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第42回 成果が上がる「採用ブランディング」への挑戦

パナソニック株式会社 リクルート&キャリアクリエイトセンター
採用ブランディング・PeopleAnalytics課
杉山 秀樹氏

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企業活動における最も重要な活動の一つであるブランディング。その目的は会社や商品の「一貫性」をつくることにあります。例えばコーポレートブランディングの役割は、外から見た会社のイメージを統一させることであり、ブランディングの対象は顧客や取引先や社会です。では、新入社員を対象にしたブランディングとはどうあるべきでしょうか。「採用ブランディング」を担当する部署を設け、長期的ビジョンに立った人材獲得戦略を進めているパナソニックの杉山秀樹さんに話をうかがいました。

パナソニック株式会社 リクルート&キャリアクリエイトセンター
採用ブランディング・PeopleAnalytics課
杉山 秀樹氏 プロフィール

慶応SFC卒。ITベンチャーでマーケティング/広報/IR/経営企画を経て、HRチームを立ち上げ。採用/組織戦略/ブランディングをリード。その後、メガベンチャーでHR組織を立ち上げ、HR/PRを統括。子供を授かったことを契機に未来を創るため、パナソニックの掲げる「A Better Life, A Better World」に共感して入社し、現職。CoachEdプログラム修了生。


なぜ、「採用ブランディング」が必要だったのか

はじめに、パナソニックに入社されるまでの経歴を教えていただけますか。

 新卒で大手メーカーに就職し、一年ほどでベンチャー企業に転職しました。大きい会社で働くことが私には向いていると思っていたのですが、仕事のスピード感の観点でイメージとギャップがあったことが最初の転職の理由です。その後ベンチャー2社で働く中で、マーケティング、事業企画、経営企画、パブリックリレーションズ、インベスターリレーションズ、人事など幅広い仕事に関わりました。人事責任者まで経験する中で、とりわけ私にとって重要だと感じたのは人材獲得と企業カルチャーに関わる領域です。会社のカルチャーを外部に向けて適切に伝え、カルチャーにフィットした人に入社いただき、活躍を後押しする。これからの社会を考えると、この領域の重要性は高まり続けると考えています。

その経験を生かしてパナソニックに入ったわけですね。

 それまでパナソニックとしてやったことがなかった「採用マーケティング」への取り組みを始めるということでご縁をいただきました。ちょうど私自身が子供を授かった時期でもあり、次の世代が生きる未来をより明るい可能性にあふれたものにしたい、その未来につながる仕事をしたいと考えるようになっていました。そんな折にパナソニックが掲げる「A Better Life, A Better World」という言葉に出会い、強く共感して入社を決めました。入社したのが2016年12月で、その翌月に採用マーケティング室、現在の採用ブランディング・PeopleAnalytics課が立ち上がりました。

採用マーケティング室という前例のない部署が新設された背景にはどのような事情があったのでしょうか。

 社内で感じていた課題と外部環境の変化。この二つがありました。まず社内で感じていたのは「求める人材に来ていただけなくなっているのでは?」という感覚です。当初は勘のようなものでしたが、実際にデータをみてみると一定の要件に合致する人材の出現率が経年で逓減していました。また選考プロセス上のデータをみていくと、接点を十分にとる前のタイミングでそういった方々が離脱していっていることが分かりました。このあたりを何とか改善したいというのが社内における課題です。

 一方、外部環境として大きく三つの変化を重視していました。「情報のオープン化」「若者世代の価値観の変化」「人材の流動化」です。「情報のオープン化」は企業と個人の2軸あります。企業の情報は望むかどうかにかかわらず、企業レビューサイトに情報が日々掲載され、求職者の目にさらされていきます。一方で個人もSNSを通じて積極的に情報発信をしている方も多いので、企業側から容易にアクセスできます。そうした環境をあらゆる前提に置く必要があります。次に「若者世代の価値観の変化」については、特にミレニアルと呼ばれる世代以降で、仕事に情緒的価値や「なぜ働くのか」という意味を求める方が増えていることを指しています。最後に「人材の流動化」ですが、同一企業に勤め続ける人の割合は減り続けています。1社終身ではなく、2社、3社とキャリアを築いていくことがより一般的になっていきます。その中で「カムバック」するケースも多くなるでしょう。一度その会社を離れたとしても、経験を積みまた帰ってきたいと思える。そんなカルチャーや仕組みをつくることがこれからの企業には求められます。

 社内の課題感と、以上のような外部環境の変化を捉えたときにどのようなアクションをとるべきか。その検討を重ねる中で出てきたのが「採用ブランディング」という視点でした。

自社を知り、周囲を知り、相手を知る

採用マーケティング室の役割は当初から明確だったのですか。

 大枠の方向性はありましたが、具体的なことは手探りでした。自分を含めて5人のメンバーと上司というチームで動き出したのですが、最初は仮説を議論しながら手探りで色々なことをまずやってみるという状態でした。手元のデータを分析したり、市場を理解するためにターゲットごとのカルテをつくってみたり、アンケートを設計して頓挫したり・・・。そうした模索を続けてきた結果を今になって振り返って整理してみると4つのステップで捉えられます。「自社を知る」「周囲を知る」「相手を理解する」、そして「その3つを踏まえて戦略を立てる」です。

