HR Professionals:人事担当者インタビュー

第17回 ワークライフ「バランス」ではなく、「ワーク」と「ライフ」をマネジメントして、それぞれの質を上げていく

第17回 ワークライフ「バランス」ではなく、「ワーク」と「ライフ」をマネジメントして、それぞれの質を上げていく

日産自動車株式会社
 金野 晴行氏 / 櫻井 香織氏

日産自動車では、ダイバーシティの促進のために、2015年4月から、「Happy8」という活動に取り組み始めました。これは、女性活躍の促進というだけではなく、全社員を対象とした、働き方の見直し活動だと言います。「Happy8」とは何なのか。どんな成果が期待されているのか。そのためのどんな工夫をしているのか。活動を進めるダイバーシティディベロップメントオフィスと実際に活用する側のトータルカスタマーサティスファクション本部・企画・監理部、それぞれにお話を伺いました。


金野 晴行氏 / 櫻井 香織氏  プロフィール

金野 晴行氏(写真右)
 日産自動車株式会社 トータルカスタマーサティスファクション本部 企画・監理部 部長
1983年、日産自動車に入社、車体実験部に所属。
1999年、北米開発拠点に出向し現地開発プロジェクトの実験・設計を担当。
2004年に帰国後、2005年より開発部門の品質を統括する車両品質推進部、2010年より同部部長。
2012年よりトータルカスタマーサティスファクション本部 企画・監理部部長として全社品質戦略の策定・推進を担当。

櫻井 香織氏(写真左)
 日産自動車株式会社 ダイバーシティディベロップメントオフィス 主担
1988年日産自動車株式会社入社以降人事でキャリアを積む。
2006年4月管理職登用と出産が同じ時期に重なり5か月の育児休職から復職以降、在宅勤務を活用しながらフルタイム勤務を継続している。
2012年4月よりダイバーシティディベロップメントオフィスにて女性の活躍支援と全従業員がライフを大事にしながら能力発揮できるよう働き方の見直し・在宅勤務制度を推進中。
GCDF-Japanキャリアカウンセラー。


1日8時間勤務を意識し、働き方を見直して、ハッピーを目指す

― そもそも、「Happy8」という取り組みが始まったのは、どういった理由からだったのでしょうか?

【櫻井氏】
きっかけは、女性活躍の推進です。女性活躍を推進していくにあたっては、女性マネジャーが恒常的に誕生していく、しっかりとした「パイプライン」を築き上げることが重要です。現在弊社では、多くの女性社員が結婚・出産を考える時期に来ており、せっかく出来てきた「パイプライン」を中断しないようにするための施策を真剣に考える必要がありました。

一般的に「仕事と家庭の両立支援」というと、短時間勤務や育児休暇の充実といった面が協調されがちで、仕事で成果を出してもらう、という視点が弱くなってしまう傾向にあります。それが行き過ぎると、プライベートのための時間は捻出できるようになったけれど、キャリアチャンスは逃してしまうことになってしまいます。

そこで、仕事とプライベートのバランスを取るという発想ではなく、双方をうまくマネジメントして、共に充実させていく、という発想で取り組んでいこうという方針を取ることにしました。具体策として、まず「在宅勤務制度」に目をつけました。もともと「在宅勤務制度」はありましたが、これを積極的に有効活用できるようにすれば、女性の活躍支援にとどまらず、広い意味でのダイバシティの推進につながるのではないかと考えたのです。

2010年度から間接社員を対象に月1回程度の在宅勤務制度はありましたが、より有効活用ができるように2014年1月より取得理由の制限なく、月40時間もしくは5日を上限に拡充しました。

ただ、この取り組みの目的は、あくまで仕事もプライベートも両方の時間の質を上げて共に充実していこうということであって、ただやみくもに在宅勤務を活用させる、ということではありません。また、育児両立者の女性だけに特化した取り組みに終わらせるつもりもありませんでした。その目的や意図がより明確に伝わるようなメッセージを出せないかと考えた結果、「働き方改革”Happy8”プログラム」の導入となりました。

