HR Fundamentals : 人材組織研究室インタビュー

第21回 マイノリティをどれだけ大事に扱えるかが、
イノベーションを起こし続けることができるか否かの鍵を握る

第21回 マイノリティをどれだけ大事に扱えるかが、<br/>イノベーションを起こし続けることができるか否かの鍵を握る

ソニー健康保険組合 理事長 桐原 保法 氏

多くの日本企業でグローバル化が急務となり、多様性の受け入れが待ったなしとなっている今、人事はそうした変化にどのように対応していけばいいのか。ソニーで長年人事に携わり、ソニーが大きく海外進出していく際の海外人事を作り上げてきた桐原氏に、多様性への対応や外国人を採用する際のヒントなどをうかがいました。


桐原 保法 氏  プロフィール

1970 年 3 月 東京大学法学部 卒業/1970 年 4 月 ソニー株式会社 入社/1989 年 7 月 ソニー株式会社 人事開発グループ人事部統括部長/1997 年 4 月 ソニー株式会社 レコーディングメディア&エナジーカンパニー シニアバイスプレジデント /1998 年 7 月 ソニーサービス株式会社代表取締役社長 /2003 年 6 月 ソニー株式会社 業務執行役員 人事担当/2004 年 6 月 ソニー株式会社 執行役常務 人事担当/2006 年 6 月 ソニー株式会社 コーポレート・エグゼクティブ SVP 総務・生産戦略・環境・労政担当/2007 年 4 月 ソニーイーエムシーエス株式会社 代表取締役社長(兼) /2008 年 7 月 ソニー教育財団 専務理事/2009 年 5 月 ソニー教育財団 副理事長 /現在 ソニー健康保険組合理事長


実態に基づいてルール化することが必要

― まず、桐原さんのソニーでの経歴を教えていただけますか?

私がソニーに入社したのは、1970年です。厚木工場の人事にいたあと、本社の人事に配属になりました。そこでは、労務ではなくて、人材開発担当を命じられました。人材開発の組織はその頃できたもので、前例というものがありませんでしたから、どのように人材を育成していくのか、試行錯誤していくことが仕事となりました。その後、1974年から5年間、イギリスに赴任。帰国後、海外事務室へ配属となりました。

― 海外事務室というのは何をする部署だったのですか?

簡単に言えば、赴任関連事務です。異動当初は事務手続きばかりやっていました。しかし、決裁をする際に、ひとつひとつ根拠を調べていったら、いろいろなルールが散在していることがわかってきました。そこで、それらを統合して、正式な海外赴任規則とその運用マニュアル、その後海外出張規則と運用マニュアルを作成しました。膨大な事務作業と並行して、しかも実質一人での作業でしたから、完成まで2年近くかかりました。

そうやってルールを作っていくと、おかしいことが見えてくるんです。ここが足りない、あそこがおかしいんじゃないか、と。そうした問題を積極的に提起するようになり、海外人事のマネジメントにも関わるようになりました。

― 事務処理からマネジメントの組織へ。つまり、桐原さんがソニーの海外人事を作り上げていったということになりますね。

そういうことになると思います。そこから、ずっと、人事、海外人事に携わることになります。

― 海外人事を作り上げていく過程で、どんなことを学ばれましたか?

実務的なことを言えば、実態に基づいてルール化されることが必要だということです。本社で実情もわからずにルールを作って、現地に「これを守れ」というのはナンセンスです。

それを最初に痛感したのは、イギリスに赴任したときでした。ソニーはメーカーですから、基本的には製造系、つまり技術や工場をベースにしたルールが中心でした。しかし、海外の営業にそのルールを当てはめようとしても、まったくかみ合わないわけです。その後、イギリス本社に移った後、営業中心に組み立てられてきた現地ルールを技術部隊や工場に持っていこうとしても拒否されてしまう。では、ソニーとしてすべてがバラバラでいいかと言えば、会社としての求心力を削ぐことになりかねません。

ですから、異なるものを抱えながらも、それらを包括するようなコンセプトをいかに構築していくのか。チャレンジでしたが、その過程で実に多くのことを学びました。そのなかでも、「マイノリティ」とどう向き合っていくのか、ということが大きかったように思います。

マイノリティの存在が会社の将来を決めていく

― 「マイノリティ」との向き合い方ですか?具体的には?

集団の中でマイノリティだと自覚している人たちの不安や悩みから目を逸らさずに付き合っていくということです。それをしていけば、必ず次の次元が見えてきます。最初は、技術・製造に対する営業、次に日本人に対する外国人。その後は、親会社に対する子会社、そして男性に対する女性。こうした、いわゆる「マイノリティ」の声をきちっと吸い上げていけるかどうかが、会社の将来を決めていくと思います。

― マイノリティが会社の将来を決める、とはどういうことですか?

