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同時代性のトラップに掛からないために、「"近"過去」にタイムスリップして学べ!

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『逆・タイムマシーン経営論』  楠木健・杉浦泰 著
日経BP社 2420円

- 評者

大島由起子 インフォテクノスコンサルティング株式会社
Rosic人材・組織ソリューション開発室/
人材・組織システム研究室 管理者














概要

 500ページを超えるビジネス書ながら、20万部を超えるロングセラーを記録している、『ストーリーとしての経営戦略』の著者である楠木健氏が2020年に発表した一冊。共同執筆者である杉浦泰氏は、大学時代から日本企業の社史研究に没頭し、数百社に上る会社の歴史の比較検討を続けている人物。その理解を深めるために、社史にとどまらず、各種経済メディアの過去60年にわたる記事も追いかけ続けています。以前から、過去の記事のアーカイブから洞察を得ることの有用性を感じていた楠木が、そんな杉浦氏に出会ったことで、本書が生まれました。

 これまで、「タイムマシン経営」という考え方が有効とされてきました。これは、「未来」を実現していると考えられる国や地域、例えばアメリカやシリコンバレーなどで萌芽している技術や経営手法を、日本でいち早く取り入れることで、競争優位を獲得しようとするものです。その考え方を反転させたのが、本書でいう「逆・タイムマシン経営論」です。

 旬の言説や流行は、その時代時代のステレオタイプ的な発想から逃れることは難しく、その時代のど真ん中にいる情報の受け手は、自分たちの思考や判断にバイアスがかかっていることに気がつくことが難しい。その結果、しばしば意思決定を誤ってしまう。こうした構造を「同時代性の罠」と名づけ、そうしたことが延々と続いているのではないか、そこから逃れる知恵を持つべきではないか、というのが著者たちの問題意識であり、その解決方法として、「"近"過去から学ぶ」という「逆・タイムマシン経営論」を展開していきます。

 今で言えば、「DX」や「AI」「IoT」「サブスクリプション」などが、ここでいう「旬の言説や流行」といえるでしょう。過去にこれらと同じような位置づけにあった数々の「言説や流行」を、過去の記事から紐解き、それらが同時代ではどのように受け止められ、結果どのような末路をたどったのか。その構造を、以下の3つのカテゴリに分けて検証していきます。
「飛び道具トラップ」:旬の経営手法やツールを取入れればたちどころに問題が解決し、すべて上手くいくと思い込んでしまう。
「激動期トラップ」:「今こそ激動期」という言説を信じ、その高揚感、危機感から行動を起こしてしまう。
「遠近歪曲トラップ」:「遠いものほど良く見え、近いものほど粗が目立つ(空間的にも時間的にも)」という認識のバイアスにとらわれてしまう。

 「新聞・雑誌は10年寝かせて読め。過去の記事は最高の教材だからだ」との提案通り、「ああ、そういえばこういうことあった!」という事例がふんだんに紹介され、時代の熱気が去ったあとに見えてくる本質に愕然とさせられることになります。

 「これからは〇〇〇を知らないと乗り遅れる」、「激動の時代には△△△が必須」「×××(遠い場所)はこんなに進んでいる(優れている)」という言説が溢れかえる現代を、賢く乗り切っていくための指針となる一冊です。

<目次>

はじめに 「逆・タイムマシン経営論」とは何か
 第1部 飛び道具トラップ
    第1章  「サブスク」にみる同時代性の罠
    第2章  秘密兵器と期待された「ERP」
    第3章  「SIS」の光と影
    第4章  「飛び道具サプライヤー」の真理と論理
    第5章  「飛ぶ道具トラップ」のメカニズム

 第2部 激動期トラップ
    第6章  「大きな変化」ほどゆっくり進む
    第7章  技術の非連続性と人間の連続性
    第8章  忘れられた「革新的製品」
    第9章  激動を錯覚させる「テンゼロ論」
    第10章 ビジネスに「革命」はない

 第3部 遠近歪曲トラップ
    第11章 「シリコンバレー礼賛」に見る遠近歪曲
    第12章  半世紀にわたって「崩壊」を続ける「日本的経営」
    第13章  人口は増えても減っても「諸悪の根源」
    第14章  海外スターCEOの評価に見る遠近歪曲
    第15章 「日本企業」という幻想
おわりに

お勧めのポイント

 本書は、複雑に変化していくビジネスの背後にある本質的な論理を見抜き、経営センスと大局観を体得することを目的としています。いってみれば、後から後からでてくる新しい言説や刺激的な流れの中で、自らの判断の軸をぶらさないための「思考の型」「知的作法」を考える内容となっています。

 私自身、IT業界、そのなかでも「人事」「組織マネジメント」という分野で17年以上仕事をしてきました。 著者が、いみじくも、「ITを使ったシステムやツールの歴史は、『飛び道具トラップ博物館』の様相を呈している」と言い切っているように、数年おきに、最近では毎年のように、新しいキーワード、「夢のツール」「万能の方法論」が現れています。しかし気がつくと、喧伝されていたような成果が見られることもなく、多くのものが人知れず消えていく、そんな世界にどっぷりと浸かってきました。

 人事系のシステムの世界では、「〇〇〇アワード」といった表彰イベントがあるのですが、そこで表彰されたシステムが、数年後、言われていたような機能が提供できず、結局会社自体が解体した、ということが実際に起こっています。しかし、そうしたことが取り上げられ、検証されることもなく、また、「新しい」「夢のような」システムが、「〇〇〇アワード受賞!」のマークを、大々的に広告に使って集客するという状況が、粛々と続いています。

 そうした流れは止まるどころか、ますます加速していく状況に無力感を覚えていたところに、本書が、その構造を明快に解き明かしてくれました。

 そこまでの危機感や違和感を、具体的に持っていない方にとっても、
✔ 同じく「サブスクリプション」をビジネスモデルに組み込んだのに、
  大成功した「アドビ」と、半年で撤退した「AOKIホールデングス」の
  違いはどこにあったのか?
✔ 自動車業界を騒がせ、大規模合併ブームも引き起こした「400万台」
  クラブの末路は?
✔ 「3Dプリンター」「グーグルグラス」「ゼグウエイ」の現在地は?
✔ 30年前の「ユニコーン企業@US」は、現在どのようになっているのか?
などなど、目からうろこが落ちるようなエピソードが満載です。

 私が特に肚落ちしたのは、「文脈乖離」と「手段の目的化」という罠についてでした。これはビジネスの世界で、想像以上に多く起きていることだと感じます。

 ともかく、だまされたと思って、是非読んでみてください。そのうえで、今、巷にあふれるキーワードや流行と今一度向き合ってみることをお勧めします。

(2021年6月2日)

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