「Happy8」とは、1日8時間勤務を意識し、働き方を見直すことで、8つの項目のハッピーを目指す、という活動です。8つの項目とは、(1)仕事への意欲 (2)チームへの貢献意識 (3)時間あたりの生産性 (4)業務の透明性 (5)協業の風土 (6)IT、ファシリティ、制度の活用 (7)心身の健康 (8)管理職自身のワークライフマネジメント です。在宅勤務制度は「Happy8」を実現するためのツールの1つであって、それぞれの仕事の特性や職場のメンバー構成に合わせて在宅勤務をうまく活用することでワークスタイルやマネジメントスタイルを見直すきかっけになればという意図があります。

「とにかくまずは、全員が一回やってみる」で見えてきた可能性

― ただ、ルールとして誰でも在宅勤務制度が使えるとしたとしても、仕事の性質によっては、その活用が難しい職場もあって、不公平感が生まれるリスクもあるように思います。

【櫻井氏】
確かに、その懸念はありました。しかし、最初から「無理」と決めつけてしまっては前に進めません。そこで敢えて、一般的に在宅勤務が難しいと言われている部門の部長に「トライアルをやっていただけませんか」と掛け合いました。

そんななか、ダイバーシティ推進に強い課題感を持っていた実験部の部長が、トライアルに名乗りを上げてくれました。この部署は、開発した車を市場に出して問題がないか、実験・検証する部門です。実験・検証は実験場で行う必要がありますし、コースに出て走行テストも実施します。ライン業務的な仕事もあれば、管理業務的な仕事もあって、人員構成が非常に複雑な組織でもあります。組織規模も約800人ほどからなる所帯で、在宅勤務活用のイメージから一番離れていると思われていた部の一つだったと思います。

部長は最初に、「とにかくまずは、全員一回はやってみよう」と言ったそうです。使えるはずがないと思っても、まずは挑戦してみる。そのために、皆が自分の業務を洗い出す必要に迫られました。すると、実験の仕事はいつでも現場にいる必要があると思い込んでいたけれど、資料作りや報告書づくりなどもあって、意外に会社でなくてもできる業務があることいった気づきが生まれてきたそうです。

そうしたことが明らかなると、「一日は難しいけれど、半日切り出すかたちなら使えそう」とか、「あらかじめ使う日を決めてから仕事を計画すれば、可能」など、人それぞれに活用のアイディアが出てきました。結果的に、全員とはいかないまでも、かなり多くの社員が在宅勤務を活用するようになりました。それによって、モチベーションが上がったという、嬉しい報告もありました。

また、そうした取り組みの結果を共有するために、部門のサイトに在宅勤務のサイトまで立ちあげてくれています。恐らく人事のキットだとわかりにくいからだと思います(苦笑)。そこでは、部門での在宅勤務制度活用事例として、様々なアイディアを情報提供しています。また、成功のポイントを「在宅勤務の心得4箇条」のような形でまとめています。例えば、「その壱、服装を整えよ!」とか、「その志、定刻には仕事を終えよ!」など、実際に経験してみたからこそわかったアイディアがちりばめられています。

実験部のように在宅勤務の活用を通して働き方の見直しを行っている部署の他に、“Happy8”を活かして従来のマネジメントスタイルを変えることに積極的に取り組んでいるのが、トータルカスタマーサティスファクション本部の企画・監理部です。今日は、その部長である金野に、マネジメントスタイルを変えるコツについて話してもらおうと思います。

― 金野さんの部署はどのようなお仕事をされているところなのですか?

