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第37回 コロナショック後の会社を生きていくために リモートワーク成功のヒント

Gap Inc.
Total Rewards Program Delivery & Technology team, Manager
松浦 克次氏

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新型コロナウイルスの影響で、多くの企業がリモートワークを行うことを余儀なくされています。しかし、これまでリモートに取り組んでこなかった企業にとっては戸惑いが多いのが事実です。米国でのリモートワークの取り組み、そしてコロナショック後の対応について、サンフランシスコにあるGap Inc.本社に勤める松浦克次さんに話を伺いました。

Gap Inc.
Total Rewards Program Delivery & Technology team, Manager
松浦 克次氏 プロフィール

米国ビジネススクールにて人事の修士号を取得後、ソフトバンクグループ人事事業会社に入社。その後HRBPO事業スタートアップ、外資系生命保険会社の人事を経て、2011年にギャップジャパン株式会社入社。
2017年GapInc.に転籍し渡米。現在はサンフランシスコ在住。


通勤時間がもったいない 成果を出せればどこで働いてもいい

このコロナショック下で、日本でも多くの企業がリモートワークを導入しています。松浦さんの所属するチームでは以前からリモートワークが定着していたそうですね。

 私の所属するチームのメンバーは週に2、3回程度出社してくる、といった感じでした。金曜日になるとオフィスにはほとんど人がいなくなります。私の場合、2019年の11月から2020年の3月まで、人事システム構築の仕事に忙殺されていて、平均すると週に1回も出社していなかったと思います。会社に行く暇がなかったんです(笑)。通勤に使う時間がもったいなくて、車の中にいる時間も仕事をしたいという感じでした。

どこで仕事をしてもいいのですか?

 はい、パフォーマンスが出せてさえいればいい、というのが私の所属するチームの考えです。どの場所で働くかとか、どのくらい時間をかけるかということは、成果とは関係ありません。私が11月から3月まで取り組んでいた仕事の成果はシステムを仕上げることで、それがないとグローバル12万人の人事評価ができなくなってしまいます。だから寝る間も惜しんで仕事をしました。その場所が会社であろうが自宅であろうが、関係ありませんでした。もちろん、チームや会社により色々な考えや方法があるので、あくまで一例ですが。

日本では在宅勤務でも時間管理をするケースが多いのですが、アメリカではいかがですか。

 時間管理される職種とそうではない職種にはっきり分かれています。仕事の性質上、時間管理が必須となる職種もあります。カスタマーサービスなどシフトで働くことが求められるような仕事です。成果ベースの職種に就いている人たちの多くは時間管理とは無縁です。

 時間だけでなく、出社と在宅の区別も曖昧で、例えば、朝5時から自宅で仕事を開始する。そのあと子どもを学校に送り届け、10時に出社。夕方早めに退社し子どもを学校からピックアップして夕食を済ませ、その後家で仕事を再開する──。そんな働き方も珍しくはありません。

 それから、オンとオフの区別も日ごとにきっぱりと別れているわけではありません。完全オフという日ももちろんありますが、半日働いて半日はオフという日もあれば、逆にバケーション中であってもメールの返信はするケースも多いです。アメリカの西海岸の企業では、それが当たり前になっていると思います。

西海岸の企業は、退社時間が早いと聞いたことがあります。

 サンフランシスコ近郊では夕方16時くらいから自動車の渋滞が始まります。就業規則では定時は18時となっている会社が多いのですが、その時間までオフィスにいる人は多くありません。私の上司の場合ですと、基本的に15時までに退社します。お子さんのお迎えがあるからです。もっとも、彼は朝の5時半とか6時までには家で仕事を始めているのですが。ミーティングがある日には朝9時くらいにチャットで「みんなもう会社にいるか?」と聞いてきて、「いますよ」と返すと、「じゃあ俺もそろそろ行くか」と(笑)。そんな感じです。

在宅勤務のマネジメント方法とは

一人ひとりのセルフマネジメント能力が試されるワークスタイルですね。

 まさにそこがハードルになりますね。リモートワークに慣れていない人は、最初に必ずパフォーマンスが落ちます。それから、少し経つと誰かと会うことでモチベーションを維持したくなって、オフィスに行きたくなります。僕自身もそうでした。セルフマネジメントは、決して簡単なものではないと思います。

どうすれば、そのハードルを越えることができるのでしょうか。

 ルールを決めるのが一つの方法だと思います。例えば、朝決まった時間に必ず上司とのオンラインミーティングを設定するとか、仕事の進捗状況をチームメンバーと共有するミーティングを一日に何度か入れていくとか。あとは、「今日の何時までにこのタスクを仕上げる」といったゴールを細かく設定するのも有効ですね。タスクが終わったら上司に報告するという仕組みにすれば、おのずとパフォーマンスも上がるはずです。

