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第156回 フェラガモのパンプスとホンダジェット

久しぶりに、ビジネスに関する本を読んで感動しました。 『直観の経営』、 です。

『直観の経営』は「知的創造企業」や「ナレッジマネジメント」で知られ る野中郁次郎氏(博士)と現象学の泰斗である山口一郎氏(博士)の共著。 これからの経営に必要なことは何なのかを、現象学や実際に成功している 経営事例をベースにして紐解いていきます。

感動ポイントは幾つもあるのですが、その一つが「流行」との距離の取り 方です。

1990年代に英語で出版された『知的創造企業』は、世界中の論文で28000件 も引用されたといいます(2013年時点)。当時の「エコノミスト」誌は、 「知識が唯一意味のある資源だというピーター・ドラッカーを超える知識 創造の理論が日本から出てきた」と評したほどでした。

しかし、現在では、取り上げられることは多くなくなっていると言います。 氏の理論が、今経営学の世界で主流になっている統計解析的アプローチで、 検証しづらいからと推測されます。それでも、「流行」を認識しながらも 流されることなく、過去から積み上げられてきた思想・思考の助けを借り ながら自ら考え抜き、同時に現場に自ら出向いて確認し続けることから解 を導き出していく姿は、情報過多の海で方向を見失しないがちな身にとって、 心強い道しるべとなりました。

野中氏は、昨今の日本企業の状況を、「論理分析過多、経営計画過多、 コンプライアンス過多などにより、企業の経営から現場まで、創造力や 活力を失っている」と捉えています。

翼の上にエンジンを載せることで、小型ビジネスジェットの常識を覆した ホンダジェットの開発者である藤野道格氏は、

「70年代から80年代は、コピュテーショナルなパワーがなかったので、 飛行機の本質的に重要なところを考え抜いて8点に絞り込んで評価しなくて はならなったが、今は2000点でもすぐに測定できる。しかし残念ながら、 コンピューター・シミュレーションが進めば進むほど、限られた情報から 真の知を知る本質洞察力が劣化していく」と指摘し、そこに野中氏は現代 が抱える問題の本質を見出します。

人事の世界では、「データドリブン」「エビデンスベースド」「科学的」 であることが「最先端で最重要」であり、「勘と経験」の世界から抜け出 すことが正しいと捉える風潮が見られます。実際にシステムの側面での支 援に長く身を置きてきた経験から、多くの企業の人事において、「データ ドリブン」「エビデンスベースド」「科学的」な発想、それらに基づいた 活動が欠如していることは日々痛感させられます。

しかし、その状況を脱却するために、「勘と経験」を「遅れたもの」とし て排除すべきというのは、違っているのでは?と感じ続けてきました。 否定されるべきなのは、「勘と経験」の質の低さ、継続性のなさ、不安定 さであって、「勘と経験」それ自体ではないのではないか、と。

それは、人材マネジメントや経営では、これまで続いてきた過去が、その まま延長する形で未来となるとは想定できない、過去の正解が必ずしも未 来での正解ではなくなる時代だからです。つまり、過去の事実をベースに するデータ分析やAIだけで、非連続の未来での最適解を出すことはできな いはずです。

そこに近づくためには、統計解析的なアプローチだけでなく、やはり人間 (身体を持ち、状況を感じることができる存在)の経験や知識に裏付けら れた勘、「玄人の勘」(1)というべきものの力が、より重要になってくる のではないかと、『直観の経営』を読んで、改めて強く感じました。

統計解析的な技術の進歩と「玄人の勘」が相互に影響し合ってそれぞれの 質を高め合い、仮説生成と検証、その結果としての判断の質を上げていく、 というイメージです。

ちなみに、ホンダジェットのノーズ形状は、フェラガモのパンプスの形が ヒントになったのだそうです。フェラガモは創業者の時代から90年間靴を 作り続け、現在の形状に至っています。技術者が、その美しさと機能性へ の徹底したこだわりに共感し参考にしたことで、特徴的なノーズ形状が出 来上がったといいます。もちろん、多くの理論計算を経て、完成形が出来 上がるわけですが、理論だけでは、形も含めて、業界の常識を超えた ユニークなジェット機はできなかったといえるでしょう。

厚い、字が多い、前半は難解な現象学の講義、後半で簡易なハウツーが提 示されているわけではない、という、およそ最近のビジネス書のトレンド から外れた本とも言えます。(2020年4月10日時点でAmazonのカスタマーレビューが4件のみ)。

しかし、真剣にくらいつけば、その時々のレベルや課題感に応じて、多く の学びや指針をもらえる一冊だと感じました。私も2度読み返しましたが、 それぞれに発見がありました。迷ったときに戻る場所のひとつとして手に 取ってみてください。


今回参考にさせていただいた資料
直観の経営
 「共感の哲学」で読み解く動態経営論
  野中郁次郎/山口一郎 著

(1)「玄人の勘」は、世界標準の経営理論(入山章栄・著)P272で
 提示されている言葉。

(2020年2月6日)
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