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第43回 20年ぶりに全面刷新
年齢給廃止・ノーレイティングにまで踏み込んだ人事制度改革が目指すもの

サッポロビール株式会社
人事部長
川口尚宏氏

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企業風土の抜本的な改革のレベルにまで踏み込む人事制度の改定を実行していくことは、決して容易なことではありません。サッポロビールでは、20年ぶりに全面刷新した人事制度を2020年1月からスタートさせました。人事考課のランクづけを廃止する「ノーレイティング」も含めた新制度の狙いとその内容についてについて、サッポロビール人事部長の川口尚宏さんにお話を伺いました。

サッポロビール株式会社
人事部長
川口 尚宏氏 プロフィール

1988年サッポロビール入社、地方支社の営業、企画部門を経て2006年サッポロブランド戦略部グループリーダー、2008年東北本部マーケティング部長、2012年北海道本部マーケティング部長、2015年から4年間、ブランド戦略部長。2019年から人事部長。


20年ぶりの抜本的な人事制度改革が目指す姿とは

川口さんは営業、マーケティング、ブランド戦略といった部門を経験して、2019年から人事部長になられたと伺いました。こうしたキャリアステップは、御社ではよくあることなのですか?

 同じ部門でずっと働くケースと、いろいろな仕事を経験するケースと、そのどちらもあります。ただ、ブランド部門から人事部門への異動というのは、あまりないケースかもしれません。個人的にも、まったく予想していなかった異動でした。これまでの人生で一番目か二番目かのサプライズでした(笑)。

2020年は20年ぶりとなる大きな人事制度改革のスタートです。2019年の異動は、新しい制度を社内に定着させ、期待する成果を上げていくための異動という面もあったのでしょうか?

 それも理由のひとつにあったかもしれません。人事部門の経験ではない視点で新しい制度を見ること。またブランド戦略部は社内外各組織との連携し、商品戦略に対する説明、社員を含めた関係者の共感を醸成していくことが求められる部門です。そこで培った人脈や理解・共感を促す力、人や組織を巻き込んでいく経験を、まったく新しい人事制度を定着させるために発揮してほしい。そんな期待がある程度はあったかもしれません。

人事部長に就任された時点で、新しい制度はどの程度できあがっていたのですか?

 大きな骨格はできていました。そこから具体的な制度を策定していくことが私の最初の仕事となりました。他社の先進事例も参照しながら、外部の人事コンサルタントの力も借りて、育成制度、評価制度、賃金制度、再雇用の仕組みなどを具体的に整備していきました。

そもそも、改革の背景にはどのような課題感があったのでしょうか。

 課題はいろいろありましたが、一番大きかったのは、世の中の変化への対応力の強化が待ったなしだ、ということでした。従業員の意識調査や多面観察の結果から、サッポロビールは、新しいことにチャレンジする姿勢や、変化への対応のスピードなどに大きな課題があることがわかっていました。もっとも、これはビール業界の状況にも原因があります。業界全体としてみると、長年、事業の根本を変えてしまうような大きな変革がほとんど起きていません。そのため、他業界と比べて、「大胆な変革がなければ生き残れない」という強い危機感が持ちにくいという面もありました。そのような業界の状況に甘んじず、変化に積極的に対応していける組織を作っていくためには、人事制度そのものを変える必要がありました。

   
そのための制度改定の具体的な柱は、どのようなものなのでしょうか?

 今回の制度改定の目指す姿として、
「挑戦しやすい組織風土つくり」
「変化への対応」
「メンバーの育成」
「成長人財の抜擢」
 を掲げています。

人事制度は本来、従業員の成長を支援するための仕組みであるべきです。しかし、弊社の人事制度は、いつの間にかどちらかというと「管理」の発想になってしまっていました。そこで、「挑戦」や「変化」に加えて、改めて「メンバーの育成」や「成長人財の抜擢」を目指す姿とすることで、管理型制度を育成支援型制度に変えていくのだ、という意思を明確に示しました。



