みます。無知だから怖くて新しいことに挑戦できない のです。学ばない人は変化に対して委縮して尻込みします。「知は力」とは、無知の闇を打ち破って、新天地を切り開く力のことです。しかし、企業内では日常 業務に追われてしまって、専門外のことについては断片的な知識の習得で終わってしまうことが多いと思います。断片的な知識しかない人は、単なる物知りにす ぎず、仕事の現場では役に立ちません。

私は、リーダーに求められる重要な要件のひとつは、概念形成力、コンセプトを作る力だと考えています。リーダーシップというのは、まさにコンセプト を提示して、一定の方向に引っ張っていくことが大きな役目の一つです。こうした概念形成力を発揮しようと思ったら、体系的知識がないと無理です。

概念形成力が弱い人だと、他社をベンチマークして、「みんながやっているからそろそろうちも」と、人真似をします。真似をしている企業は絶対に勝て ません。それは先にやっている企業から、必ず二歩三歩と遅れるし、そもそも概念自体が借り物で自分のものになっていないので、制度の猿真似に終わり、“仏 作って魂入れず”となってしまうからです。この十年に流行したコンピテンシーの導入がいい例です。こうした状況では、口に戦略を唱えても、戦略とは程遠 く、似て非なる戦略ごっこになってしまいます。

また、正解がひとつではないビジネスの世界で、いかに多くの選択肢を用意できるかが重要になってきます。そうした選択肢を考えるに当たっては、体系 立った知識、知見が不可欠です。そのような知見がなければ,正解神話に陥る結果、前例に固執し、頑迷な保守主義者になる可能性が高いです。そういう人間が 企業を駄目にしていくのです。

やはり、多様な価値観との接触しかり、専門外の体系立った知識の習得しかり、社内ましてや部内に籠っているだけでは難しいと思いますね。

【楠田】  なるほど。小林さん、今の中田さんのお話を受けて、ビジネススクールを卒業した人事部長として取り組まれていることなどありますか?

【小林】  自分自身の仕事のスタンスという意味では、2つほどあります。まず、流行やトレンドに流されないよう、新しい情報が入ってきたときに深く考えるようになりました。そのとき、専門以外の知識を体系的に理解していることが役だっていると思います。

また、本質を理解するには、二次情報だけに頼っていてはいけないと肝に銘じるようになりました。実は、論文を執筆するにあたって、いろいろな企業に インタビューさせていただきました。そこで伺った話は、必ずしも雑誌などで紹介されていることと同じではなかったりします。これは論文を書くことによって 学んだことのひとつです。

弊社は1500名規模の会社ですから、社員を大学院に送るということを正式な制度にすることは簡単ではありません。しかし、その意義は私自身が感じ ていますので、どうにか促進していきたいと思っています。ではどうすればいいのか、と考えたとき、一人でも二人でも私のファンを作ろうと決めました。私の 姿をみて、ビジネススクールに行ってみようと思う人が増えてくれば、道は開けると思うからです。

【楠田】  ありがとうございました。少し話が逸れてしまうのですが、せっかく中田さんがいらっしゃるので、戦略人事について少しだけお話を伺いたいと思います。中田 さんは、ソニーが日本で最初に大連にBPOの拠点を立ち上げたときの責任者でしたし、ソニーが日本企業で初めて中国の大学の上位数%の学生を採用してきた 時の人事部部長は中田さんでした。ただ、こうした新しい人事戦略を実行するときには、必ず反発が起こるだろうと想像しています。そういうとき、中田さんは どうやって乗り切ってこられたのですか?

【中田】 結論から言えば、現場を見方にする、ということです。

【楠田】 現場を見方にする?

【中田】 はい。それまで日本人しか採用してこなかった企業の人事が中国人採用を主導して、翌年の4月1日に突 然、「はい、あなたのところにはこの人を配属します」と中国人を配置したら、「何で日本人ではないのですか?」という反発が現場から起こるのは自然でしょ う。そこで、私は本社人事が持っていた採用権限と配属権限を現場に委譲しました。現場が「人材が足りない」と言ってきたとき、「今年は日本人の採用は終了 してしまった。しかしこれから中国に採用にいく。中国人採用を望むなら、一緒に中国に行きましょう」と。「ただし、あなたたちが選抜してください。そして いいと判断した人を配属しましょう」と。現場としては、自分たちの欲しい人を採用できるということで喜びます。押しつけられた感がありませんから。それを 続けていくうちに、制度として定着していきました。

【楠田】 現場の人を中国に連れていくと、目の色が変わる?

