HR Fundamentals : 人材組織研究室インタビュー

第23回 世界観、歴史観を持って、多様なアジア市場で失敗・成功を体験してほしい

第23回 世界観、歴史観を持って、多様なアジア市場で失敗・成功を体験してほしい

株式会社日本総合研究所 特別顧問 シニアフェロー 門脇 英晴 氏

今回は、長年金融の世界で活躍され、その後、シンクタンク、大学、経済団体に席を置いていらっしゃる門脇氏に、企業で働く日本人が、海外、特にアジア各国や新興国に出て行く際に、知っておくべきこと、心がけるべきことについてお伺いしました。


門脇 英晴 氏  プロフィール

1968年東京大学法学部卒業後、三井銀行入行。96年さくら銀行取締役、98年常務取締役、99年常務取締役兼常務執行役員、2000年専務取締役兼常務執行役員、2001年三井住友銀行専務取締役兼専務執行役員、2002年三井住友フィナンシャルグループ代表取締役専務取締役、2003年代表取締役副社長、相模鉄道監査役。2004年三井住友フィナンシャルグループ代表取締役副社長を辞任、三井物産監査役(2012年辞任)、日本総合研究所理事長、2007年三井化学監査役、2008年日本総合研究所特別顧問、シニアフェロー、2009年帝京大学経済学部教授(2013年辞任)、現在に至る。2004年7月経済同友会入会、2005年度より幹事。2004年度行財政改革委員会副委員長、2005年度経済政策委員会副委員長、財政・税制改革委員会副委員長、アジア委員会副委員長、2006、2007、2008年度社会保障改革委員会委員長。2011年度政府関係法人改革委員会委員長、2013年度行政・制度改革委員会副委員長。


「アジアとは何か」を理解しているか?

― 今、海外、特にアジア市場に出ていく日本企業が増えています。そうした企業で働くビジネスパーソンが意識しておくべきポイントを教えていただけますか?

企業のアジア進出と言われますが、改めて「アジアとは何ですか?」と問われて答えられる人は少ないのではないかと思います。そもそも、「アジア」とは何語からきたと思いますか?

― 恥ずかしい話ですが、考えたことがありませんでした。

「アジア」の語源は、古代アッシリアの碑文に記述された「アスー」という、「日の出る処・東」を指す言葉と言われています。一方、「エレブ」という言葉が「日の沈む処・西」を意味しました。これらの言葉はギリシャ神話に組み込まれ、東にいる女神「アシアー」、西にいる女神「エウロペ」として登場します。これが、「アジア」「ヨーロッパ」となったのです。このように、アジアという言葉は、所謂アジア圏で生まれた言葉ではありません。

ギリシャ神話の頃から、アシアーの女神は豊穣の女神とされていて、そのイメージは長い間続きます。紀元前5世紀に活躍したギリシャ人の歴史家ヘロドトスは、世界をアジア、ヨーロッパ、リビア(アフリカ)に分けましたが、彼はヨーロッパよりもアジアを豊かな地として認識していました。その後、ヨーロッパが世界の中心になっていくわけですが、アジアが豊穣の地であるというイメージはずっと残り続けました。それを具体的にヨーロッパに知らしめたのが、13世紀の旅行家マルコ・ポーロの『東方見聞録』です。

アジアが自らをアジアと認識したのは更に時代を下ってからで、17世紀に入ってからだと言われています。イタリア人宣教師のマテオ・リッチが中国で作った地図に「亜細亜」という表記が使われました。日本で「亜細亜」という表記がみられるのは、18世紀に入ってからです。

つまり、アジアというのは、もともとは「ギリシャや古代オリエントからみた東」という地理的に相対的な概念で、アジア各国のなかからのアイデンティティとして内発的に生まれたものではありません。むしろ近代以降の欧米の概念のもとで括られた、後れた、貧しいと言う「アジア」が未だに我々の認識の中に残っているのではないでしょうか。このあたりを理解した上で、アジアと向かい合う必要があると思います。現在アジアへの認識は大きく変わり始めています。英国の経済学者アンガス・マディソンのGDP推計によれば、1820年に世界のGDPシェアーで、アジアは約6割を占め、なかでも中国は32.9%、インドは16.0%で、世界第1位と第2位だったとしています。その後、産業革命と帝国主義の嵐の中で衰退し、1950年には約15%まで落ち込みました。これ迄のアジアのイメージは、この間に作られたと言っても良いと思います。今日、アジアは再び飛躍的な発展期を迎えていて、マディソンの予測では、2030年には再び5割を超えるGDPシェアーを占めると予測しているくらいです。

