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第30回 社員の挑戦心を引き出し、事業構造を変革するための「全社員共通人事制度」

株式会社クレディセゾン
戦略人事部長(兼)戦略人事部キャリア開発室長(2019年2月時点)
松本憲太郎氏

同一労働同一賃金が、大企業では2020年4月から、中小企業では2021年4月から実施されることになります。2018年に成立した働き方改革法に基づくものですが、すでにそれ以前から独自の視点で人事改革を推し進め、同一労働同一賃金を実現したのがクレディセゾンです。「共通人事制度」と呼ばれる新しい仕組みで、全社員の雇用形態を統一した同社の狙いとは何だったのでしょうか。改革に中心で取り組んだ戦略人事部長の松本憲太郎氏にお話をうかがいました。

戦略人事部長(兼)戦略人事部キャリア開発室長(2019年2月時点)
松本憲太郎氏

1993年 関西学院大学法学部卒業、クレディセゾン入社。主力のクレジットカード事業において、支店での営業、支店統括部門、商品企画部門等に従事。2010年、営業企画部長。2014年、戦略人事部長に就任し人事制度改革を主導、現在に至る。(2019年3月より東京支社長)



同一労働同一賃金の実現は目的ではなく結果

2017年9月から「共通人事制度」を導入されました。これはどのような制度なのでしょうか。

以前の弊社の雇用形態は、総合職、専門職、メイト社員、嘱託の4つに大きく分かれていました。専門職のほとんどは営業で、課長以上にはなれないといった昇格上限がありました。メイト社員はいわゆる有期雇用社員です。雇用区分を変えることは可能でしたが、そのためには転換試験を受けて合格しなければなりませんでした。

その区分をなくして雇用形態を統一したのが「共通人事制度」です。福利厚生の仕組みなども共通にし、全員に賞与や退職金が出るようにしました。結果、総合職や専門職という名称はなくなりました。すべて「社員」です。

同時に、G1からG5まで5段階の役割等級の仕組みを新たに導入しました。G1、2がこれまでのメイト職、G3から5がこれまでの専門職と総合職で、等級ごとに賃金テーブルが異なります。以前との最大の違いは、転換試験を受けなくても、パフォーマンスをベースに等級が上がるということです。職能評価が行動評価に変わったということであり、一人ひとりの社員が上の等級を目指して挑戦できるようになったということです。

マネジメント層は別の区分になるのですか。

課長職は「M職」、部長職は「GM職」となります。ほかに「スペシャリスト」と「エキスパート」というポジションも新たに設けました。スペシャリストは、マネジメントではなく専門領域で高い成果発揮を期待役割とする人材、エキスパートは特定領域の熟練した知識とスキルに基づく固有のミッションを持つ高度専門人材です。法律の専門家やデータアナリストなど、内部で育成するのが難しい人たちをエキスパートとして招聘して弊社のメンバーとして働いてもらいます。

いわゆる同一労働同一賃金を実現するための制度改革だったのでしょうか。

新しい仕組みによって同一労働同一賃金は実現しましたが、それはあくまでも結果です。制度改革の目的は、「事業変革」であり「構造改革」です。

2016年にスタートした中期経営計画では、会社のモデルを変えるという非常にチャレンジングな目標が掲げられました。弊社の中核事業であるクレジットカードビジネスには、社員の80%が携わっていますが、ビジネスとして利幅が少ないという、構造的な課題を抱えています。

今後会社が成長していくために、特定のプロダクト・サービスに頼らず、複数の商材を組みわせたソリューション型ビジネスを生み出していこうと考えています。つまり、ビジネスのモデルが大きく変わるということです。会社のモデルが変わるわけですから、当然社員の役割も変わっていくことになります。与えられた同じ仕事をこなすだけではなく、新しいことにどんどんチャレンジして、新しい事業を生み出していく。それが社員に求められる役割であり、それを実現できる社員が評価される仕組みがなければなりません。やる気と能力のある社員をスピーディに抜擢し、適材適所の人材配置を進めていく。それによってビジネスのモデルチェンジを実現していく──。それが新制度の目的です。



チャレンジできる環境を整える

事業変革と人事変革を両輪で進めたわけですね。

そういうことです。社員に「チャレンジしてほしい」と言っても、それに見合った仕組みをつくらなければやる気は出ません。雇用形態を一律にするということは、社員を信じるということでもあります。会社は皆さんを信じます。皆さんはそれに応えて頑張ってください。新しい仕組みはそんなメッセージでもあるわけです。

社員にとって特にデメリットがある仕組みではないですよね。

そうなんですよ。やる気と能力に応じて活躍の場を広げることができるわけですから。一方、会社側はパフォーマンスベースで人材を抜擢できて、組織を活性化することができます。ウィンウィンの仕組みと言っていいと思います。

役員などからの反対はありませんでしたか。

中計では年率6%から7%の利益成長を掲げています。現在の当社にとっては高いハードルであり、従来のやり方でこれを達成するのが難しいことは明らかです。社員が挑戦できる風土を作り、新しい事業構造を創出し成長戦略を描く一方で、人件費の増加は中計の利益成長率以下に抑えるので、このレベルの投資は経済合理性がある。そういうストーリーで提案をしました。とくに刺さったのが「他社はやっていません」というひと言でしたね。

