特別対談

第3回 従業員一人一人の力を伸ばしてサービスの質を向上させる施策を学ぶ(前半)

第3回 従業員一人一人の力を伸ばしてサービスの質を向上させる施策を学ぶ(前半)

石崎 隆浩氏
ヤマト運輸株式会社 人事総務部長

橋本 圭司氏
株式会社ロフト 人事部 部長

【ナビゲーター】
楠田祐(戦略的人材マネジメント研究所 代表)


石崎 隆浩(いしざき たかひろ)氏 プロフィール

石崎 修三 1982年 ヤマト運輸株式会社入社。1988年 向島営業所長。
2003年 東京支社 副支社長、東京都全域を担当する東京支社の財務・人事の実務責任者として勤務。
2004年 本社人事総務部社員福祉センター長。14万人の社員の福利厚生業務を企画・立案。
2008年 本社人事総務部長 現在に至る。

橋本 圭司(はしもと けいじ)氏 プロフィール

橋本 幸彦 1982年 大学卒業後、地元金融機関に入社 コンピューター室配属でプログラマーの仕事に従事。(株)西武百貨店へ転職 つかしん店 経理に配属。
1990年 梅田ロフト店 開店メンバー。
1997年 (株)ロフト 本部 予算管理。
1998年 大宮ロフト開店メンバー 管理課長。
1999年 本部 財務。
2002年 本部 総務。
2005年 本部 人事(現職)


従業員のやる気をいかに引き出し、それをビジネスの成功に結びつけていくのか。そのために、どのような評価制度や人事施策が有効なのか、人事担当者にとって永遠の課題のひとつでしょう。今回は、従業員一人一人の力を伸ばしてサービスの質を向上させるために、大規模かつ大胆な施策を実行している2社の人事責任者にお越しいただき、具体的な取り組みについてお話を伺いました。

豊富な現場経験をもって人事部長に

【楠田】 
本日は、ヤマト運輸の人事総務部長の石崎さんと、ロフトの人事部長の橋本さんにお越しいただきました。両社は、お客様へのサービスの質の向上のために、従業員のやる気を引き出していく人事施策を実施していると伺っています。この対談では、そのあたりを中心にお話を伺っていきたいと思います。

石崎さん、橋本さん共に、人事一筋ではない人事部長だと伺っています。まず、現場から人事にきてどう感じたかと、その後の人事でのキャリアについて教えてください。

【石崎】
私が人事総務部門に配属になったのは、2004年、今から約6年前になります。1983年にヤマト運輸に入社して2004年まで、基本的に現場におりました。

【楠田】
人事部門には異動希望を出されたのですか?

【石崎】
いえ、特に希望はしていませんでした。当時は東京支社の副支社長をやっていて、3万人くらいの従業員を預かっていたのです。そこで現場の声として、「福利厚生制度の使い勝手がよくない」とか、「人事制度のここの部分は改善の余地があるんじゃないか」など、いろいろと意見を出していました。そうしたら、「そんなに言うなら、自分で改善しなさい」と。人事総務部の中に、社員福祉センターという部署があるのですが、最初はそのセンター長を任されました。しばらくして、「福利厚生だけでは甘い。労務もやりなさい」と言われて、労務の課長も兼任することになりました。

【楠田】
労務を担当することになって、戸惑いはなかったですか?

【石崎】
それはありませんでした。おそらく、現場で運用している立場が長かったので、まったく初めてという感じがしなかったからでしょう。また、組合の会計監査に携わっていたこともあって、会社側・組合側両方から労務問題に触れて、全体像は理解していたのだと思います。

【楠田】
橋本さんはいつ、人事部に異動されたのですか?

【橋本】
人事部に異動したのは、2005年です。そもそも、人事部の異動以前に、私がロフトで働くに至るまでには、紆余曲折があるんです。新卒で入社したのは、地元の金融機関でした。親に説得される形で勤め始めたのですが、もともと流通業界に行きたいという気持ちがあったうえに、配属されたのが知識も興味も乏しいコンピュータ室。正直、仕事を楽しむことができませんでした。そんなとき、西武百貨店の「つかしん」が地元にできて、街づくりをするという情報が入ってきました。そこで人材も募集していると。入社3年目でしたが、ここで西武百貨店に転職することになったのです。

【楠田】
スタートは、西武百貨店だったのですね。

【橋本】
はい。やっと、希望していた流通業界に入りました。そこでは食品売り場か外商セールスをやりたいと希望したのですが、「銀行出身だから経理をやってほしい」と言われて、経理に配属になります。実は、銀行で働いていたといっても、コンピュータ室ですから、実際にお金を触ってはいなかったのですが(笑)。

そうこうしているうちに、梅田にロフト店を出店することになりました。当時は、西武百貨店の梅田ロフト店という位置づけでした。ですから、私は西武百貨店の社員として、たまたま配属された先が、梅田ロフト店だった、というのがロフトとの付き合いの始まりです。

1996年にロフトが分社独立するときに東京に異動になり、ロフト本体の経営企画部門で予算管理に携わりました。その後、大宮店で管理部の課長、本社に戻って財務・総務と、人事以外の管理系の仕事はほとんど経験してきました。

【楠田】
そこで、人事に異動希望を出された?

