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第36回 HRから「ピープル&コミュニティーズ」へ。すべての従業員の成長を支える

シスコシステムズ合同会社
業務執行役員 人事部長
宮川 愛氏

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米国カリフォルニア州サンノゼに本社を置くグローバルなICT企業、シスコシステムズ。最先端のビジネス領域へのチャレンジを続ける同社は、人事制度変革や組織改革においても先端的な取り組みをしていることで知られています。社会やビジネスの環境が大きく変化し続ける中で、企業が継続的に成長していくためにはどのような組織観が求められるのか。人事部長の宮川愛さんに話をうかがいました。

シスコシステムズ合同会社 業務執行役員 人事部長
宮川 愛氏 プロフィール

2003年に外資系IT企業に人事として入社後、日本国内人事のみならず、アジア太平洋地域の人事(主に人事企画業務・報酬制度・M&A等)に従事。
2014年3月にシスコ入社後、部門担当人事(HR Business Partner)として営業組織の組織強化に携わる。2016年8月より現職。


会社と従業員の信頼関係を中心に置いた環境づくり

今、人事に関して、意識をして力を入れていることはありますでしょうか?

 従業員のエンゲージメントの強化に力を入れています。人事を取り巻く環境は大きく変化しています。その変化を私たちは4つの軸で捉えています。1つめは「デジタル化」です。デジタルテクノロジーの進化にともなって働き方も変化を続けるので、従来の固定的な階層型組織よりもダイナミックな可変性を持った組織が必要になっています。2つめは「市場の変化」です。それに対応するには、イノベーションを加速していかなければなりません。また、そのためにはダイバーシティを推進し、多様なアイデアを取り込んでいく必要があります。以上の2つはグローバルで共通の環境変化です。これらに加えて、特に日本で顕著にみられる2つの変化があります。1つは「労働人口構成の変化」、もう1つは「終身雇用の崩壊」です。以上4つの変化に対応できる新しい組織体制のベースとなるのが、社員のエンゲージメントであると考えています。

環境が変化すると、従業員に求められる能力も変わっているということでしょうか?

 おっしゃるとおりです。従来必要とされていた能力は、「知識や専門性」「オペレーション力」「上からの指示を着実に遂行できる力」などでした。それに対し、今後求められるようになるのは、「異なるものをつなぐ力」「創造力」「チームの能力を最大化できる力」といった能力です。とくに3つめの「チームの能力」を私たちは重視しています。一般にグローバル企業では、これまで、個人が力を発揮すれば会社の業績が上がると考えられてきましたから、その考え方を変えていく必要があります。

 これは、シスコだけの問題意識ではありません。2015年のダボス会議で、5年後に求められるようになる10のスキルセットが発表されました。その5年後が、まさしく今年2020年です。2015年時点でのトップ10は、次のようになっていました。

1 複雑な問題解決力
2 人間関係調整力
3 マネジメント力
4 批判的思考
5 交渉力
6 品質管理
7 サービ発想
8 決断力
9 傾聴力
10 創造力

一方、2020年に求めれるスキルのトップ10はこうなっています。

1 複雑な問題解決力
2 批判的思考
3 創造力
4 マネジメント力
5 人間関係調整力
6 情緒的知性
7 決断力
8 サービス発想
9 交渉力
10 認識の柔軟性

 「批判的思考(Critical Thinking)」や「創造力(Creativity)」が上位に来て、「情緒的知性(Emotional Intelligence)」や「認識の柔軟性(Cognitive Flexibility)」といった項目が新たに加わっていることがわかります。世界的に見て、企業の従業員に求められる要件は固定的なものではなく、環境や状況に合わせて変わっていくものだという認識になっています。

2020年の10の項目は、これからの人材育成や組織改革の指標になりそうですね。

 そう考えています。このような変化を受けて、シスコシステムズでは「今日の人事に求められるもの」という視点をグローバルで策定しました。項目は、「イノベーションの促進と仕事のトランスフォーメーション」「スキルギャップへの対応」「人事のデジタル化」「企業カルチャーの定義づけと浸透」の4つです。