例えば、技術の発展を考えたとき、新しいものを作るのは必ず「マイノリティ」少数派です。新しいものを生み出すということは、現状を否定するということだからです。現状を否定するということは、現状に不満があったり、おかしいと思える視点を持っていたり、もっと良くできるんじゃないかという欲があったりするということです。マジョリティのど真ん中に身を置いている人は、なかなかこうはなりません。ですから、マイノリティをどれだけ大事に扱えるのかが、イノベーションを起こし続けることができるか否かの鍵を握っているのです。

実は、私自身が会社の中でマイノリティ、アウトサイダーでした。人事といっても当時主流だった労務ではなく、新しく組織化された人材開発という分野を任されましたし、技術や営業ではなく事務。これも学卒としてはメインストリームではなくて、マイノリティだった。ですから、新しいことに挑戦したり、新しい分野を切り開いたりすることができたのではないかと思っています。

― ソニーで大卒で人事というと、エリートというイメージがありましたが、決してそうではなかった、と。

私は、「実力主義」「学歴無用」というコンセプトに惹かれて、ソニーに入社しました。でも、入社してみて、これは自分が否定されうる考え方だな、と気がつきました。特に当時は中卒・高卒の優秀な社員が沢山いて、同じ年齢でも既に4年・7年と実務経験を積んでいますから、入社早々はまったく歯が立たないわけです。いくら大学出身でも仕事ができなければ意味がないと、痛切に感じました。ただ、これは非常に貴重な経験だったと思っています。マイノリティの視点を持つことができましたし、その価値を経験することができたからです。

― 人事担当者の中には、自分たちはエリートだという意識がある人も少なくないように思います。

それは危険ですね。自分がエリートだと思った瞬間に、守りの視点になってしまいます。エリートとはつまり、特権集団ですから、既得権を守るという意識が生まれてしまうのです。それでは組織が硬直していってしまいます。

自分はエリートである、マジョリティであると思っている人でも、ひとつひとつのファクターを見ていくと必ずマイノリティの部分があります。仕事に限らず、家族の問題であったり、身体的な特徴であったり、性格的な傾向であったり。自分自身を大きくひとくくりに捉えてしまうのではなく、そうした観点で捉え直してみると、新しい気づきがあり、そこから何かを生み出せる可能性がでてくると思います。

これは、社員の捉え方についてもいえますね。人事が「われわれ」と言ったとき、無意識に本社のエリート正社員像をイメージしていいないか。そうではなくて、全体の中にあるマイノリティを拾い上げて、そこからの視点で物事を見てみて欲しいと思います。正直、既得権や特権を得てしまって安心している人たちよりも、彼らの方が意欲が高く、企業の成長に貢献する可能性を秘めていると思いますよ。

今は、既知を未知化していくことが大事になってきている

― そうした意識で全体が動いていくと、自然に多様性も根づくように思います。

先日ある講演で興味深い話を聞きました。2011年3月の大震災以降の科学の世界で変化があった、と。震災以前は、今までわからなかったことを分かるようにすることが大事だった、つまり、未知を既知化することを目指してきた。しかし震災以降は、既知を未知にしていくことが大事になってきているというのです。

― 既知を未知にする、ですか?

そうです。当たり前だと思ってきたことを、今一度改めて本当にそうだったのか考えなおしてみよう、ということです。この視点は、人事の世界でも重要ではないかと思いました。1980年の終わりごろ、ある女性社員からクレームを受けたことがあります。

当時は、フロアの壁に社員の名前が書かれた札がかかっていていました。それが、男性の名前は黒、女性の名前は赤で書かれていたのです。途中入社してきた女性社員が、それはおかしいと。どうして全員同じ色でないのか?と言ってきました。最初は私も含めて男性たちは、分かりやすいからいいじゃないか、何を言っているんだと、正直若干不愉快な感じを受けました。

しかし冷静に考えてみれば、誰が男性で誰が女性かということは、お互いにわかっています。確かにそれをわざわざ色分けをして見せることはないと。その通りだと納得したので、翌日から全員同色に変えました。そしてすぐに、人事から出すリスト資料を男女別に分けることを止めました。

― 1980年代後半というと、男女雇用機会均等法が施行された直後ですね。

はい。時代や環境が変化している今、改めて、こういう風に当たり前だと思っていることを考え直してみるということが求められていると思います。

人事の仕事をしていると、どうしても今あるルールを守ることに集中してしまいがちで、そもそもそれはどういうことなのか、という本質的なことまで踏み込まないまま進んでしまう危険性をはらんでいるんです。先輩がやっていることを見よう見まねでやっているうちに、なんとなく毎日が過ぎていく。そこで、ぐっと踏みとどまって、今自分がやっていること、言っている一言一言を一歩引いて観察し、ちゃんと考える癖をつける。そうしないと、長期的にみれば、自分を傷つけるし、組織を傷つけるし、顧客を傷つけます。

外国人社員と在職期間を超えてどれだけいい関係を持つことができるかが鍵

 さて、桐原さんは外国人採用にも携わってこられたと思います。外国人社員の定着につて頭を悩ませている担当者もいるようですが、ご経験からヒントのようなものはあるでしょうか?