人事制度を変えるのは一般に時間がかかりますよね。この制度改革にはどのくらいの時間がかかりましたか。

申し上げたように、16年にはすでに中計がスタートしていました。中計が掲げる構造改革を実現するために必要なのが人事改革です。ですから、2年も3年もかけるわけにはいきませんでした。16年9月に改革に着手し、17年9月を新制度のスタートとしました。しかし、社員への説明は施行半年前には行わなければなりません。さらにその前に経営会議と役員会での決裁も必要であったため、17年2月には新制度の骨子を決めなければなりませんでした。

すごいスピードですね。社員への説明はどのように行ったのでしょうか。

2カ月で計64回の説明会を全国で行いました。これまで賞与が出ていなかった人にも賞与が出るし、福利厚生も公平になる仕組みですから、説明会ではとくに異論は出ませんでしたね。

しかし、その後のアンケートではとくにメイト社員から意見が出ました。メイト社員の中で「活躍しているのに処遇が見合わない」と感じていた人にとって、新制度はウェルカムです。しかし中には、今までどおりマイペースで働きたい人もいます。そういう人たちからは「仕事がたいへんになるんじゃないか」とか「転勤があるんじゃないか」といった不安が寄せられました。今後、その不安を受け止めつつ誤解を解いていくコミュニケーションが必要になると思います。

説明に当たって、とくに重視したのはどのような点でしたか。

役割等級制度の意義ですね。G1、G2の人の仕事の内容は従来とほとんど変化はなく、事務、電話応対、営業サポートなどが主な業務です。しかし、今後RPAやAIが普及して業務の自動化が進んでいくと、この層の雇用ニーズは徐々に減っていくことになります。人材としてより必要とされるようになるのはG3以上であり、現在G1、G2の人はそこを目指すことができる。そんな説明の仕方をしました。

新制度では人事の仕事が増えそうですね。

確かに制度をつくるところまでは大変でした。制度設計に当たっては、部長、課長クラスから選抜した人たちにワークショップ形式で当社の社員に必要な要素は何かを話し合ってもらい、行動評価の原型を作ったのですが、基本的な作業は人事企画のスタッフ5人ほどでやり切りました。

しかし、新しい仕組みが動き始めたあとは、事業部サイドに運用をある程度任せています。今後は事業部にHRBPの役割を入れていくことも考えたいと思っています。

今回制度づくりを進めてわかったのは、すべてが出来上がってからスタートするのではなく、コンセプトと制度設計だけをしっかり決めて、あとは走りながら細かな部分を調整していくことが大事だということです。今後も事業部と協力し合いながら、細かな調整を続けていきたいと思います。


マネジメントの役割は「管理」ではなく「鼓舞」

現在の課題についてもお聞かせください。

一つは、社員のデータベースです。これまでは総合職1,500人にフォーカスして教育体系・育成計画を考えていました。今後は全社員4,000人を対象に考えていくことになり、経験や勘に頼らないデータベースの整備が必要となりました。そこで、タレントマネジメントのシステムを導入して、どこにどんな社員がいて、どんな経歴があって、どんな強みがあるかを可視化して、各事業部のマネージャーに還元していきたいと考えています。

さらに、「人材育成会議」という取り組みを行うことになっています。これは、各部門のマネージャーが集まって、社員のキャリアプランや異動について部門を超えて議論するもので、いわば人材育成方針の議論・共有の場です。同時に、社員のキャリア支援施策を拡充し、社員本人が考えるキャリアビジョンを人材育成会議に反映する仕組みも導入します。

このほかにも、部門を超えて社員同士が交流できる仕組みも検討しています。社員の中には、会社にどういう職種があって、どういうキャリアの描き方があるかを知らない人も少なくありません。そこで、社員同士で情報を交換し、お互いに刺激を与えられる場が必要であると考えました。

さらに、4月からは1on1ミーティングも導入する予定です。これまでの弊社はよくも悪くも放任主義で、「人は自然に育つ」という感じでした。今後は緻密な人材育成支援をしていかなければならないと思っています。

新制度によってマネジメントの役割はどのように変わったのでしょうか。

これまでは、キャリア支援という点では基本的に総合職の人たちのケアをすればよかったのですが、今後は多様な社員の多様なキャリア観、多様な家庭事情に目を配っていかなければなりません。新制度の目的は、個々の社員の挑戦心を引き出すことによって会社の業績を上げていくことです。したがって、マネジメントの役割は「管理」ではなく「鼓舞」になります。それができない人は、残念ながらマネジメント職の適性がないと見なされることになります。

社員の皆さんにとっては、とても見通しのいい人事制度になったといえそうですね。

ええ。社員の意識も確実に変わってきています。これまでは社内格差に対する不満が多かったのですが、現在は「私は頑張っているのに、しっかり見てもらえていない」という不満が増えています。「何をやっても人事は文句を言われるんだな」と社長には言われましたが(笑)、私は明らかな進歩だと思っています。「もっと評価してほしい」という前向きな姿勢に変わりつつあるからです。あとは、これがどう業績に結びつけていくかですね。この取り組みの成否は最終的にそこで判断されることになると思います。

本日はどうもありがとうございました。

取材・文  二階堂尚
取材協力  楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)

(2019年2月)

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