【金野】
我々の本部は、他社でよく使われている一般的な呼び方で言うと、品質保証本部に近いと思います。その中には5つの部があるのですが、我々の部は、全社の品質戦略立案と推進及び社内の品質監査を行っています。現在メンバーは私を含めて34名。そのうち15名が女性、そのうち3名が管理職です。アメリカからの出向者、中国籍の社員も在籍しています。現在、女性管理職の一人は、週に2回フルに自宅で仕事をしています。彼女の担当エリアは、比較的プロセスの確定した業務が多く、突発的な仕事が発生することが比較的少ないため、彼女が常時オフィスにいなくても、メールや電話のコミュニケーションを介して十分成果を上げられるようになっています。その他の子育て中の社員も、状況に合わせて、「今日は在宅」と、フレキシブルに制度を使っています。

「スタッフとマネジャーの関心事が自然に一致するはずがない」という認識からのスタート

― ただ、そうした形態をうまくまわしていくためには、上司と部下の信頼関係が重要な気がします。「本当に、時間通りに仕事をしているのか?」といった疑念が浮かんできたら、うまくいかなかいですよね。

【金野】
そうした不安を乗り越えるには、上司と部下の関心事を上手くマッチさせることが重要だと考えています。部長の私が気にかかっていることを、部下であるマネジャー(主担)が、「こういう日程で進めていて、この日までに、こういう形で提出します」と、適切なタイミングで常に共有してさえくれれば、心配する必要がありません。また、突発的なことが起きたとしても、メールで伝えた際にその緊急性を理解して、直ぐに応えてくれれば、場所が離れていても安心して仕事をすることができます。

ただ、自分の関心事と他人の関心事というのは、往々にして一致しないものです。逆に、何もしないのに一致していたら怖いですよね。スタッフとマネジャーの関心事は異なるし、マネジャーと部長の関心事も違う。これは仕事の立場上、ある意味仕方がないことです。基本は一致するはずのないなかで仕事をしているのだ、ということを常に意識するのが大事なのだと思います。ですから、上司は部下に「私はこれを期待しているのだ」ということを、しっかり発信し続けなくてはいけないし、部下は上司が何を期待しているのかを意識している必要がある。それが職場でのコミュニケーションに求められるベースです。在宅勤務を活用する際には、それを、どちらかが会社にいない日があるという状況下で、どうやって作り上げていくがポイントになると思います。

チームミーティングや上司部下の確認作業は週に一回というところが多いと思いますが、週一回では全然足りないというのが実感値です。ですから、私の部で推奨しているのは、デイリーミーティングです。

メンバーが一所懸命作成した資料が、まったく上司の思った通りのものではなくて、最初からやり直しということがありませんか?部下のモチベーションは下がるし、やり直しの時間が無駄にかかってしまう。タイムリーに、方向性の確認をしていれば、こんなことは起きにくいはずです。

特に、Happy8活動が始まってからは、改めてそのことを強調しています。デイリーミーティングは、部内でかなり浸透した実感があります。

これはマイクロマネジメントとは異なります。仕事を手取り足とり指示するということではありません。一日5分でも10分でもいいんです。「あれどうなっている?」「これはどうしている?」という確認をこまめに行うということです。こうした文化が定着すれば、メンバーが時々に在宅勤務をしていたとしても、大きな問題は起きにくいのです。

To Don’t Listを意識して、生産性を上げていく

― お話を伺っていると、これは在宅勤務を推進するから必要なことというよりも、通常のマネジメントとして重要なこと、という気がします。

【金野】
その通りです。在宅勤務ということがきっかけで、業務整理に真剣に取り組み、そもそもマネジメントで大事なことがあぶり出されてきた、ということだと思います。

我々の本部の中には、一年の半分は海外を飛び回っている部長級の人間が集まっている部隊があります。世界中で開発している新車プロジェクトや現在販売中の車についてお客さまの期待を満たす品質を達成させる仕事なのですが、各国で現地の品質担当や設計/生産担当と話をする必要がありますから、本当に出張が多いのです。そういう人たちには、日本にも部下がいて、リモートでのマネジメントが求められています。そういう意味では、在宅勤務と共通の課題を抱えているはずです。ロケーションを共有しないチームがどうやって生産性を上げて成果を出していくか。このことを解決していければ、グローバル化に対する対応力もついてくることになるでしょう。

― 主に、在宅勤務という観点からお話を伺いましたが、「Happy8」の他の部分、「一日8時間勤務を意識」についてはいかがですか?

