第35回 一般化の落とし穴

前々回、前回の続きで、『奇跡のリンゴ』から。

リンゴ栽培を少しでも知る人なら「不可能」が常識以前であった、「無農薬リンゴ栽培」を実現した木村秋則氏の話です。

前回、前々回と、違う角度からもご紹介していますので、ご興味にある方は是非。

「奇跡のリンゴ」

「病気や虫は、むしろ結果」

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無農薬リンゴ栽培を成功させた木村氏は、その経験と知識、技術を惜しげもなく他の人に教えて、サポートをしています。

その木村氏に、建築会社の社長を退いたSさん(当時60歳)が、無農薬リンゴ栽培を始めたいと、木村氏に弟子入りをします。

600本のリンゴの木の栽培を始めた当初は、木も元気がよく、Sさんは「このまま楽勝じゃないか」と思ったといいます。

ある日、そうしたSさんのリンゴ畑を訪れた木村氏は、地面の雑草を見て、Sさんが木村氏の指導を実行していないことに気がつきました。

前回、少しお話しましたが、木村氏の栽培の成功の最大の要因のひとつは、自然に限りなく近い、ふわふわのやわらかい土づくりです。

木村氏は、リンゴの木の病気や害虫に対して、農薬の代わりに、薄めた酢を散布します。

通常の農家では、液体を畑に撒く場合、スプレーヤーというトラックのような噴霧機を使って、短時間で散布作業をするのが常識だそうです。

しかし、木村氏は、自然で柔らかい土を保つために、何百本という木に対しても、背中に酢を入れたタンクを背負って、手で一本一本に酢を振りかけていきます。

丸一日歩きっぱなし、酢まみれになる作業です。

そうした話を聞き、「スプレーヤーは絶対に使うな」と言われていたSさんは、しかし、数回にわたってスプレヤーによる酢の散布を行っていたのでした。

木村さんは下草の折れ具合で、そのことを見破ってしまいました。

木村氏から注意を受けたSさんは、その場では謝ったものの、「なぜどの農家も普通に使っているスプレーヤーを、まったく使ってはいけないのか」とう疑問を心に抱えたままでした。

スプレーヤーなら1時間半ですむ散布作業が、手散布をすると数日かかってしまうからです。「なぜ、そんな非効率なことを・・・」Sさんの偽らざる気持ちでした。

さて、秋が近づくにつれて、Sさんのリンゴ畑では、枯れて落ちる葉、病気で変形してしまう葉が爆発的に増え、ほとんどのリンゴが病気にかかってしまいました。

慌てたSさんは、木村氏に指示を仰ぐために電話をします。

その電話口で木村氏が言ったことは、一刻も早く酢を散布すること。

そして、Sさんが耳を疑ったことに、「スプレーヤーを使ってもいいから」と。

あれほど口を酸っぱくして、「スプレーヤーは決して使うな」と言い続けていた木村さんが「スプレーヤーを使っていいから」と言った。。。

Sさんはその意図を図りかねて、しばらく考え込んでしまいました。

「答えはリンゴに聞け」という木村氏の言葉を思い出したSさんが畑に出てみると、リンゴが狂い咲きを始めていました。

秋に花が咲いてしまった枝には、その次の年には花がつかず、従って、翌年の収穫がないということを意味します。

それを見たSさんは、自分が手抜きをしたきた未熟さに気が付き、手散布を行うことを決心しました。

実はこれは、木村氏の賭け、でした。ここでスプレーヤーを使うようであれば、Sさんはいずれ必ず挫折する。それを見極めようと思ったのです。

その年、Sさんの畑からは、結局、数個のリンゴしかまともに収穫できませんでした。

木村氏の畑で収穫が行われている日、Sさんはわずかに採れたリンゴを持って、木村氏を訪れました。

そこで木村氏がSさんにこの1年の感想を聞きました。するとSさんは、

「がっかりしたけれど、これが自然農法の現実かなと。」 

その感想に対して、木村氏は直接答えず、このように言いました。

「技術は、心があってあとから伴ってくるものなんですよ」

「こんなに頑張ったリンゴの木にねぎらいの言葉をかけてあげてくだい」と。

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私は、この場面はDVDの動画で見ていたのですが、「自然農法の現実」という言葉を聞いたとき、何か違和感を覚えたのです。

ただそのときには、「確かに数百本のリンゴの木から数個のリンゴという現実は厳しいものだ」と思ったので、その違和感が何なのか、あまり突き詰めて考えませんでした。

しかし、後になって、「『自然農法』の『現実』」と、今そこに起きている有機的な事柄を、一般的で概念的な言葉に置き換えてしまった瞬間に、大事なものを落としてしまう、と気がついたのです。

ドキュメンタリー内で大半の話をしている木村氏の口からは、こうした一般化されたような言葉は出来木ませんでした。

それに耳慣れた後に突然そういった言葉が出てきて、違和感を感じたのでしょう。

そして、私もSさんのように、結構多くの場面でそういう考え方をしているのではないか、と考えさせられました。

「『成果主義』は『限界』があるよね。」

「今さら、『年功序列の人事制度』ではないのでは?」

「『最近の若者』は、『バランスのとれた』働き方をしたがる」

などなど。

言語化することは、ある事柄を理解し、共有するためには重要な作業であることは間違いありません。

しかし、そのことに頼りすぎてしまったとき、私たちは本来目指すべき方向を見失って、自己満足(不満足)の罠にはまってしまうのではないか、と思います。

これから、当たり前と思ってる言葉を安易に使ってしまったときには、その意味をちょっと立ち止まって考え直してみよう、と思った次第です。

皆さんはどのようにお考えになるでしょうか?

今回参考にした書籍・DVD

『奇跡のリンゴ』 石川拓治・著 幻冬社
「プロフェッショナル 仕事の流儀/農家 木村秋則の仕事 りんごは愛で育てる」NHKエンタープライズ

(2008年12月12日)

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