 さらに、そのステップの前段階として、ブランディングに関する認識を共有することも必要でした。ブランディングにおいて重要なのは、短期ではなく長期的な投資対効果をKPIとすることです。直近の人材獲得にはつながらないものが多分にあるので、採用活動という意味でのROIを正確に立証できないような投資も必要となります。目の前の採用で苦労している担当者からすれば、「お金をかけるなら、目の前の1ポジションを確実に採れるような投資を優先してほしい」という思いも当然ながらあります。そこで、「自分たちの活動はすぐに採用の成果に結びつくものではないが、将来に向けて重要な活動である」という認識をチーム内で共有するところからスタートしています。

一つめのステップから順を追って説明していただけますか。

 「自社を知る」ために二つのアプローチをとりました。「自社の文脈を理解する」ことと「客観的な調査データを見る」ことです。前者について、私たちのチームが属するリクルート&キャリアクリエイトセンターの部課長クラス全員と、なぜ自分たちはパナソニックで働いているのか、何に価値を感じているのか、自分たちの属するパナソニックという組織の「らしさ」とは何かといったことについて話し合いました。そこから出てきたのは「志」と「多様性」というキーワードでした。松下幸之助創業者も大切にしてきた、社員1人ひとりが持つ志。「くらし」という領域と向き合うコングロマリット企業ならではの多様な事業、多様なお客様、多様な文化──。その二つがパナソニックの「文脈(=らしさ)」であると定義しました。

 一方、後者については、外部の調査会社に依頼して、就職活動をはじめる時点の学生が何を大切にしているのか、パナソニックをどうみているのかといったデータをレポートしていただきました。キャリア採用を想定したデータも検討したのですが、現実問題として手が無く、まずは新卒採用視点のデータから見始めました。

結果はいかがでしたか。

 思っていたよりも厳しい結果でした。学生が入社企業を選ぶ際に重視している項目トップ10のうち7項目で平均を下回っていました。ショックではありましたが、自分たちが考える「らしさ」と外部からの視点の間に大きなギャップがあることがよくわかりました。そのギャップを埋めていくためのブランディングこそがまず手を打つべき課題である。そのことが明確になりました。

3つのステップから見えてきたブランディング戦略

二つめのステップは「周囲を知る」ですね。

 「周囲」というのは「競合」のことなのですが、これは業界の競合だけを意味するものではありません。というのも、学生の多くは私たちが思うような視点で業界を絞って就職活動をしているわけではないからです。学生のマインドシェアを奪い合っている企業はすべて競合と位置づければ、例えばベンチャー企業も採用競合になってきます。大手とは異なるアプローチで学生と信頼関係を築かれますので、どのような活動をしているのか理解することは重要です。その上で、「ベンチャーにはできなくて、パナソニックにできることは何か」「その中で業界の他社がやっていないことは何か」という二段構えで考えることにしました。

三つめの「相手を理解する」の「相手」とは求職者のことですか。

 そうです。求職者には新卒も中途も含まれますが、すべてを網羅できませんので採用人数比率の高い新卒採用で行動を始めました。まず対象となる方々のセグメントを区切り、インサイトを把握するために1on1のインタビューや、合計60人ほどの学生を対象としたグループインタビューを実施しました。加えて、独自で価値観を把握するためのアンケートを1,500件以上集めたり、SNS上の情報を分析するソーシャルリスニングの手法でデータを集め、捉えるべきインサイトを整理していきました。

そうして、「具体的な戦略」が見えてきたわけですね。

 結果として見えてきた戦略の軸は、「パーセプションチェンジ」「I(アイ)メッセージの活用」「効果的なチャネル活用」の三つでした。「パーセプションチェンジ」とは対象の方々がもっている認識を変化させ、行動変容につなげることです。学生にパナソニックの認識を聞くと「家電の会社」「大きな会社」と9割の確率で返ってきます。製造業そのものの人気が低下している中、その認識のままで働きたい会社としてパナソニックを選択する方を増やすことは厳しい。ですので「松下幸之助創業者の思いや理念のもと、1人ひとりの志を大切にする会社」という認識を持っていただくことを目指しました。「Iメッセージの活用」とは、求職者が接触する就活系のメディアの記事やイベント等でのプレゼンテーション、採用サイトなどで、会社や事業を主語にせず、「私は~(I)」で志や、自身の仕事への想いを語ることです。この3年間で100名を超える「私の志」を外部メディアと採用サイトで発信してきました。三つめの「効果的なチャネル」とは、SNSを重視した情報流通設計を指します。対象となる方々はメディアを選択して情報摂取しているというよりは、ソーシャルを経由して様々な情報に触れます。ですので、タッチポイントをつくりたい対象の方々に気付いていただけるよう、トレンドを読みながら、SNS広告等を工夫してきました。