【金野】
To Do Listではなく、To Don’t Listを意識しようと言っています。実は、うちの部では、昨年度の残業時間が、一昨年度より増えました。やることが増えているのは確かなのですが、増えた分不要なものや、優先順位の低いものが出てきているはずです。しかし、不要あるいは優先度の低い業務を切り捨てることができず、どんどん仕事が溜まった結果、労働時間が長くなってしまったということだと思います。

通常、業務マネージメントツールとしてTo Do Listを使うことが多いと思いますが、新たにやることが加わるとTo Do Listの項目はどんどん増えていきます。「あれも、これも、それもやらなくちゃ」となる訳です。 その状況を打破するためにTo Don’t Listという考え方を奨励しています。つまり、やめる業務を決めて(To Don’t)、あれとこれだけやる! という様にやることを絞り込むことです。

ただ、メンバー自身が、「やらなくていいこと」を判断することは容易ではありません。先ほど言ったように、単独で判断してしまうとマネジャーの関心事と異なった結果になってしまう可能性もあります。ですから、マネジャーには「『これはもうやらなくていいよ』とやめる業務を判断するのが管理職としての仕事だ」と言っています。そして、そのことをするためにも、To Don’t Listを活用した日々のコミュニケーションをしてください、と。

できるだけ無駄な手戻りが発生することを押さえて、優先順位をつけて仕事をしていけば、確実に生産性が上がっていくとい思います。そうすれば、「Happy8」の目指すところの、「コア業務に時間を割いて、アウトプットの質を上げる」「平日もライフを充実する」ことも実現していくでしょう。

― 在宅勤務、一日8時間勤務の意識の浸透が進んでいる中、女性管理職の誕生という面ではいかがですか?

【金野】
部長の仕事の中の重要なもののひとつに、自分の後継者のリストアップ及び育成があります。残念ながら、私の部署では直近の候補者リストにまだ女性は入ってきていませんが、こうした活動が更に浸透していけば、女性の部長職が増えていくのも時間の問題ではないでしょうか。

男性の声が聞こえてくるようになった
ワークとライフの質を上げるマネジメントの浸透を目指す

― 最後に、「Happy8」活動の、今後の展開について教えてください。

【櫻井】
「Happy8」活動を進める中で、男性社員のライフスタイルについての情報が入ってきた、という収穫がありました。理由を問わない在宅勤務制度を推進したら、「これで育児参画しやすくなりました」とか「介護との両立に使いたいと思います」という、男性社員の声が届くようになったのです。育児や介護に限定された特別な制度は、男性社員にとってはなかなか使いづらかったのだと感じます。今の制度であれば、育児や介護の事由がない社員たちも、「自己啓発に割ける時間が増えました」とか「学校に通学できるようになりました」と、活用する事例が増えていますから、自分だけが特別なことをしているという後ろめたさや気負いをもたなくていいのだと思います。在宅勤務制度の活用も含め、ワークとライフをしっかりマネジメントして、それぞれの質を上げていくことは、誰もが必要としていることであって、特別なことではないのだという風土を作り上げていきたいと思います。

当面は基本的に、全社統一で何かをしていくというよりは、部門毎に合った形で「Happy8」を実現していってもらうことメインに考えています。そのために必要なITのサポートや、情報の共有などは、我々ダイバシティディベロップメントオフィスが支援していく、という棲み分けです。また、全体が見える立場として、在宅勤務希望のある社員が実際に活用できているのか、といったモニタリングも行って、着実に成果を上げていきたいと思っています。

― 本日はどうもありがとうございました。



取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授)

(2015年7月)


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