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第29回「未来の暮らし」を創る人材を育成するための新たな挑戦

株式会社ニトリ
採用教育部マネジャー 永島寛之氏

現在の社名となってから30年以上、前身の家具卸業から数えれば半世紀以上の歴史をもつ家具・インテリア販売大手のニトリ。製造・調達から流通、販売、配送とサプライチェーンのほぼすべてを自社で手掛ける独自のビジネスモデルによって、31期連続増収増益を継続しています。その企業活動を支えてきたのが、創業者であり現在は会長を務める似鳥昭雄氏がつくりあげた「ニトリ大学」と呼ばれる社員教育の仕組みでした。この仕組みをベースとしながらも、グローバル化とデジタルトランスフォーメーションという新しいマーケットの要請に対応できる人材を育成する取り組みが現在進められています。その動きを先導する永島寛之氏にお話を伺いました。

採用教育部 マネージャー 永島寛之氏

1998年東レ株式会社に入社。10年に渡って法人・海外営業に携わり、その後2007年にソニー株式会社へ。フロリダ駐在時に10カ国以上もの人々を統括した経験を通じて、ダイバーシティやグローバル組織の運営に興味を抱く。2013年にニトリグループへ入社し、店長、人財採用部マネジャーを務めた後、2018年8月から現職。「越境好奇心」をテーマに掲げ、採用から教育まで一貫した社員育成の采配をふる。



大手企業を退職して新興企業へ

ニトリに入社されて、まだ5年目だそうですね。

はい、そうです。東レで産業用素材の営業を10年、ソニーでセールス・マーケティングの仕事を5年経験した後でニトリに来ました。

それまでの会社とはビジネス分野も規模も異なるニトリに入ろうと思ったのはなぜですか。

ソニー時代、アメリカのマイアミでセールスのマネジメントをしていました。部下にはメキシコ、コロンビア、ニカラグアと多種多様な国籍の社員がいて、グローバル組織のダイバーシティを初めて体験しました。インターンシップのカリキュラムづくりなどを手がけたこともあって、採用や組織づくりの仕事への興味をもつようになりました。

組織づくりに携われる会社はどこだろうか。比較的歴史が浅く、これから伸びていく会社だろう──。そう考えて注目したのがニトリでした。ちょうどニトリがアメリカへの進出を始めた頃で、グローバルな組織づくりが必要になるタイミングでした。ものづくりから製品をお客さまに届けるまでをすべて自社で手掛けるというビジネスモデルに魅力を感じたこともあって入社を決めました。

ソニーを辞めることに反対意見もあったのではないですか。

企業ブランドを気にする日本人からは反対されることも多かったですね。でも、面白いことに米国人はWEBでニトリのIR情報を見て、「いい会社を見付けたな!」と応援してくれました。実際、利益率の伸びなどの数字を見ると、これからどんどん成長していく企業であることは間違いなかったし、「ロマン」や「ビジョン」という言葉に集約されている会社の理念も、私自身がやりたいことと共通していると感じられました。迷いはありませんでしたね。



「暮らしの未来」と「ニトリの未来」を創造できる人材を採用する

入社してすぐに組織づくりの仕事に関わることができたのですか。

ニトリは店舗での経験を非常に重視する会社です。「現場を知る」という体験レベルではなく、商売として利益を出すところまで店舗に関わって初めて経験知となるという考え方です。私も2年半の店舗勤務の中で店長まで経験させてもらいました。あの2年半でニトリの組織づくりの文化がよくわかりました。

ニトリの「組織づくりの文化」とは?

最も特徴的なのは、「配置転換は教育」という考え方です。ニトリでは短いスパンで人をどんどん動かします。そのために、人事権を人事の部署が掌握しているのも特徴だと思います。一見非効率的にも見えますが、さまざまな仕事の経験を積むことによって、、どんな組織にいても、どんな職務を担当していても、どの地域にいても通用するリーダーシップを養うという確固たる方針に基づいています。私はそんな文化を現場で身をもって学んだあとで、新卒採用を担う「人財採用部」のマネジャーに就任しました。

そこから人事のキャリアがスタートしたわけですね。

その時点で、私は人事の実務を全く知りませんでした。評価・報酬制度から、モチベーションサイクルなどの基本的なこともすべて一から勉強しました。外部の勉強会に積極的に参加したり、日本生産性本部の講座を受講したりもしました。それから、他社の人事担当者を訪問して色々なことを教えてもらいました。「人事の人は親切な人が多い」というのが、そのとき持った私の印象で、私もそのような人事マンになりたいと強く感じたものです。

一方、会社の未来を作る新卒採用の仕事の面白さはすぐに実感できました。ニトリは新卒採用を大切にしてきた会社で、専属のリクルーターが40人以上います。その人たちが、ニトリに来てほしい学生がどこにいて、どのようなアプローチをすれば来てくれるかを徹底的に考えた上で、全国に散らばって採用活動をするんです。私はまだ新卒採用の仕事を2年経験したに過ぎませんが、昨年(2017年)はかなり思うような採用活動ができたと感じています。戦略とリソースさえしっかり整えれば、人材不足とか売り手市場といったことはあまり関係ないんですよね。