― 確かに、あまり深い意味を考えることなく「アジア」という言葉を使っている人が多いように思います。

「アジア」の一国である日本が、西欧諸国と同じような視点で「アジアを攻める」と言っていることには違和感を覚えます。アジアの一員としての日本は、欧米とどこが違うのかということを踏まえて、発想していった方がいいのではないかと思います。

一言で云えば、アジアは極めて多様で、日本やシンガポールのような先進国から、最貧国まで、人口も13億の中国から40万人のブルネイまでと、民族も文化も宗教も含めて、簡単にまとめられるものではないということを常に意識する必要があります。例えば今後の日本にとってASEANとの関係が重要だと言われていますが、10か国あるASEANの国々でさえ、歴史も民族も政治体制も様々です。民主主義の国、王制を敷いている国、社会主義や共産党独裁の国もあります。それらにどれほどの違いがあるのか、本当に理解している日本人ビジネスパーソンはまだまだ少ないのではないでしょうか。また、アジアのほとんどの国が被植民地化を経験しています。こうした負の歴史は、我々が見過ごしがちな部分です。このような多様性や歴史を理解した上で、アジアの各国と付き合っていくことが重要だと思います。

経済のベースには、必ず歴史や政治の影響があります。その点を無視して進んでしまうと、必ずどこかで違和感が生まれ、問題にぶつかるでしょう。

世界観、歴史観を持つ努力が必要

イギリスが今でも一定の尊敬を集めているのは、オックスフォードやケンブリッジといった高等教育機関で、徹底的に哲学や歴史を教えていることが影響していると考えています。その結果、そこで学んだ学生たちは確固たる世界観や歴史観を持って、政治やビジネスの世界に出てくるのです。この部分は残念ながら、日本は大変弱いと認めざるをえません。多くの人が経済のことはわかっても、背後にある哲学や歴史の知識が圧倒的に足りない。今後、多様性を持つアジアの国々と深く付き合っていくとなると、世界観や歴史観を養っていく必要性がますます重要になると思います。

― その他に日本企業がアジアや新興国で成功していくために考えるべきことはありますか?

日本は今でも世界の中で最も尊敬されている国の一つだと思います。BBCの調査で日本は、世界に貢献している、印象の良い国として常に上位を占めています。第二次世界大戦後、他国と戦争をしていないとか、多額のODAを続けてきたこと、またクールジャパンと文化面の貢献も影響しているのでしょう。そのうえで日本は「逃げない」という評判があるのもひとつの要素ではないかと考えています。例えば1997年のアジア危機の時、欧米のほとんどの国は、タイやインドネシアのような危機にさらされた国から資本を引きあげて「逃げた」のです。しかし、日本企業の多くは残って現地の人たちと粘った。こうした誠実さのようなものも評価されているはずです。

例えば、今、アフリカに大量の中国人が入っていますが、そこでは歓迎されつつ、歓迎されていないと言われています。

― 歓迎されているけれど、歓迎されていない?

アフリカの歴史は欧米からの搾取の歴史でもあります。欧米諸国は、その国が豊かになるといった観点ではなく、自分たちが資源を獲得するために合理的と考えられる方法で支配をしてきました。それに対して、現在アフリカに入っている中国人たちは、自分たちが欲しい資源と引替えに、道路を建設するとか発電所を作るなど、その国が後から活用できるインフラ整備を手伝っています。そういう点で、中国の進出は歓迎されています。しかし、そうしたインフラ作りに現地の人をあまり使わず、本国から労働力をどんどん呼び込んでいると言われています。つまり、現地の雇用を創出してはいないのです。そして、数的に膨れ上がった中国人たちが独自のコミュニティを形成し、現地の人たちとは交流をしないので、自分たちの国に、気がつくと異質なコミュニティが拡大している。これが歓迎されなくなってきている部分です。

今年の6月に、政府主催のTICAD、アフリカ開発会議が横浜で開催されました。アフリカの45カ国から要人が来日しましたが、そこでの日本に対する期待は大きかったと聞いています。新興国からみて、日本人は正直だし変なことはしない、という信用があるのを改めて感じました。日本はそうした価値を自覚した方がいいと思いますね。

ただ、ここには2つの問題があると思っています。ひとつは、こうした日本企業・日本人ビジネスパーソンが持つ忠誠心や誠実さと、「グローバル化」に伴う変化の要請とを、どのように折り合いをつけていくか、という問題です。