【橋本】
いえいえ、私も自分で希望は出していません。正直、人事への異動はある日突然という感じでした。しかも、最初から人事部長としての配属でしたから。

【楠田】
人事経験がないけれど、いきなり部長という立場。戸惑いはありませんでしたか?

【橋本】
正直、1、2年で成果を出せなかったら次を考えよう、と腹をくくっていました。会社の中を見渡すと、私くらいいろいろな種類の仕事をしている人はあまりいません。また、もともと新しいことに挑戦することが好きで、それまでも新しい部門や職務に就いた時には、戸惑って萎縮するというよりは、目についた問題点を見つけ出して、積極的に改善するということを実践してきました。ですから、人事に異動したときも、それまでの異動と同じ感覚でスタートしました。

【楠田】
では、人事でもさっそく改革・改善を行ったのですか?

【橋本】
それが、これまでのように新しいことに挑戦しようと思っていたのですが、最初の1〜2年はなかなかできませんでした。人事関連で何かを変えようとすると、基本的に全社員の処遇や生活に影響します。ですから、何かを変えるためにはものすごいパワーと時間が必要だということを痛感しました。今、人事に異動してきて6年目になりますが、やっと成果を出せるようになってきたところだと思います。

生産と消費が同時に起こる無形のサービスの質を上げていくための360度評価

【楠田】
では、具体的な人事制度の話に移りたいと思います。ヤマト運輸さんでは、セールスドライバー全員に対して、360度評価を実施していると伺っています。まず、その制度が導入された経緯を教えてください。

【石崎】
まず、弊社では、会社を支えているのは誰なのか、という認識合わせが徹底しています。これは私が入社した当時から言われていたことですが、「ヤマト運輸が大きくなってきたのは、決して宣伝が上手かったからではない。現場でお客様に対するセールスドライバーの人柄と誠実な仕事が支持されて、大きくなってきたのだ」と。

ですから、今の制度を導入することになったのは、会社を支えて頑張っているセールスドライバーを正しく評価する仕組みはどういうものだろうか、努力の結果がお客様からどう見られているかを測るためにはどうしたらいいのだろうか、という問題意識が出発点でした。つまり、既成の「360度評価」を導入しようとしたというよりは、問題意識に応えようとした結果が、「360度評価」だった、ということです。

宅急便は、サービス業であり、生産と消費が同時に起こるという性質を持っています。そして、サービス業は製造業と違いお客様に出す前に「不良品」を取り除くことができないのです。セールスドライバーがお客様と接するその瞬間に、サーブビスに対する評価が決まるわけです。しかも、彼らは、一旦外に出たらすべての仕事を一人で完結していかなくてはなりません。お客様に最善のサービスを自ら考えて実践するのです。「360度評価」はこうした重要なポジションにいる人たちを評価し、更に質の高い仕事をしていってもらうための制度であるとの重要性はご理解いただけるのではないかと思います。

【楠田】
そうした基本的な認識は、宅配業スタート時から変わらないのですね。

【石崎】
そうですね。会社を支えているのはドライバーであるという認識にブレはありません。ただ、サービスを誰に対して提供するのかという方向は変化しています。運送業では誰に対して「ありがとうございます」と言うのか、というポイントです。通常は、荷物をお預かりするとき、委託者からお金をいただくときに、感謝をするというのが大前提だと思います。つまり、荷物の委託者がお客様であると。ヤマト運輸も当然のことながら、宅配業を立ち上げてから30年くらいはそうした基本軸でやってきました。

そうなると、荷物を出す人の利便性を高めるのが一番、ということになりますね。宅配業開始当時は、郵便小包は郵便局まで持っていかなくてはならない。いろいろな荷札をつけなくてはならない、紐もかけなくてはならないと、いろいろな制約があったところ、ヤマト運輸では、梱包のルールが少なく、しかも家まで取りに来てくれるといったサービスを提供したわけです。

更にお客様の利便性を追求するためにここ4、5年は、受け取る側へのサービスにも軸足を置くようになりました。その背景には、「ヤマト運輸は、荷物を通して思いを届ける」という考え方があります。単に荷物だけではなく、委託者の思いも届けると。すると、受け取る側へのサービスも視野に入ってきます。ですから、受け取りの時間指定ですとか、決済のサービスなど、受け取り側の利便性を向上するサービスがどんどん導入されてきました。