 もう1つ、「すべての従業員に成長をもたらす環境づくり」というコンセプトもつくりました。こちらも「コンシャスリーダー&チーム」「インテリジェントピープルネットワーク」「タレントアジリティ」「スチューデント@ワーク」の4つで構成されています。重要なのは、その4項目の中心に「会社と従業員の信頼関係」を置いていることです。

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「信頼関係」とは具体的にどのようなものですか。

 会社と社員の間には相互のコミットメントがあり、双方向の関係性がある──。それが私たちの考え方です。会社は社員に「機会」と「裁量」を与え、社員は「自律」をもってそれに応える。そのような関係性から信頼関係が生まれ、それが人材戦略のベースになる。そう私たちは考えています。

「ダイバーシティ」から「インクルージョン&コラボレーション」へ

4つの柱の一つ、「コンシャスリーダー&チーム」から説明していただけますか。

 「コンシャス」とは「高い意識をもっている」という意味で、「コンシャスリーダー&チーム」とは、リーダーにもチームにも高い意識が求められるということです。私たちは、コンシャスカルチャーを「自己理解、他者への理解、自分が他者(チーム、お客様、より大きなコミュニティ)にもたらす影響に常に目を向け理解し、意図的に行動することにより最高の体験を生み出す」ことと定義しています。例えば、営業の仕事でも、たんに目の前の売上を上げることだけでなく、お客様や社会に自分の行動がどのように影響を与えているかを常に考えるということです。

このコンセプトを浸透させるために、「シスコの価値観」を明記したカードをグローバルの全社員7万5000人に配布し、常時携帯することを習慣づけています。そのカードには「世の中を変革する」「お客様を第一に考える」「イノベーションを起こす」「お互いを尊重する」「常に正しいことを行う」「共に勝利する」という6つの文言が書かれていて、この価値観をどれだけ実行しているかが人事評価にも反映されます。

 もう1つ、シスコがグローバルで定めている行動指針も、そのような価値観につながるものです。指針は「Give」と「Take」の2つに分かれていて、前者は「ベストを尽くそう」「自分のエゴよりもより大きなインパクトを考えよう」「奉仕する精神を持とう」、後者は「自分の責任をまっとうしよう」「お互いの違いを認め合おう」「大胆になろう」で、それぞれ3項目、計6つの項目からなっています。

ダイバーシティが進むと、共通の価値観がいっそう大事になりますよね。

 まさにそのとおりで、私たちはダイバーシティと価値観の共有を一体のものと捉えています。ちなみに、最近では「ダイバーシティ」ではなく、「インクルージョン&コラボレーション(I&C)」という言葉を使うようにしています。「相手を積極的に受容し、協力し合う」環境の中から真のイノベーションが生まれてくる、よってそのような環境を整備することは、人事プログラムではなく経営戦略であると私たちは考えています。

I&Cは具体的には、社長直属のリーダーシップチームによるトップダウンの取り組みと、社員ボランティアによるボトムアップの取り組みに大きく分けられます。ボランティアの活動として、現在、「優秀な女性社員の獲得、育成、維持」「革新的で多様なワークスタイルの推進」「障がい者が会社と社会に適応しやすい環境整備」「若手社員の活躍と革新的なアイデアの奨励」「LGBTQの社員にとって働きやすい職場づくり」「社会への還元と社員間の強い絆づくり」の6つのプログラムが進んでいます。

I&Cを根づかせるための社内制度にはどのようなものがありますか。

 まず、フレキシブルワークの仕組みづくりに力を入れています。フレキシブルワークは全社員が対象で、回数の制限もありません。週5日間フレキシブルに働くことも、1日だけをフレキシブルにすることも可能です。また、出勤時間などを人事に報告する義務もありません。直接の上長と共有しておけばいいという決まりになっています。