「タテの視点」で比較できる制度が生み出す意識の変化に期待

育成支援型の制度について、具体的に教えてください。

 この変革の本質的な狙いは、「処遇決定」と「育成」を明確に分けることで、各現場の管理職のマネジメントを管理型から支援型にシフトさせることです。 具体的には、「従来の評価制度の廃止」「年間考課ランクづけの廃止」が大きな柱となります。

まずは、「従来の評価制度の廃止」についてお聞かせください。

 まず、「ストレッチゴール」という新しい概念を導入しました。「達成可能な目標」ではなく「チャレンジングな目標」を設定するという考え方です。ストレッチゴールにおいて重視されるのは、所属組織のビジョン実現にどう貢献するか、またそれが自身の成長にどうつながるかといった点です。評価も、結果よりも「どれだけのチャレンジをしたか」に主眼を置きます。

また、従来の「目標管理」は、「パフォーマンスレビュー」と名称を変更し、「個人の目標をどれだけ達成したか」ではなく、「組織の目標にどれだけ貢献したか」という視点で評価を行うように、その内容を大きく変えました。

チャレンジを評価する、あるいは組織目標への貢献度は、数値だけでは測りにくいのではないでしょうか?そうなると新たな評価はなかなか難しいようにも思います。

 「ストレッチゴール」についてはチャレンジングな目標設定とそれに取り組む姿勢がそのまま評価につながる、というのが基本的な考え方です。つまり、高い目標を設定しチャレンジすれば評価されるということです。「パフォーマンスレビュー」については各メンバーの目標に対する成果、組織の目標にどう貢献しているかを判断することになります。具体的に数字で示せる部署は比較的貢献度を測りやすいですが、定性的な評価にならざるを得ない部署は評価が難しい面はあります。いかに目標の設定を適切に行うかがポイントだと思いますが、私自身も悩みながら評価の方法を見定めているところです

そして、これまで「コンピテンシー評価」としていたものは、「スキルレビュー」に変更しています。以前は、求められるスキル項目を役割ごとに定めていましたが、今回はスキル項目を統一し、役割に応じて求められるスキルレベルを役割ごとに設定しました。そして、個々人は役割ごとに求められるレベルに応じて評価される──。それが新しい制度の考え方です。

この仕組みのメリットは、それぞれのスキルレベルをいわば「タテの視点」で比較して見ることができるところにあります。求められるレベル以上のスキルを発揮しているのか、それ以下のスキルレベルしか発揮できていないのか。あるいは、上位役割者や下位役割者と比べてどうか。そのような視点でそれぞれのスキルレベルを見ていくと、下位役割者が上位役割者以上のスキルレベルを発揮しているケースも、その逆のケースもあることが明らかになります。それは昇格や降格の一つの判断基準になります。また、このことで「年功序列」という考え方から離れることができ、若手人材の抜擢を後押しする働きも期待されます。

年間考課ランクづけの廃止に期待される効果

もうひとつは「年間考課ランクづけの廃止」ということですが、これは、人事考課において数字や記号でランク分けするという考え方を廃止した、ということでしょうか?

 はい。管理職が管理型のマネジメントから支援型のマネジメントにシフトし、メンバーの育成に注力するために、これまでの人事考課で行っていた年間のランクづけを廃止しました。

そのひとつの理由は、従来の「ランクをつけるための時間」を「メンバーの力の発揮度合いを見ながら、これからどう育成していくかを議論する時間」に変えていきたかったからです。そのために「人財育成会議」という新しい取り組みを始めました。いわゆる上長会議ですが、評価を目的とする会議ではなく、スキルレビューやストレッチゴールのチャレンジ度をベースに、一人ひとりのメンバーの育成について語り合う場です。ポイントは、メンバーの直属の上司だけでなく、他の上長の視点も加えながら、より多面的な育成方針を立てていく点にあります。会議体によるタレントレビューと言えばわかりやすいかもしれません。

また、考課ランクを廃止することで、評価のフィードバックのあり方を変えるという意図もありました。これまでのフィードバックは前年の考課ランクを伝えることが主になっていて、結果が良かった、悪かったというシンプルな評価で終わってしまうケースが少なくありませんでした。また、考課ランクが、昇格判断など様々な制度に紐づいているために、バイアスがかかる可能性があるという懸念もありました。ランクを廃止することで、それぞれの強みや弱みについてより具体的に話し合って、今後の成長への見通しを立てることができるようになると考えました。

ランクを廃止することで、上司からのフィードバック、部下への関わりの質を上げる効果が期待されているということですね?