日本の経営者が、企業としての一体感や企業に対する忠誠心を育ててきたことが、世界が認める日本の良さの源泉の大きな要素であったろうと思います。しかし、今後、グローバルスタンダードやダイバシティを尊重していくという動きの中で、その良さを保ち続けることができるのか。「才能」が豊かでありさえすれば、日本人でも現地の人でも平等に扱うとなったとき、どのように忠誠心や誠実さを評価し、育てていくのか。二律背反的なものをうまく扱っていく手腕が求められます。

もうひとつが、日本という国家が抱えている問題です。通常、多くの国は、自国民が国外で危機に陥った際には国家のリソースを使って保護・救済を行います。例えばアメリカであれば、自国民が紛争に巻き込まれたような場合、海兵隊が出動し、自国の艦船やヘリコプターなどを使ってどんどん救出していきます。しかし、日本の場合は、何が起こってもほとんど国家の後ろ盾を期待することができません。

昔、アジア危機の際、ジャカルタで、大統領の退陣がきっかけとなって大騒動が起こったことがありました。街には戒厳令が敷かれ、外国人が留まることは危険なため、各国の人たちはナショナルフラッグの飛行機で脱出したり、自国の軍隊に救出されていくなか、現地の日本人たちは具体的な脱出の手立てがなく、ただ事態の推移を見守るだけでした。最近ではアルジェリアの悲劇がありましたが、残念ながら、こうした状況は今もほとんど変化していません。

特に、これからの日本企業が進出していく先の中心は新興国や発展途上国です。まだまだ政治体制や治安が不安定な国が多いのが現実です。民間企業がそうした国でビジネスを展開する時、国家の後ろ盾がないままに、覚悟をして出かけていくしかありません。この点は今後の日本企業のビジネスを考えるうえで避けて通れない課題であり、これから国としても対応していく課題ではないかと考えます。

― 西欧の先進国が海外進出の中心だった時には、あまり大きな問題として捉えられていなかったかもしれませんが、これからは見逃せないポイントですね。

人口が減少していく国の企業として何をすべきなのかを考えよう

― 少し視点を変えてお伺いしたいのですが、今から50年後には日本の人口は8700万人程度になるだろうと予想されています。その頃までには更にグローバル化が進んで、外資系の企業が相当数日本に進出してきている状態なのではないかと想像しています。これまでは日本が外に出て行く話でしたが、外資が日本に入ってくるという視点では、どのように考える必要があるでしょうか?

まず、外資系企業がそんなに積極的に日本には入ってきてないと考えた方がいいのではないでしょうか。

― 8700万人と言えば、それなりの内需があるのではないでしょうか?

絶対数があったとしても、人口が減り、高齢化が進んでいる国が市場として魅力的だとは思えません。例えば、人口が5000万人の国が2つあったとして、一国は今後どんどん人口が増加して1億人に届くかもしれないと予測される状態と、もうひとつは人口が減る一方だとしたら、企業はどちらに投資するでしょうか。明らかに前者ですよね。

確かに、現実的には、インフラが整っていてグローバルなビジネス習慣になじんでいる8700万人の国が完全に無視されることはないかもしれませんが、ここは悲観的に捉えた方がいいと考えています。消費市場の拡大が見込めない国であっても、どのようなものが提供できれば、海外の企業が投資しようと思うのか。もしくは、国内市場が縮小していく中、海外資本も期待できないとしたら、どうすれば日本企業は生き残っていけるのか、といった視点で真剣に考えてみることです。

― 一企業だけで解決できる問題ではなさそうです。

昔の高度成長期のとき、国際化への対応というのが大きな問題となりました。経済が拡大していくなか、日本企業の国際的競争力はまだ弱く、資本や技術力に秀れた外国企業が、経済が拡大している日本にどんどん進出してきて、日本の市場を取られてしまうのではないかという危機感が拡がったのです。そこで当時の通産省は、国際化の波に負けないよう日本企業の力を強化するために、合理化や企業合併を強力に推し進めました。例えば、新日鉄の誕生もそうですし、また製紙会社も当時は5〜6社が国内でしのぎを削っていましたが、結果的に2社に集約されました。数多くあった海運会社もそうですね。こうした動きは実質的に当時の通産省の指導で行われました。

高度成長期と状況は異なりますが、当時と同じくらいドラスティックな発想で取り組む必要があるのではないでしょうか。例えば大手の電気機器メーカーは未だに10社以上ありますよね。縮小していく市場に対しては多すぎるのではないでしょうか。海外企業に対抗していくのであれば、強くなるために統合して競争力を強化するという発想を持つべきでしょう。昔は官主導という企業からすれば「外圧」ならぬ「内圧」がありましたが、今はそういう時代でありません。各企業は、わかりやすい内圧がないうえに、内需がまだそこそこあるので、大きな決断をすることができません。早めに手を打つ必要があると思うのですが。

― 良い意味で悲観的になって、変化を起こす必要があるということですね。

市場が成長している海外で失敗し、成功を経験することが将来につながる

― 20代30代の若手ビジネスパーソンに、これからの時代を乗り切っていくためのアドバイスをいただけますか?