一方で、厳しい前提もあります。どこで働いてもいいけれど、社内で働くのと同等の生産性を維持しなければなりません。そして、それを実現できず、結果を出せない場合は、フレキシブルワークの権利が剥奪されます。

もう1つは、私たちが「Connected Recognition」と呼んでいる仕組みで、これは現場と現場の横のつながりを推進することを目的にしたものです。通常、表彰や褒賞は会社が判断して社員に与えるものですが、Connected Recognitionは、社員が他の社員を表彰したり、報償を与えたり、感謝の気持ちを伝えたりする制度です。

よりよいチームを形成するための制度とも言えそうですね。

 先ほど申し上げたように、私たちはチームとしてのパフォーマンスを上げることを重視しています。では、どのようなチームであればパフォーマンスを上げることができるのか。データをもとにそれを調べたところ、3つの要素が明らかになりました。  最も重要な要素は「強み」です。チームメンバーが「自分は毎日強みを発揮できている」と感じているチームほど高いパフォーマンスを発揮しています。2番目に重要なのは「信頼関係」です。「自分が窮地に立ったときにはほかのメンバーが守ってくれる」と信じている人が多いほど、そのチームはまとまることができます。そして3番目が「目的意識・価値観の共有」です。個々のメンバーが「私はほかのメンバーと同じ価値観を共有している」と感じられるチームが強いチームということです。

そうした強いチームづくりにおけるリーダーの役割とはどのようなものですか。

 「Purpose」「Excellence」「Support」「Future」の4つの軸があり、さらにそれぞれが「チームにとってベストなこと」と「メンバーにとってベストなこと」に分かれます。

「Purpose」をチーム視点で見ると、意識すべきは「目的意識の共有」であり、個々のメンバー視点で見ると「期待値の明確化」ということになります。同様に、「Excellence」は「結果の定義」と「自分の強みを発揮すること」、「Support」は「心理的安全性」と「自己への注力と承認」、「Future」は「会社の将来への自信」と「自分の将来への自信」となります。

重要なのはコンピテンシーよりも個々人の「強み」

2つ目の柱は「インテリジェンス&メソッド」ですね。

 インテリジェンス&メソッドの基本的な考え方は、「データを活用してチームをダイナミックに組成していく」ということです。「Team Space」というツールを活用して、チーム間で人が柔軟に動くダイナミックチーミングを実現する仕組みをつくっています。

 重要なのは、社員の「強み」にフォーカスすることです。私たちは「強み」を、単に「得意なこと」ではなく、「得意×それに取り組んでいるとエネルギーが湧いてくること」と定義しています。まずはそれぞれが自分の強みを知り、それを強く意識し、さらにその強みをもって自分と組織を成長させていくというのが基本的な考え方です。

いわゆるコンピテンシーモデルとは逆の考え方ですね。

 コンピテンシーモデルは、能力を一律に定義する考え方ですよね。しかし、「強み」は人によって異なるものです。私たちも以前はコンピテンシーモデルを使っていたのですが、3年前に廃止しました。

 例えるなら社員が登ろうとしている山は一つです。しかし、その頂上に至る方法はいろいろあっていいはずです。コンピテンシーモデルは、いわば「登り方」の規定です。全員が必ずオールマイティーにすべてを出来るようにはなりません。そんな決まりごとにとらわれず、それぞれがそれぞれの強みを生かして登っていけばいい──。そんなふうに考えるべきだと思います。

「強み」を仕事にいかしていく仕組みにはどのようなものがあるのですか。

 1つは「チェックイン」という仕組みです。これは、チームメンバーが毎週6つの質問に回答し、それをマネージャーが見て1対1でコーチングやフィードバックを行うというものです。さらにそこから、それぞれのメンバーの「感情」と「業務」をつないでいきます。ここで用意される問いは4つ、すなわち「今週、自分の強みを毎日発揮できましたか?」「今週、自分の価値を体現できましたか?」「今週、好き(Love)だったアクティビティは?」「今週、嫌(Loathe)だったアクティビティは?」です。この問いによって、行動、結果、課題などの「見えている領域」だけでなく、思考、感情、価値観、信念、業務外での出来事といった「見えていない領域」が明らかになります。

パフォーマンス向上に必要なのは「評価」ではなく「対話」

3つめの「タレントアジリティ」とはどのようなものですか?