リモートワークは長時間労働になる傾向があるとも言いますよね。

 その傾向は間違いなくありますね。時間管理がないということは、残業という概念も当然ないわけですから。そこも自分なりのマネジメント方法が必要です。

一方で、アメリカでもリモートワークを見直す動きもあったように記憶しています。やはり人が集まって仕事をした方が、成果が上がるのではないか、と。

 確かに、リモートワークをネガティブに捉えている人はいます。会社や部門長によってはリモートワークを許さない組織もあります。そこは個々のマネジメントのスタイルですから、それも一つの組織マネジメントですね。

 とはいえ、リモートワークが一定数あるのは確かで、まったく出社をせず完全リモートで働いている人もアメリカでは少なくありません。それには西海岸特有の事情も影響しています。西海岸のベイエリアはアメリカで一番物価が高くて、住むのにとてもお金がかかります。会社の近くに住んでいた人が、生活のために中部の安い土地に引っ越すというケースがあるんです。引っ越した後もそれまでの仕事を続けたいとなれば、リモートワークを選択するしかありません。

多くの会社はそれを許容しているのですか?

 それは個人の能力によります。完全リモートの働き方を勝ち取れるかどうかは、その人の実力次第です。会社が必要と判断すれば、その人は働き続けることができる、ということです。アメリカは力のある者が多くを得る文化なのです。

評価の基準は成果物とプロセスだけ

採用活動はどうなっているのでしょうか?

 採用はほぼオンラインで完結する企業も少なくありません。初期段階のカジュアルなヒアリングは電話でやって、面接はZoomでやって、雇用契約はメールで済ませる。そんなスタイルが当たり前の会社もあります。採用担当者と新入社員が入社まで一度も顔を合わせないということも珍しくありません。

そういう状況で、会社に対する社員の忠誠心や帰属意識などは芽生えるものなのでしょうか?

 私の印象ですが、西海岸で働いている人の中で、会社に対する帰属意識をもっている人はおそらくほとんどいないのではないでしょうか。例えばGoogleで働いている人は、もちろんGoogleという会社に愛着はあると思います。しかし、それは収入が高くて、労働条件がよくて、周囲からも評価されるからです。有名企業で働くのがステータスになるのは日本と同じですが、その理由は転職に有利だからです。いい会社で働けば、次のキャリアにつながる。そのように合理的に考えていると思いますね。

日本でリモートワークというと、見えない部下をどう評価すればいいのかわからない、という悩みを聞きます。部下の評価はどのようにしているのですか?

 率直に言えば、リモートでの評価ができない管理職は、結局のところ、どういう状況下であっても部下を正当に評価する力がないのだと思います。評価に必要なのは、リモートであろうがなかろうが、成果物とそれを生み出すプロセスです。その二つをしっかり見ていれば評価はできるはずです。

 アメリカでは、その点では日本よりマイクロマネジメントが徹底しています。上司は部下の仕事のプロセスを100%把握しようとするし、自分の知らない範疇で仕事が進んでいることを許しません。プロセスに問題がある場合は、細かく指導します。プロセスの中に無駄な業務がある場合は、即座にやめさせます。部下のパフォーマンスは上司である自分の評価に直結していますから、相当に細かいパフォーマンスコントロールをします。

「家庭のマネジメント」が在宅勤務成功の鍵

コロナショックが起こってからのこともお聞かせください。カリフォルニア州は、かなり早い段階でロックダウンに入りましたね。

 外出禁止令が出たのは3月19日でした。私たちがそれを聞かされたのは、前日の昼でした。その時点でのサンフランシスコ近郊の感染者は数十人程度だったので、少しびっくりしましたが、社会はそれほどの混乱はしませんでした。多くの人が何かしらのリモートワークの経験がありましたから。

日本ではリモートワークが始まってから、共働きの夫婦が仕事をする部屋の取り合いになるというケースがでてきると聞いています。

 それはアメリカでも起こっていますよ。特に、このあたりの家賃はとても高いですから、狭い家に住んでいる人も少なくありません。そういうケースは大変だと思います。夫婦間だけでなく、子どもとの関係も難しいですよね。私の小学生の娘たちもオンラインで授業を受けているのですが、PCのセットアップや宿題のチェックなど、自分の書斎があっても、なかなか仕事に集中することができません。

24時間家族が家にいるなかで、どのような工夫をしているのですか?