 まさに、上長と各メンバー、あるいは上長同士の対話を重視した改定です。特に上長とメンバーとの緻密なコミュニケーションを前提とした制度ですから、1on 1ミーティングの実施も推進しています。もともと社内の人間関係が希薄だったわけではないのですが、これまで上長と部下の公式の面談は年に3回ほどしかなく、個々人の目標設定も年初に一度決めたらそれきりでした。新しい1on 1ミーティングは月に一回実施、パフォーマンスレビューも半年で目標達成の度合いを確認し、かつ年度途中で目標を変えることも可能としました。

ランクづけ廃止は、改定の一つの柱である「成長人財の抜擢」にどう関わってくるのでしょうか?

 今回の改定では、「評価を暦年で残さない」としています。その人の評価は常に「その時点での評価」であり、過去の評価は人事考課に反映させません。過去の評価を累積させる考え方を採ってしまうと、昇格のスピードがどうしても遅くなってしまいます。つまり、「キャリアの滞留」が発生するわけです。過去の評価にこだわらなければ、「今優秀な人は誰か」という視点に基づいて人財を登用することが可能になります。

この仕組みなら、若手の優秀人材だけではなく、産休、育休を経た社員が昇格や昇給の機会を失うこともなくなりそうですね。

 いわゆる「マミートラック」ですよね。産休や育休から復帰したあとの働きを評価されるので、そうした経験をした女性に不利な要素は解消されています。女性活躍を推進できる制度と言っていいと思います。

昇格・降格の決定権限を現場の事業場長に移譲

こうした制度の下で、管理職への昇格はどのような仕組みになっているのですか?

 各事業場の上長の推薦を得た上で、本社の面接を経て昇格が決まることになります。その人が管理職にふさわしいかどうかを最初に判断するのはあくまでも事業場長で、ここでも過去の考課ランクなどは参照されません。優秀な若い社員が早い段階で管理職になれる仕組みになっています。

事業場長の判断にガイドラインなどは設けているのですか?

 客観的な視点で判断できるよう、昇格候補者を決める会議に人事担当が参加し、加えて外部のアセスメントも活用します。例えば、他社の社歴が同じ社員と比較して、その人のビジネススキルがどのくらいのレベルにあるかといった客観的指標を用意し、その上で事業場長が最終的に推薦するかどうかを決めることになります。

事業場長のマネジメント力や判断力が問われる制度でもありますね。

 考課ランクに頼ることができないという点では、まさにおっしゃるとおりです。以前は、事業場から上がってきた考課ランクを本社が承認して本人に伝えるというプロセスを踏んでいたので、「最終的に本社による考課」という印象が強かったのですが、新しい制度では事業場長に説明責任が生じることになります。何がよくて何が悪かったのか、どこが優れていてどこが足りないのか──。そういったことを現場のメンバー一人ひとりに、自分の言葉で伝えなければなりません。事業場長の「逃げ」を許さない仕組みとも言えるし、事業場長が自分の裁量でいろいろなことを判断できる自由な仕組みとも言えます。

事業場長の中には、負担が増えたと考える人もいるかもしれませんね。

 確かに負担は増えますが、その負担を一人で背負わなければならないわけではありません。例えば、先に説明した「人財育成会議」は負担を軽減する仕組みの一つです。これによって、ほかの上長の意見を参考にしながら部下を評価できるからです。2020年の9月から11月にかけて、全国70カ所の事業所で人財育成会議のデモンストレーションを行いましたが、多くの事業場長はこの新しい仕組みに新鮮さを感じて支持してくれています。

ピープルマネジメントの力が磨かれることになると考えれば、事業場長の皆さんの成長につながる仕組みとも言えそうです。そうやってマネジメント力を身につけた人たちがより上層の幹部になっていけば、会社の成長の推進力になるのではないでしょうか。

