HR Fundamentals : 人材組織研究室インタビュー

第29回 「ダイバーシティ経営」は、現代の適材適所の実現手段。その推進が強く求められている

第29回 「ダイバーシティ経営」は、現代の適材適所の実現手段。その推進が強く求められている

中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授 佐藤 博樹 氏

女性活躍推進法、次世代育成支援対策法、一億総活躍など、働き方の見直しを迫る動きが活発になっています。今回は、厚生労働省、内閣府、経済産業省など、政府関連の委員会活動にも積極的に関わられている、中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授であり東京大学名誉教授でもある佐藤博樹教授に、今、企業の人事は何に取り組むべきなのか、お話を伺いました。


佐藤 博樹 氏  プロフィール

1953年東京生まれ。1981年 一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。1981年雇用職業総合研究所(現、労働政策研究・研修機構)研究員、1983年法政大学大原社会問題研究所助教授、1987年法政大学経営学部助教授、1991年法政大学経営学部教授、1996年東京大学社会科学研究所教授、2014年10月より現職。
専門は、人的資源管理、人材サービス業、ダイバーシティ経営など。
著書として、『人材活用進化論』(日本経済新聞出版社)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著、日経文庫)、『パート・契約・派遣・請負の人材活用(第2版)』(編著、日経文庫)、『ワーク・ライフ・バランス支援の課題』(共編著、東京大学出版会)、『介護離職から社員を守る』(共著、労働調査会)など。
兼職として、内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、経産省・新ダイバーシティ企業100選運営委員会委員長、厚生労働省・イクメン・プロジェクト顧問、ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト代表など。


会社にとって都合のいい人がどんどん減っている 想定人材像の変更が必須

― 昨今、政府が一億総活躍を議論したり、次世代育成支援対策推進法が10年間延長されたり、女性活躍推進法が施行されたりと、働き方に関係のある様々な動きがあります。そうした動きに対して、人事はどう対応していったらいいのでしょうか?

政府が言っているからとか、法律ができたからということではなく、今、人事が真剣に取り組むべきことは、「ダイバーシティ経営」を推進することでしょう。多様な人材が活躍する場を作ることが、経営視点から早急に必要となってきているからです。ダイバーシティ経営が実現すれば、次世代法や女性活躍推進法が目指すことも実現していくはずです。

ここでいうダイバーシティ経営とは、多様な価値観のある人を受け入れて、それぞれが能力を発揮することで、新しい経営価値を生み出していく、ということです。では何故今、ダイバーシティ経営なのか。それは、企業の人事管理が前提としたり望ましいとしてきた人材像に当てはまる人が、どんどん減ってきているからです。これまでは、「日本人で、男性で、必要なときにはいつでも必要なだけ残業してくれて、会社の異動命令にも素直に従う人」が社員のメインストリームでした。ですから人事は、彼らをベースに制度もマネジメントも考えていれば、問題ありませんでした。

しかし、今はこうした人たちの割合が急速に減少しています。単に女性の職場進出だけが原因ではありません。共働き世帯が増え、カップルでの子育てを希望する男性や、男性管理職が親の介護の問題に直面することは珍しくなくなってきていますし、ジェンダーに関わらず、働くことへの価値観がどんどん多様化しています。つまり、「会社にとって都合のよい人たち」がどんどん減っているのです。

例えば、500人規模の会社があったとしましょう。3カ月集中完遂しなくてはならない重要なプロジェクトが始まるため、メンバーを選出することになりました。社長が、そのプロジェクトに必要な経験やスキルをもった5人の候補を選びました。そこで人事を呼んで、この人選について意見を聞いたとします。

Aさん: 外国籍の社員。このプロジェクトに必要な経験やスキルは十分持っている。日本の大学を卒業しているので日本語は大丈夫。日本の大学を出た後は10年間、アメリカの企業で働いていて、当社には入社して1年が経ったところ。人事としては、日本の商習慣や自社の仕事のやり方に慣れていないので、今回のアサインは難しいと判断。

Bさん: 中途入社の男性社員。社歴は10年。経験もスキルも十分、自社での仕事に進め方も問題なし。しかし、2カ月前に親御さんが倒れて、要介護の状態になってしまった。現在は安定しているが、急に変化があった場合には、長期の休業を取得することになる可能性もある。メンバーに選出した後にそうした事態になったら困るから、人事としては、今回のアサインは避けた方が無難と判断。

Cさん: 新卒入社の女性社員。社歴は12年。経験もスキルも十分。類似プロジェクトでの成果もある。ただし、現在子育て中のため、一日6時間の短時間勤務。残業ができないだけではなく、時短なので、他のメンバーに負担がかかる可能性が高い。従って人事としては今回のアサインは難しいと判断。