 タレントアジリティとは、環境変化に対応するための機敏な組織マネジメントを意味します。パフォーマンスマネジメントもその中に入ってきますが、シスコにおけるパフォーマンスとは何か。私たちは「ビジネス成果」だけでなく、「行動指針の実行」と「チームへの貢献」もパフォーマンスに含まれると考えます。そして、そのパフォーマンスに応じた給与体系をつくっています。

パフォーマンスを上げるために必要なのは、「評価」ではなく「対話」です。1対1の対話によって未来の行動変容、即ち社員の成長を促していくことが、私たちが考えるパフォーマンスマネジメントです。以前は年に1度、5段階の相対評価を行っていましたが、それも5年前に廃止しました。

最近、相対評価を廃止する企業が増えてきていますが、5年前にそれを実行したというのはかなり早いですね。

 社員のパフォーマンスを向上させるために、アプローチをトータルに変えました。「評価」から「成長のための対話」へ、「評価者対被評価者」という関係から「ともに成長を目指すパートナー」へ、「現在から過去へ」という視点から「現在から将来へ」という視点へ、そして「年数回のイベントとしての評価」から「継続的な対話」へ──。そんな大きな変更を実施しています。

タレントアジリティに関わる制度には、ほかにどのようなものがありますか。

 社内公募制度、スキルを伸ばすための「ストレッチアサインメント」、他部署や他業務の仕事を学ぶ「シャドーイングプログラム」、社内における成功ケースと失敗ケースを共有するプログラムなどがあります。

そして、最後が「スチューデント@ワーク」ですね。

 すでに申し上げた通り、ビジネスや社会環境の変化にともなって、必要なスキルは変わっていきます。ですから、すべての社員がスキルを更新するための学習を続けていかなければなりません。働きながら学び続けること。全員が「生徒」であり続けること。その重要性をあらわしたのが「スチューデント@ワーク」です。

以前の従業員満足度調査で、「成長の機会」「組織横断性」「リーダーシップ風土」といった点に不満が多いことが明らかになりました。そこで私たちは、役員合宿でデザイン思考の手法を用いて改善案を徹底的に話し合い、注力すべきフォーカスエリアを策定し、全経営陣がいずれかのエリアの活動に参加しました。さらに、社員にも組織風土改善の活動に加わってもらい、「全員参加型」の組織づくりを加速させました。この取り組みが、「スチューデント@ワーク」のベースになっています。

 さらに、個々の社員のニーズに合わせたオンデマンド型学習を実現するために、グローバルレベルで「Degreed」といったツールを導入しています。

環境の変化が激しいということは、それだけ人事の役割が重要になっているということだと思います。人事の仕事がいよいよ面白くなってきそうですね。

 そう感じますね。「人を育てる」というだけでなく「人の心を動かす」という役割が人事には求められるようになっていると思います。シスコでは、HRという部署名を昨年9月に「ピープル&コミュニティーズ」に変えました。「人」と「コミュニティ」のための部署という意味で、人を中心に組織をつくっていくだけでなく、社内外のコミュニティにもよりよい影響を与えていくことをミッションとしています。

シスコの基本的なフィロソフィは性善説です。一人ひとりの社員を信頼し、役割を明確にし、社員と会社がともに成長していく。そんな風土づくりにこれからも取り組んでいきたいと思います。

本日は、どうもありがとうございました。

取材協力: 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取  材: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))
T E X T : 二階堂尚

(2020年2月)

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