何人の新卒を採用するのですか。

昨年は550人でした。一見矛盾するようですが、「ニトリを志望していない人」をいかに口説いて採用するかということを考えて採用計画と採用戦略を考えています。「ニトリを志望していない人」こそが、今のニトリに無いものをニトリに持ち込んでくれるという考え方です。会長からも常々、「今のニトリに合わない人でも、ニトリの未来を作れそうな人だと思ったら採用しなさい」と言われています。

「ニトリの未来」とは具体的にどのようなものなのでしょうか。

「ニトリの未来」は「世の中の暮らしの未来」を作っていくことと同義と考えています。ニトリは「暮らし提案企業」になるというビジョンを掲げています。家具やインテリアだけでなく、人々の暮らしをあらゆる面で支えていく企業になるということです。そのような企業になるためには、これまでになかった発想で物事を考えられる人材が絶対に必要です。店長には向かないかもしれないけれど、新しい事業や商品のアイデアをどんどん出してくれるかもしれない──。そんな人材がいれば、積極的に採用したいと考えています。

採用の方法で特徴的なことがあったら教えてください。

色々と工夫はしていますが、中でも集団面接は一切やらないことは特徴的だと思います。一次面接から個別で話をするようにしています。一人ひとりとじっくり話をすると、相手が何を考えているかがよくわかるし、こちらの思いも伝わります。手間はかかりますが、こちらの思いが最初の時点でしっかり伝わっていると、就業後の定着率も高くなるんですよ。


「採用」と「人材育成」を一つの組織に

「採用教育部」という部署ができたのはいつですか。

2018年8月です。採用と教育研修は一つの組織にするべきであると私から提案しました。

私たちは、採用活動の過程で新卒の人たちの夢を聞くようにしています。また新入社員たちには、60歳になったときにどんな仕事をしていたいかを考えてキャリアプランをつくってもらうようにしています。その夢やキャリアプランを実現させていくためには、入社後の教育などさまざまなバックアップが必要です。つまり、採用と教育はセットで同じ流れで行わなければならないのですが、採用と教育研修の部署が分かれていると、採用担当はバックアップの仕事には関われません。それはおかしいと考えたことが、組織変更提案の理由です。

採用が独立した仕事になると、どうしても「頭数を揃えればいい」という発想になってしまうという話をよく聞きます。

おっしゃるとおりで、採用だけを個別の業務にすると、KPIが「人数」になってしまうんです。そうなると、採用担当は自分が採用した人の将来に責任を持たなくていいということになってしまう。やはり、採用と人材育成は一貫した活動にすべきだと思います。

採用教育部が管轄する社員数はどのくらいなのですか。

人事権は各事業部ではなく採用教育部にすべてあります。その意味では、およそ5000人の社員を管轄することになりますが、「教育」という点で重点を置いているのは、入社3年目までの1500人と、中堅社員1000人くらいです。

人事を事業部主導にすると、優秀な人ほど一つの部署に囲い込まれてしまいがちですよね。

それもよく聞く話です。私たちも事業部の意見はもちろん参考にします。しかし、会社のルールで、同じ部署で連続で働くのは基本3年まで、本部に勤めるのは7年までと決めてあります。配置転換の際に事業部との綱引きになったとしても、最後には会社のルールが優先されます

本部が7年というのは?

バックオフィスで長く働きすぎると、現場の感覚を忘れてしまいます。だから、最長7年で店舗現場に戻すわけです。役員も例外ではありません。このルールが機能しているのは、先にも述べたように「配置転換は教育」という方針が明確にあるからです。教育の視点がないと、どうしてもビジネス上の要請からの配置転換だけとなり、ある人は短期間で次々に異動になり、ある人は同じ部署に長期間居続けるということになってしまいます。


「使っていない筋肉」を鍛えるプログラム

「ニトリ大学」とはどのようなものなのですか。

以前からあったニトリの教育体系を2006年に「ニトリ大学」と呼ぶようになったのが始まりです。教育のコアは、問題点を「観察」し、それをもとに「分析」し、「判断」をする方法を身につけることです。ほかに、チェーンストア理論のような会社の考え方のベースとなる学習も含まれます。このコアな教育を大切にしながらも、新しいものに目を向けられる人材を育てていくことを目指すのがこれからのニトリ大学の役割になります。

これまでになかった教育や育成の仕組みをつくっていくわけですね。

国内市場が飽和しつつある一方で、デジタルトランスフォーメーションが進行し、AIスピーカーなどが一般家庭でごく普通に使われるようになってきています。グローバル市場で活躍できる人材や、新しい価値を創出していける人材がこれからはどんどん求められるようになるでしょう。私たちは「越境好奇心」と呼んでいるのですが、未開拓の市場、未来の市場に越境していけるマインドやスキルをもった人材を育てていくためには、新しい教育の仕組みが必要だと考えました。