「エンプロイージャーニー」をデザインする

取り組みを始めてからの成果をお聞かせください。

 一番の成果はSNSにあらわれています。採用ブランディングの取り組みをはじめた2017年と比較して、2019年にはパナソニックの採用やキャリアに関連する話題でのSNS上の「シェア」や「いいね」の総数が16倍に増えました。

かなりの増加ですね。

 SNS上での「シェア」や「いいね」などのアクションをエンゲージメントと呼びます。SNS上でどのような記事が関心を集めているかを測定するために使われる指標で、私たちも情報発信においてはこのエンゲージメント数を重視しています。採用やキャリアの文脈において、私たちがみている範囲では300~400エンゲージメントある記事はその界隈で話題になっているものだと感じています。一方で、私たちが昨年まで実施していた発信施策においては最もエンゲージメントを集めた記事が3,000エンゲージメント以上、平均しても600エンゲージメント以上を獲得することができました。

大きな成果ですね。

 先に述べた3つのステップを経て実施した取り組みだったからだと考えます。自社、周囲、相手のコンテクストを理解した上で、相手のコンテクストに受け入れられるような要素や伝え方をする。そうすることで、結果が10倍変わることもあるということに、私たち自身も驚きました。コンテクストを読み取り、要素分解して、施策に実装することの重要性を強く感じます。

この動きが、今後採用の質につながってきそうですね。一方、優れた人材を採用できても、組織の内実がその人たちが求めるものと合致していないと、パフォーマンスが上がらなかったり、早々に退社したりすることになりそうです。

 おっしゃるとおりです。重要なのは、外部からの認識(パーセプション)としてのパナソニックと、実際に入社してからの従業員体験(エンプロイーエクスペリエンス)のギャップをなくすことです。認識が100%合うことは現実問題として難しいですが、期待値をすりあわせ、ギャップを最小化していかなければなりません。そのための従業員の視点に立った「エンプロイージャーニー」をしっかりデザインすることが必要です。

 そのために必要なのがピープルアナリティクスです。現状として、パナソニックの場合は組織規模が非常に大きいので、例えば新卒入社した社員が現場に配属されて以降はどうしても採用チームからは遠くなってしまい、入社前と入社後の様子を追っていくことがしにくい状態でした。そこで今年から新卒入社した社員向けに「パルスサーベイ」を試験的に導入しています。毎月といった頻度でWEBアンケートをして状態把握をし、本人と上司の改善行動に活かしていくものです。今後、多くのデータが蓄積されていきますので、それらの情報を活かして「エンプロイージャーニ―」の一貫性をつくり、「エンプロイーエクスペリエンス」の価値を高めていきます。

 そうした観点を持つと、「採用ブランディング」という名称も局所的であるように感じており、最近では「エンプロイヤーブランディング」と言うようにしています。採用というプロセスに閉じず、人・組織・カルチャーのブランド価値を高め、求職者だけでなく従業員やその周囲にいる方々の中にもブランド資産を築いていく。そうした活動になることを目指しています。

ブランディングの2つの本質

今後の展望をお聞かせください。

 この3年の取り組みの中で、仮説として持っていたエンプロイヤーブランディングの重要性が実感値になり、共通の感覚を持つ社員が社内で増えていることをとても心強く感じています。一方で、まだまだ私たちの取り組みの寄与できている範囲は限定的だとも感じます。中長期の目線を持ちながら、より具体的な落とし込みをしていかなければなりません。当社のカルチャーやビジネスとマッチする人材が、きちんと当社の募集するポジションと出会い、ご入社いただき、働く意味を感じながら、活躍してく。一連のサイクルをつくっていきたいと考えています。

 もう一つ、今後の取り組みで重要になるのは、人事の領域を超えたチーム連携です。これまでも企業宣伝を担当するチームと連携を深めてきていますが、今後はコーポレートブランドに携わる部門に加えて、デザイン部門との連携も必要になっていくと考えています。効果的なコミュニケーションデザイン、一貫性をもった体験デザインといった領域の重要性が高まるためです。コーポレートブランド、デザイン、エンプロイーエクスペリエンス。これらは三位一体であるべきで、それが実現することによって人材獲得の競争力も向上していきます。

最後に、これから採用ブランディングに取り組もうとしている他社の人事担当者の皆さんにアドバイスをいただけますでしょうか。

 自分たちの「らしさ」を知ることと、相手の立場に立つこと。その二つが何より大切であると私自身実感しています。多くの場合、魅力を伝えたいがあまりに自社のことを伝えるのが先に立ってしまって、求職者が求めているものは何か、何を不安に感じているのか、その不安を和らげるには何が必要なのかといった視点が希薄になってしまう傾向があります。社内においても同様で、従業員の痛み、不安、志といったものに寄り添うところから始めなければなりません。その上で、エンプロイヤーブランドを高めるためのアプローチは会社や事業が置かれている条件や環境によって変わるものです。手法から考えるのではなく、自分たち自身の理解を深めながら、相手のコンテクストを理解する。そこからすべては始まるのではないでしょうか。

本日はどうもありがとうございました。

取材協力: 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取  材: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))
T E X T : 二階堂尚

(2020年10月)

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