私が外国人採用に携わっていたのは80年代です。当時は外国人社員を長期間雇用することに不安を覚える方々も多かったと思いますが、結局それほど長く務める人はいませんでした。当時は今よりも外国人が日本企業の中で上に上がっていくことは難しく、ソニーでの一定期間の経験を生かして、他社でのポジションを選択した人も少なくありませんでした。ポイントは、なぜ辞めることになったのか原因を調べて、その後の対応を図ること、そして、会社がそうして辞めた人と良い関係を築くことができるか、ということだと考えています。当時ソニーを退社した人たちはその後もソニーと付き合いがありました。

一般的に日本企業は辞めた人を排除するでしょう?下手すれば、裏切り者扱いです。でも、退職というのは、「お互いにご縁がありませんでしたね」ということです。ですから、いい辞め方をしてもらえばいいんです。

例えば、ソニーに新卒で入って、数年で辞めて、その後のイギリスの子会社に入社、役員になったイタリア人がいます。他には、再入社はしないにしても、コンサルタントとしてサポートしてくれている人もいます。長く働いてもらう努力が必要ないわけではありませんが、長い目でみて良い関係を築いていくという発想が重要ではないかと思います。

― 後継者指名ということでも、ソニーは柔軟です。グループ会社に新卒プロパーで入社した方が、本社でトップに立ちました

そうですね。私は、基本的に「天上り」が正しいと思っています。クリエイティブな会社であろうとすれば、可能性のある人材になるべく早くトップの経験をさせ、その中から本社のトップを作っていくべきです。急速に変化していく時代において、ディビジョンしか経験していない人では役不足の可能性があります。トップの候補として、牛後ではなく鶏口になったことがある人をどれだけ持てるかが、その会社がクリエイティブでいられ続けるかを決めていくと思います。

それから、優秀であればあるほど、修羅場体験をさせた方がいい。修羅場体験としてフロンティア的な会社のトップは最適な場でしょう。

ただ、次世代後継者育成というのは、人事がどうしたいということではなく、本来、会長や社長がどうしていきたいか、ということです。人事はトップの本当のニーズを十分理解して動く必要があるでしょう。

受け身の人生は尊敬されない。10年後尊敬される人物になるには今日何をすればいいのか

― 最後に、人事担当者にアドバイスをお願いします。

最近は、「海外に行った方がいいでしょうか」とか「資格を取るべきですか」といった質問をする人もいるようですが、行きたいと思えば行けばいいし、資格も取りたければ取ればいいんです。ビジネスの世界で生きていくということは、自分で決めて実行するということです。人から「海外に行きなさい」「資格を取りなさい」と言われて、はい、はいと従っている人が、つまり、自分の人生を受け身で生きている人が、人から尊敬されるでしょうか?10年後、周囲から尊敬される存在になるには、という視点を持って、そこから今やるべきことを逆算して考えてみてください。

また、上司が自分の新しい提案を聞いてくれない、あんな上司にはなりたくない、と悩む30代の人事担当者も少なくないと聞いています。これも、単なる批判や不満に留まっていないか冷静に見直してみてください。できていないことを批判するのは簡単です。ただ、今できていないことには必ず何らかの理由があるし、一種の常識化していることを変えるには大きなエネルギーがいります。一回や二回のアプローチで諦めていたら、何も変えることはできません。自分の信念を持って、諦めずに行動してください。

それから、人事の場合は結果が出るスパンが長いので、自分で長期の目標を立てて、それを日々に落して実行していかないと、ルーチン業務に流されていってしまう危険があります。私は常に一線に立っていられるように、若い頃には一日一人知らない人に会うという目標を立てて実行しました。その後は、一年に最低一つ、新製品を提案することを自らに課していました。こんな風に、是非、最低3年くらい先の「ありたい自分」をイメージして、「それを実現するためには今日何をしたらいいのか」を考えて仕事をしていってみてください。


― 本日はどうもありがとございました。


取材・文 大島由起子(当研究室管理人) /取材協力: 楠田祐 (戦略的人材マネジメント研究所)

2012年10


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