 わが家では、私の部屋のドアが閉まっているときは邪魔をしてはいけないけれど、開いていたら仕事中でも話しかけてもいいというルールを決めています。今のところうまく機能しています(笑)。

今後もリモートワークがしばらく続いていくと思います。これまでリモートワークの経験があまりなかった企業やその社員は、どのような働き方をしていけばいいのでしょうか。

 一番のポイントは、家庭をどう考えるかということです。家庭のマネジメントがうまくいかないと、在宅勤務は必ず失敗します。日本ではこれまで、「家庭の事情を仕事に持ち込んではいけない」という考え方があったと思います。そこを逆転させて、「家庭の事情を尊重することが仕事のパフォーマンスにつながる」という発想に変えるべきです。

 例えば、「今日は子どもの面倒を見なければいけないから、午後の2時間はオンラインミーティングに参加できない」とか、「スーパーに買い出しに行くから、その間は連絡が取れなくなる」といったそれぞれの家庭の事情を仕事に反映させるということです。仕事のスケジュールを家庭のスケジュールに寄せていく。そういう視点がないと、みんな疲弊していってしまうと思います。

精神の面でのアドバイスもいただけますか。

 アメリカでは、企業の業績が悪化すると解雇があるので、みんな不安を感じやすいです。日本でも、先行きが見えない中で、将来に対する恐怖を感じている人が多いと思います。

 Gap Inc.では最近、タレントマネジメントチームが週に2回くらいのオンラインセッションを始めました。精神科医や大学教授を招いて30分くらいの講話をしてもらうセッションで、すべての社員がそれを見ることができます。

 最初、私はそれほど興味がなかったのですが、実際に話を聞いてみると、心が救われたような気持ちになりました。私自身、外出禁止令が出てから、不安やストレスがたまっていて、仕事のパフォーマンスがいいときと悪いときの差が非常に大きいことを自覚していました。その理由やコントロールの仕方などを専門家から教えてもらったことで、想像以上に前向きになれました。

 例えば、仕事のやる気がまったく起こらない日があったとします。その対処方法は、「そういう日があっても仕方がない」と割り切ること。そういう精神状態で無理をしても、結局成果は上がらないから、本人も上司もそれを受け入れるべきだ、と精神科の先生がアドバイスしていました。そういう状態に陥ったとしても、いずれ、無気力な状態が自分自身で気持ちが悪くなる瞬間がやってくるそうです。その時が立ち上がるべきタイミングで、そのタイミングを捉えることを意識するのがいいとのことでした。

 ほかにも、アルコールの量を減らすとか、テレビやSNSに接する時間を決めるといった具体的なアドバイスがありましたね。こうした専門家のアドバイスに耳を傾けるといいと思います。

コロナ後も社会はもとには戻らない

リモートワークにおいて、上司が部下にできることは何でしょうか。

 先ほどの「ルール化」の話につながりますが、オンラインミーティングの頻度を上げて、仕事の進捗などについて話す機会を増やすことが必要だと思います。私のチームでは、毎朝9時にミーティングをするようにしています。それによって一日のリズムができます。そのミーティングで各自が何時までに何をやるかを決めて、それに合わせて次のミーティングを設定していきます。いわば「他人の目」による制御によって、一人ひとりのテンションを保つという方法です。自分の力だけですべて対処しようとするのは無理があります。リモートだからこそ、他の人の助けを最大限に活用することを考えるのがいいのではないでしょうか。

ミーティングを頻繁にすることによって部下が何をしているかがわかるというメリットもありそうですね。

 おっしゃるとおりですね。もっとも、チームが大きくなると頻繁なミーティングは難しいかもしれません。そこは工夫が必要なところだと思います。

 もう一つ、どうしても在宅ではできない職種もあります。そこをどうしていくか。それはむしろ日本企業のみなさんに聞いてみたいですね。というのも、アメリカ企業ではジョブディスクリプションが明確なので、「本来の仕事ができない今の間だけ、別の仕事をやっておいて」とは言えないからです。日本企業はジョブディスクリプションがはっきりしていない場合が多いので、柔軟に対応できそうな気もします。

パンデミックが収束しても、パンデミック以前とは決定的に変わるのでしょうか。

 完全にはもとには戻らないという見方が主流ですね。しかし、アメリカ人は変化をチャンスに変えるのが大好きなので、むしろポジティブに捉えていて、これを機に新しい発想をどんどん出して、ビジネスのあり方を変えていこうとしています。多くの企業で、「アフターコロナ」に関するディスカッションが始まっていて、かなり突飛なアイデアが次々に出ています。新しいビジネスのあり方をシミュレーションするいい機会である。そう考えている人が多いのです。

日本企業も、組織やビジネスの形を合理的に変えていくチャンスかもしれませんね。

 何が働く人にとって本当にいいことなのか。何が会社にとって本当にいいことなのか──。そういう素直な発想で物事を考えていけば、おそらく新しい道が見えてくるのではないでしょうか。頭でっかちに考えない。従来のルールにもとらわれない。そういうマインドがアフターコロナの時代には求められるようになる気がします。

本日は、どうもありがとうございました。

取材協力: 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取  材: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))
T E X T : 二階堂尚

(2020年4月)

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