【中田】 変わりますね。今まで人事部から新入社員を振り分けられていましたから、毎年4月には「何でこんな人 を採用したの?」というクレームが入るのですが、自分たちで選んだから文句を言うわけはありませんし、そもそも入社半年前の内定時点で配属先が決定し、現 場は綿密に受け入れ態勢を準備していますから、ミスマッチが起こらないし、採用側も新入社員もモチベーションが高くなります。 人事部が採用権限と配属権限を独占している日本企業の人事部は、終身雇用制度の過去の遺物に固執していることに他なりません。この人事部の既得権を壊すこ とが、採用人事の変革につながります。現在の採用業務の実態は、世界から隔別されたガラパゴス化の最たるもので、採用人事のグローバル化はここからスター トすべきでしょう。

【楠田】 現場を巻き込む。社外で学んでいくと、今まで感じなかった問題意識や見えていなかった課題を発見していくと思います。それらを解決していくために、重要なポイントになりますね。

では、少し視点を変えて酒井さんに伺います。ビジネススクールというのは、アカデミック面と実務的な面のハイブリッドになっていると思うのですが、そうしたコンビネーションが、企業で働くにあたってどんな風に役立っているか、教えていただけますか?

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【酒井】 私が通っていたビジネススクールでは、研究論文の提出が必須で した。また、指導教授が厳しい方で、ただ提出するだけではなく、学会で発表し、かつジャーナルに投稿することを目標に課されました。そうしたレベルの論文 を書くためには、読み書きと論旨展開の力を求められます。実際に6万から7万文字の論文に取り組んでみて、そうした面の力不足を痛感させられました。それ まで、何かを伝えるときには、パワーポイントに項目をまとめて、残りは口頭で説明という形を取ってきました。しかし、論文執筆となると内容の詳細までが問 われ、ごまかしがききません。ここで徹底的に「読み書き」と「論旨展開」を鍛えられたことは、仕事を進めるうえでも大変役立っていると思います。


また、調査を進める中で、必ず統計の知識が求められます。それまではメディアから提供される調査報告などをなんとなく鵜呑みにしてきてしまいました が、ビジネススクールで学ぶようになって、対象・母数・調査方法などにも目がいくようになりました。企業内レポートなどで書かれていることの理解も深く なったと感じます。

それから、ビジネススクールの授業では、ケーススタディに基づいたグループディスカッションがあります。最初はなんとなく議論をしていたのですが、 数をこなしていくうちに、皆、議論のフレームワークを考えるようになりました。こうした経験も、実務での会議の進め方には大きなプラスになっています。

【楠田】 どうもありがとうございました。中島さんにも、同じ質問をしたいと思います。先ほど、ビジネススクールは型を学ぶところだというお話がありましたが、ご自身の経験としてどのようなことが実務に役立っていると思われますか?

【中島】 学ぶということに関してビジネススクールでよく言われたのは、「No pain, No learning」ということです。痛みなくしては学ばない、まさにその通りだと思います。私がミシガン大に留学したときは全日制の学生でしたが、それで も毎日毎日結構宿題が多く、次から次へと課題を出されて、そのうえグループワークもあってと、非常に大変な思いをしました。

ある時、仲間の学生が教授のところに行って、「あなたは僕たちが、他にもたくさんの科目を履修していることを知っていますよね?あなたの科目だけで はないのに、なんでそんなにたくさん宿題を出すんですか?と直談判したことがありました。そのとき教授が言ったのは、「ん?君、社会人経験があるよね?」 と。「君は、働いている時に、『仕事が多すぎます』って上司に文句を言うのかな?違うよね。プロフェッショナルなら、そのたくさんの仕事をどうやったらこ なせるかを考えて、優先順位をつけてやっていくのでしょう?それをここで学んでいるんじゃないのか?」ということでした。なるほど、ビジネススクールとい うのは、そういうところなのかと納得した記憶があります。