これからの若手は日本人同士の競争に加え、アジアの若者との競争になることを覚悟しなければなりません。そんな状況を考えれば、まず海外に出ることですね。特に市場が成長しているところがいい。なぜならば、失敗をすることができるからです。日本のように成熟した市場で一回失敗してしまうとリカバーすることが容易ではありません。しかし伸びている市場であれば、失敗を取り戻すチャンスがあります。また、成功したときも大きな成果を手にすることができます。そして、そこで自分なりの人脈・縁故を見つけてくる。こうしたことは、後々のビジネスライフの大きな財産になります。

大学で教えていたとき日本が一番いい国だと思っている若者が多くて驚きました。まさに井の中の蛙状態になっているわけで、身の安全だけを考えているところに成長はありません。日本の多くの若者が自分さがしに囚われているなかで無理難題かもしれませんが、だからこそ、是非思い切ってほしい。

それから、何がなんでも自分の好きなことを見つけることです。私が銀行に入った1968年当時、銀行が倒産の危機に陥るなんて、誰も夢にも思っていませんでした。山一証券が廃業し、一時飛ぶ鳥を落とす勢いだったダイエーも産業再生機構の支援を仰がざるを得なかった。今いいと思う企業が、いつまでそのままでいられるかは誰にもわからないような時代だと考えるべきでしょう。しかも変化のスピードは益々速くなっています。だからこそ自分の好きなことという軸を持つことが大切だろうと思います。自分が好きなことなら頑張れるし、何が起きても悔いは残らないでしょうから。

更に、自分が日本の外に出ても勝負できるものを身につけるという発想も大事でしょう。学問に自信がないなら、文字どおり「手に職」をつけること。学問に自信があるなら世界で通用するような資格やステイタスを手に入れる。

私の友人で、ベトナムの銀行の副会長になっている人がいます。彼はハーバード大学でMBAを取っているのですが、それが武器になっているというんですね。もともと実力のある人ではありましたが、ハーバードのMBAを持っている人がベトナムでは本当に稀少なのだそうです。「そんな人を始めて見た」という人も多くて、「触らせて下さい」という人もいるとか(笑)。どうやら、ハーバードMBAの副会長がいる銀行ということがウリになっているようです。

「ピーターの法則」に陥るな

また、大手企業に働いている方は特に、「40代のモラトリアム」という落とし穴があることを覚えておいてください。30代くらいまでは期待されてどんどん活躍の場を与えられますが、40代になると、役員になれる50代までの間、副部長とか部長などの管理職をまかされます。そこで徹底的に「大企業の論理」といったものを叩き込まれて、自ら挑戦しようといった気概を削がれていってしまう。40代は家のローンや子供の教育費が嵩む時期でもあって、身動きが取れなくなってくる。そうして、30代はとがって活躍してきたけれど、40代になってなんとなく精彩を欠いてしまったね、といった人材が多くなるのです。大企業としては、暴れ馬みたいな人はたくさんは必要ないのです。上になるほど決められた会社の方針に従順な方がいい。そういう論理があることに気がついておくといいですよ。そうなるのが嫌なら、40代になる頃迄にキャリアアップを目指した転職も視野に入れて、努力をしておくといいでしょう。

― 最後に人事業務に関わる方へアドバイスをお願いします。

現在ではあまり聞くことがなくなりましたが、「ピーターの法則」というものがあります。「階層社会にあっては、その構成員は各自が無能になる階層に達するまで昇進する」というものです。そして、無能の領域に達した人がその階層に留まったとき、権威主義的な態度を取るようになり、組織が硬直化するのです。パワーハラスメントや不祥事や事故というのは、こうした組織で起こりやすいと言われています。組織とは、放っておけば権威主義的なっていくのだ、ということを前提に、人材や組織のマネジメントを考えていくのがいいのではないでしょうか。そして人事部は常に組織の正統性を担っているわけで、そもそも権威的、官僚的になりやすい。だからこそ何よりも、人事部自体が、権威的、官僚的になって改革の高いハードルになっていないか、常に自省してみることが必要ではないかと思っています。

― 本日はどうもありがとうございました。



取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(戦略的人材マネジメント研究所)

(2013年6月)

参考文献
田中明彦『ポストクライスの世界―新多極時代を動かすパワー原理』(日本経済新聞社)
松枝到『アジアとはなにか』(大修館書店)

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