これまでの教育の仕組みと両立していくのですか。

そうです。これまでのニトリの弱点は、現場経験を重視するあまり、店舗で働く期間がどうしても長くなってしまうことにありました。店長になるまでにだいたい7・8年、そして2店舗で店長を経験するとなると10年くらいはずっと現場で仕事をすることになります。それによって、ニトリのコアコンピタンスである「観察・分析・判断」の力をしっかり身につけることができるのですが、現場から本部に異動したときにオフィスワークを苦痛に感じるようになってしまうという弊害もあります。狭い範囲の会計がわかるが、財務・経理の専門性がないので求められる仕事ができない。そんな人がこれまでは少なくありませんでした。

そこで、コアなトレーニングを続けながら、現場にいる時からいわば「使っていない筋肉」を鍛えるプログラムをニトリ大学で提供しようと考えたわけです。今まさに体系をつくっているところですが、まずは、外部のベンダーなどにご協力いただきながら、「グローバル」「BtoB」「商品開発」「経営・財務」「経理」「サプライチェーン」「人事」の7つの分野からメニューを選べるEラーニングの仕組みを構築していきます。ほかにも、研修メニューやタレントマネジメントシステムを整えていきたいと考えています。2019年6月までにひと通りの体系を完成させる予定です。


リーダーシップを拡張させていくために

リーダーシップについてのお考えもお聞かせください。

リーダーシップの基本的な素養は店舗勤務の中で身につけるというのが、ニトリの方針です。入社して最初の3年間は徹底的に店舗に出て、お客さまとじかに接する経験を積みます。4年目くらいになると、フロアマネージャーといって店舗のワンフロアを任される役職に就きます。フロアマネージャーは、大きい店だと40人から50人のスタッフをマネジメントしなければなりません。人時(一人のスタッフが一時間働く仕事量)を適切に割り当て、売り場のブロックごとの配置を決めなければならない仕事で、これによってリーダーのスキルがかなり身につきます。そこから、副店長、店長となっていく過程でさらにリーダーシップを磨いていくことになります。

若いうちからマネジメントの仕事をしなければならないので、時には現場のスタッフとの間に齟齬が起きるといった問題も発生しますが、その場合は、勤務する店舗を変えるなどの工夫をしています。

リーダーシップの面でニトリ大学に期待されているのはどのようなことですか。

店舗で身につけることができるリーダーシップは、言ってみれば「同質性の中でのリーダーシップ」です。もちろんそれは社員に求められる必須の要件なのですが、今後ダイバーシティが進んでいったり、グローバル展開が加速していったりする中で、より拡張されたリーダーシップが必要になる場面が増えていくと考えられます。

外国人や障がい者の部下のマネジメントが必要になりそうですね。

そのとおりです。リーダーシップを拡張させていくには、現場経験だけではなく、理論や他社の事例などの学習が必要です。経験と学習したことを掛け合わせて、新しい時代に対応できるリーダーシップを身につける。そのサポートをするのがニトリ大学です。

もう一つ、ニトリ大学にはリーダー人材選抜の機能ももたせたいと考えています。Eラーニングのメニューは自分が目指す方向性に応じて自身で学習するコンテンツを選ぶことができるのですが、そこでの取り組みの内容や成績などを見て、能力の高い人を人材プールに振り分け、より高度な教育を受けてもらう仕組みをつくっていくという見通しを立てています。
増収増益を続けて順調に成長している中で、なお新しいことに取り組むのはたいへんなことだと思います。

白井社長は「増収増益はリスク」とよく言っています。社員がなかなか危機感をもつことができないからです。日本の市場が人口減で縮小していくことは間違いありません。今は増収増益でも、いつ壁にぶつかるかわからないわけです。しかし、いたずらに危機感をあおると、社員のモチベーションを削ぐことになってしまいます。

やはり、個々の社員のキャリアを軸とするのがベターなのだと思います。それぞれの社員が変わりながら成長していくことが大事で、それが結果的に会社の変革と成長につながる。そんな道筋を示すことが人事の役割であると考えています。
ニトリに転職してきたときにやりたいと考えていたことが実現しつつありますね。

ようやくできるようになってきた、という感じですね。同時に、やってみたら実は結構たいへんだったという実感もあります。なかなか思うようにはなりませんが、なるはずはないんですよね。相手は人ですから。試行錯誤を繰り返しながら、チャレンジを続けていくつもりです。
10年後のニトリが楽しみです。

似鳥会長が「日本人の暮らしを欧米並みにしたい」というロマンとビジョンを掲げて札幌で会社を立ち上げたのが第一の創業、札幌から本州に出てきたのが第二の創業だとすると、グローバル化とビジネス領域の拡大の局面に入った現在のニトリは、まさに第三の創業の時期を迎えていると言っていいと思います。今何をやるかが、10年後を決める。そんな意気込みをもって、引き続き人材育成や組織開発に取り組んでいきたいと思います。
本日はどうもありがとうございました。

取材・文  二階堂尚
取材協力  楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)

(2019年1月)

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