また、ビジネススクールには二種類あると言われています。ひとつはジェネラルマネジメントを教え、経営者を作っていくタイプのスクール。もっと言え ば、戦略を策定し、実行できる人の育成を目指すところ。もうひとつは、現場の実務家育成に力点を置くところ。私が通ったミシガン大学は前者のタイプでした から、人事という専門性を持ちながらも、経営全般について学ぶことができたことが、今も役立っていると思います。

【楠田】 では、最後に、仕事と学校の両立について。ご自身がどのようにバランスを取っていたのか、また会社からどんなサポートがあったらよかったのか、など感じたことを伺いたいと思います。小林さんはいかがでしょうか?

【小林】 私が直面した問題は、「時間」と「金」です。ただ、「時間」については、そもそも仕事をしながら学校 に通うと決心したわけですから、「時間がない」というのは言い訳だろうと思っていました。中島さんがおっしゃったように、企業人として時間管理をしていく のはひとつ技術です。そこは覚悟を決めていくことが大事だろうと思います。実際に、非常に忙しい人が素晴らしいレポートを書かれていたり、大阪に住まわれ ていながら、土日だけ上京してくる方もいらっしゃいました。後輩の中には、海外に生活の拠点を持ちながら、日本で勉強するという、過酷な状況で勉強を続け ている人もいました。

ただ、「金」については、何かの補助があると助かると思ったのが正直なところです。私の場合は、会社からの補助がありませんでした。全額負担ではな いにしても、会社からの貸与制度などがあるといいのではないかと思います。会社の認知があると、職場から大学院に通いやすいでしょうし、家族に対しては、 「会社から選ばれて通っている」「家計を圧迫していない」という認識を持ってもらいやすく、協力を得やすいということもあるでしょう。

今は、MBA取得の意義は理解されたとしても、それがどの程度経営に貢献するのかを図る指標がないため、どうしても「コスト」として捉えられてしま う傾向があります。これは将来の経営に対する「投資」なのだという意識を根付かせる役割を、人事は担う必要があると感じています。

【楠田】 なるほど。「時間」と「金」ですが。酒井さんも働きながら卒業されたわけですが、いかがですか?

【酒井】 「お金」に関して、私の場合は、会社に補助制度がありました。学位が取れたら、ある一定の金額が戻ってくるという制度です。私も家庭がありましたから、これは大変助かりました。

「時間」に関しては工夫が必要でした。スクールに通い始めた当初は一メンバーだったのですが、通学を始めて数か月後に管理職になるオファーをもらっ たのです。「学校に行っているのでお断りします」とは口が裂けても言えません。せっかくのチャンスですから、引き受けることにしました。数人の部下を持つ ことになったのですが、それまでは自分の時間管理だけをしていればよかったのに対して、組織のタイムマネジメントが必要になりました。そのとき、部下に現 状をわかってもらって、その中で何ができるのかを考えようと腹をくくりました。ですからメンバーには、「何曜日と何曜日は5時30分に帰るからごめんなさ い」と伝え、「でも、何かあったら早めに言ってくれれば次の日までに対応するし、緊急の場合は携帯メールの連絡をくれればすぐに対応するから」と約束しま した。そして早く帰社した日の翌日は、皆が出社する前に会社に来て、前日から持ち越した課題を片付けると決めました。

こうした動きがパターン化してくると、メンバーもだんだん慣れてきて、課題があるときには午前中のうちに報告するし、自分たち自身も早めに帰るという良い循環ができてきました。これは結果論ではありますが、組織としてもよい学びになったのではないかと思っています。

【楠田】 どうもありがとうございました。今日は、「企業の人材育成と社員の自己啓発」というテーマで、社会人 が働きながらビジネススクールに通うメリットを探ってきました。人事部という立場からは、自社にどうやってメリットを取り入れていくかという視点、一企業 人という立場からは、自身のキャリア形成にどう生かしていくことができるのか、何らかのヒントがあったかと思います。本日はどうもありがとうございまし た。


(取材・構成・文: インフォテクノスコンサルティング株式会社 大島由起子)

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