 もちろん、新しい仕組みを導入したからといって、すべての事業場長が一足飛びにマネジメント力を身につけられるわけではないと思いますが、大いに期待はしています。

年齢給完全廃止に込められたメッセージとは

では、昇給はどのようにして決まるのですか。

 スキルレビューでそれぞれの役割に求められるスキルレベルで仕事ができていると判断されれば、基準に合わせた昇給が決まります。また、求められる役割以上のスキルレベルであれば基準以上の昇給となり、逆に役割以下のスキルレベルであれば昇給額は基準以下もしくはゼロとなります。さらに、現在の役割に比べて上位役割のスキルレベルを発揮できていると評価されれば、昇格することになります。昇給も降給も昇格も、決めるのは基本的に事業長です。

降格もありうるわけですね。

 ありえます。これも事業場長の判断になります。

年功的昇給はすべて廃止したのですか。

 以前は成果累積給(勤続年数よる積み上げ)と役割給の二本柱でしたが、今回の改正で成果累積給は完全になくし、役割給一本にしました。役割給にはある程度の幅はありますが、昇給はその幅の中でストップします。それ以上の昇給を目指すなら、上位役割に上がる必要があります。年齢や社歴に応じてみんな一緒に昇格するのではなく、優秀な人が昇格する。だから、ぜひ上位役割をぜひ目指してほしい──。社員へのそんなメッセージが新制度には込められています。  

管理職の賃金の仕組みはどうなっているのですか。

 職務給一本にしました。したがって、職務が変われば給与が下がることもありえます。ジョブ型処遇と言ってもいいと思います。これも今回の改革で大きく変わった仕組みの一つです  

サッポロビールグループには、ポッカサッポロフード&ビバレッジ、サッポロライオン、サッポロ不動産開発といった企業があります。新しい制度は、グループ企業にも一律で適用されたのでしょうか。

 今回はサッポロホールディング、サッポロビール、ポッカサッポロフード&ビバレッジの3社で同じ制度にしました。グループ3社では人事制度自体は共通なので、会社間の「越境異動」は格段にしやすくなりました。  

人事制度がこれだけ大きく変わると、社員の皆さんの戸惑いも大きいと思います。制度を定着させるためにどのようなコミュニケーションをしたのでしょうか。

 新制度がスタートしたのは2020年1月からでしたが、19年中に各事業場の上長に向けに計3回の説明会を実施し、社員向け説明会も人事担当役員と手分けをしながら全国の事業場で行いました。私だけで40カ所くらいは回ったと思います。同時に、組合員向けに説明用パワーポイントを音声入りで作成し、組合本部からも全組合員に案内してもらいました。  

 かなり地道で徹底した周知活動をやった自負はありますが、それでも社員全体の関心が高かまったわけでは必ずしもありません。そもそも、人事制度に関心のある社員はそう多くはないからです。制度の運用が始まって、評価されたり、賞与の額が変わったりして初めて「ああ、これが新しい制度か」と実感するのだと思います。

社員の皆さんの中には、変革に批判的な人もいましたか。

 社内アンケートの結果を見ると、多くの社員はポジティブに捉えてくれているようです。コミュニケーションが以前よりも活発になって、自分のパフォーマンスの現状が理解できたり、評価への納得感が高まったりしていることが好意的に受け止められているのだと思います。

この変革のインパクトは、2、3年くらい後になって大きく表れそうですね。

 多くの社員が実際に効果を実感するのは、何年か運用してからとなるでしょう。新しい制度は、社員にとっては厳しい側面がある仕組みです。過去のレイティングの蓄積が考慮されず、各年の働きだけで評価されるわけですから。一方で、若くて優秀な人たちが正当に評価されやすい制度でもあります。やる気のある若手社員にとっては大きなチャンスが待っています。そういった本質への理解が徐々に深まっていき、変化に対応して挑戦していく企業文化醸成につながっていくよう取り組んでいきたいと考えています。

本日はどうもありがとうございました。

取材協力: 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取  材: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))
T E X T : 二階堂尚

(2020年12月)

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