こうしてセールスドライバーのサービスの範囲も広がってきて、ますます彼らの役割が重要になってきているというのが、制度導入の背景にあります。

また、弊社の営業拠点は全国で約4000カ所、その下に集配センターが約6000あります。そこにセールスドライバーが所属し、日々お客様に荷物を運び、集荷をしています。ひとつのセンターに所属するのは7〜15人。そこには「センター長」はいますが、あくまでプレイングマネージャーという役割であって、いわゆる管理職はいないのです。

【楠田】
フラットな組織、ということですね。

【石崎】
はい。その背景には、弊社の社長であった小倉昌男が掲げた「全員経営の実践」という考え方がベースにあります。具体的には、「経営の目的や目標を明確にしたうえで、仕事のやり方を細かく規定せず社員に任せ、自分の仕事に責任を持って遂行してもらう」ということです。これは、先ほどお話したように、セールスドライバーは一旦外に出たら一人で判断し行動しなくてはなりません。ですから、目的と目標を理解したら、あとはお客様へのサービスを第一に考えて行動することが要求されるのです。

面白い話があるのですが、あるドライバーが、あるお宅で大きな声で呼びかけたところ、小さなお子様を起こしてしまって怒られた。しかし、別のお宅で小さな声で呼びかけたら、お年寄りだけの世帯で声が聞こえなかった。このように、「お客様には、大きな声で呼びかけましょう」とか、「迷惑にならないように小さな声で呼びかけるべき」といった、マニュアル的な対応では不十分なのです。その時々で、お客様にとってのベストは何かを考えて、カスタマイズする。そういう判断のできるドライバーを育てる、というのが全員経営の基本なのです。

そのために考えられたのが、「全員経営に必要な6つのポイント」です。

  1. 同一目的 ― 全員が同一の目的を持つ
  2. 情報共有 ― 全員が情報を共有する
  3. 業務参画 ― 全員が、業務に参画する
  4. 自主性・自律性 ― 全員が、自主的・自律的に行動する
  5. 多機能 ― 全員が、多機能をこなす
  6. 成果配分 ― 全員が、成果の配分にあずかる

この考え方を実現するためには、「小集団で一人一人が当事者意識を持てる組織」が答えでした。その組織のイメージは、「ぶどう」です。大きなひとつの果実ではなく、一粒一粒が独立しているけれど、ひとつにまとまっている、ということです。また、我々の仕事をスポーツに例えると、野球よりはサッカーに近い。そんな中で働くセールスドライバーの評価の方法として適切なのが、「360度評価」だったということです。

【楠田】
なるほど。なぜ、大変なパワーをかけても、セールスドライバーの方々全員に360度評価を行うのか、その背景が理解できました。

新鮮な商品を高回転でまわしていくスピード感の中でサービスの質を上げるための、全員「ロフト社員」化

【楠田】
では、具体的な制度の説明をいただく前に、今度は橋本さんに、全社員をすべて「ロフト社員」として一元化したときのお話を伺いたいと思います。まず、その決定に至る背景を教えていただけますか?

【橋本】
まず、ロフトの特徴を挙げろと言われたら、「多品種」ということになりますね。取り扱い点数は55万点に上ります。ただ、例えば、渋谷のロフトに55万点がすべて揃っているというわけではなくて、渋谷店ではそのうち9万点ほどが並んでいます。もちろん、全店に共通の必須商品はあるのですが、それ以外は各店舗が55万点から、マーケットに合わせて独自で商品を選ぶのです。また、この55万点もずっと同じアイテムなのではなく、毎年毎年15万点ほどが入れ替えになります。我々は良品計画さんやユニクロさんのように、製造小売業ではありません。自社のオリジナル製品を持っていないので、どんどん新しい商品を探して仕入れていきます。単価の高くない新鮮な商品を、高回転でまわしていく。このスピード感も特徴です。

それから、年間にお買い上げいただくお客様の数は、3300万人ほどです。買上率が3割ほどですから、1年で約1億人の方に足を運んでいただいている計算になります。

こうしたビジネスの特徴を支える人事制度が必要だ、ということです。

ヤマト運輸さんのセールスドライバーさんに似ているところがあるかと思いますが、弊社でビジネスの成功の鍵を握っているのは、店頭で商品を発注し、補充・陳列したりしている現場の人たちです。しかし、2006年、現場の第一線で働いている販売員が、年間に1700人新しく入って1700人辞めていくという状態になってしまいました。もちろん、同じ人が1年以内に辞めているというわけではありませんが、結果的には店頭に立っているのは、入社1年程度の人たちばかり。ですから、どんどん新しい商品が入ってくるという環境の下で、商品説明をする、お客様にお勧めするといったことができる店員が圧倒的に少なく、店頭での販売力が非常に低下してしまいました。

そこで、まず、何故そんなに沢山の人たちが辞めてしまうのかを知るために、退職する方々一人一人と面談を行いました。そこでわかってきたのは、「正社員として働きたい」「もっと時給の高いところで働きたい」という声が圧倒的に多いということです。当時のパートタイム社員は6カ月の契約でしたが、何度でも契約更新ができるという制度になっていました。ですから、雇用者側としては常用雇用とほとんど変わらないと思っていたのですが、本人たちは半年に一回更新があることが不安であったようです。しかも、パートタイム社員だと時給はある程度のところで頭打ちでしたから、こうしたことが退職を決心させていたわけです。そこで、これは人事制度を根本的に変えなくてはダメだという話になりました。そうして、2006年後半に人事制度改正のプロジェクトが立ち上がりました。人事部だけで考えていても仕方ないので、最初から労働組合を巻き込んで話し合いをスタートさせました。

【楠田】
ロフトのパートタイム社員の方々は、多能工的な働き方をしていたのですか?

【橋本】
以前の弊社のパート社員というのは、労働時間が正社員より短いというだけではなく、業務をパート化したという面もありました。「あなたはレジを打つ人」「私は商品補充と陳列をする人」といったように、オペレーション毎に役割分担して、ベルトコンベヤー式に仕事をしていました。しかし、所謂「セル式」のように、一人で複数の業務を見る方が結果的には効率がいいということで、多能工的な働き方に変えていったのです。そうした役割を果たすためには、一定期間の経験が必要となりますので、短期間で退職されてしまうことの問題がクローズアップされたという面もあると思います。

そうして2006年後半から本格的なプロジェクトが始まって、パートタイム社員の正社員化を伴う新人事制度がスタートしたのが2008年の3月になります。

【楠田】
どうもありがとうございました。現場の第一線で働く従業員に多能工的な働き方を期待するという意味で、2社は共通したところがあるわけですね。

個人―小集団をベースにしても全体の方向からぶれないための仕組み

【橋本】
ひとつ石崎さんにご質問をしたいのですが、例えば、自宅を担当してくれているセールスドライバーさんは、我々家族がいつなら居て、いつは不在が多いかといったことを把握しています。もちろん、家族の者も、ドライバーさんの名前を覚えている。だから、センターを通さずに、ドライバーさんの携帯に直接電話をしてお願いをしてしまうこともあります。もし、ドライバーさんが評価されるポイントが、例えば配達個数だったり、集荷個数だったりしたら、彼らとしてはひとつでも多くを自分の名前で仕事をこなしたいと思うのではないかと想像するわけです。こういった、お客様と一対一の関係ができてしまうことで、問題が起きるということはないのですか?

【石崎】
それはほとんど聞かないですね。それは、ヤマト運輸は一年365日稼働していますが、ドライバーたちには公休もありますし、会議や研修に出向くこともあります。そういうものを差し引くと1年の稼働日数は200日程度だと思います。当然残りの160日くらいは誰か代わりの人が担当することになります。ですから、ドライバーが持っている携帯電話は個人についているのではなくて、地域やコースに割り当てられているのです。

【橋本】
なるほど。そういう状況なら、自分の仕事を隠しておくことはできないわけですね。それからもう一つ。弊社も、小集団での活動を重視しています。例えば、「ロフト池袋の文房具売り場」といった単位で活動することが多い。小集団の方が情報伝達は早いですからね。ただ、会社全体の方針からぶれないように気をつける必要もあると思っています。御社では、多数存在する小集団を方向づけしていくのは誰の役割になるのですか?

【石崎】
センター長ですね。ただ先ほど申し上げたように、センター長もプレイングマネージャーですから、本当の意味でのマネジメントをするのは、その地域を統括する支店長になります。その人が7〜8のセンターを管理していて、各センター長に全体としての指示を下していく。センター長は、それに基づきながら、自分たちが担当する地域やお客様のニーズに合わせて活動していく、という形になります。

【橋本】
なるほど。そうやって、全体の方向性をぶらさずに、小集団の自律的な活動を促進していくわけですね。ありがとうござました。

後半に続く

<後半の内容>

お客様からの評判を一番知っている人を考えたら、同僚ドライバーにいきついた
営業時間4000時間のうち2000時間程度しか働いていない人がフルタイム=正社員でいいのか
会社の新しい動きに、人事として貢献できることは

(2010年7月/構成・文:大島由起子)

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