もはや「制約のない人材」はいない  働き方に条件があることが普通になっている

つまり、従来の働き方ができないという理由で、経験・スキルの観点では申し分のない有能な人材3人が選外になってしまった、ということです。代わりに、彼らと比較して経験・スキルは劣るけれど、従来の働き方ができる人たちが選ばれることになります。

この事例は、2つの意味で人材活用に失敗しています。ひとつは、持てる自社のタレントを、従来の働き方ができないという理由だけで活用できていないという、人材活用に無駄を発生させている点。もう一つは、社長から重要なプロジェクト候補として挙げられるほどの人材であれば、今回の事例のようなプロジェクトが立ち上がった時には、「自分がやりたい」「自分が選ばれるはず」という気持ちがあるはず。しかし、明らかに自分たちより経験もスキルも足りない人たちが選抜されている。この状況を、優秀な人材が快く感じるはずがない。つまり、優秀人材のモチべーションダウンを引き起こすことになるという点です。いずれも企業の人材活用の観点から考えれば、忌々しき状況です。

10年くらい前までは、Aさん、Bさん、Cさんのような人たちは全社員の10%にも満たなかったかもしれません。しかしこれからは、少なくとも半数以上が、Aさん、Bさん、Cさんのように、働く時間に制約のあるいわゆるワークライフ社員が増えていくと考えるべきでしょう。私自身、少し前まで、ダイバーシティを考える際に、「時間制約」や「制約人材」という言葉を使っていましたが、今はそうした言葉を使わなくなりました。その代わりにワークライフ社員を使っています。働き方に何らかの条件がある方が普通となってきているからです。今や、制約のない、ワークワーク社員の方が、例外で少数派なのです。

では、こうした状況をどうやってブレークスルーしていくか。まずは、企業の人事管理における働き方の想定人材像を変えることです。皆が同じように企業にとって都合のいい働き方をしてくれるという想定をせずに、一人一人に異なる価値観があるということを前提とする。これがダイバーシティ経営での基本です。

ただ、「ダイバーシティ経営」に取り組む前に、覚えておいていただきたいポイントがあります。

まず、「ダイバーシティ経営」というと、これまでにない新しいこと、難しい概念だと身構えてしまいがちです。しかしその本質は、これまで人材マネジメントが目指してきたことと大きく変わるものではありません。それは、「適材適所」の実現を目指す、ということです。ただし、今まで「適材」として想定していた人材像が、大きく変わって多様化しているという点で、従来の「適材適所」とは異なる発想が求められている、という捉え方をするのがよいと思います。多様な「適材」を生かせるように「働き方改革」が必要なのです。 また、「ダイバーシティ」という言葉があると、どうしても男性・女性、日本人・外国籍者、健常者・障害者といった属性に注目が行きがちです。しかし、大事なのは「価値観の異なる人を受け入れること」です。最初から属性で考えてしまうと、それぞれの属性にカテゴライズされる人たちの中でも均一の価値観を持っているわけではない、ということを見落としがちになります。男性・女性の違いでなく、それぞれが多様だという視点が大事です。

「ダイバーシティ経営」推進の4つのポイント

― では、具体的にダイバーシティ経営を進めるにあたって、気をつけるべきことは、どのようなことでしょうか?

ダイバーシティ経営を推進していくためには、4つのポイントを押さえておく必要があると考えています。

1.「働き方改革」の本質を見誤らない
2.学歴別年次管理からの脱却など人事管理の改革を行う
3.経営理念の重要性を再認識する
4.コミュニケーションの質の変化に対応する

1.「働き方改革」の本質を見誤らない

ダイバーシティ推進の一環として、「働き方改革」に取り組む企業は少なくありません。そうした働き方改革は、残業依存体質を変えることが中心となっています。ここで誤解してはいけないのは、目指すべきなのは、「残業をなくすこと」ではなくて、「終わらなければ残業すればいいという安易な働き方を変える」という点です。

例えばある生産現場で、納期が明日に迫っているとします。しかし、まだ多くの工程が残っていて、今のままなら納期を守れないという状況である。そうだとしたら、社員は残業をしてでも、会社として受けた仕事を予定通りに収めるべきでしょう。しかしその後、その事実をそのまま流してしまわずに、どうして通常の労働時間では納期に間に合わなかったのか、作業方法の問題なのか、人員配置の問題なのか、機械の問題なのか、材料の問題なのか等を検証して、次からは同じ理由で残業しないようにしていく。これが働き方の改革の目指すべきところです。

ただ、こうした働き方改革を、販売部門や管理部門などで徹底的にできている企業はまだまだ多くはないように思います。働き方改革の目的を残業や長時間労働をなくすことと勘違いされていることも少なくありません。結果的には残業がなくなっていくことが望まれますが、本質は、あくまで、安易に残業に頼る働き方を変えていく、ということです。これは、言い方を変えれば、ひとりひとりの時間生産性を上げていく、ということでもあります。

時間あたり生産性を縦軸に、労働時間を横軸にとって考えてみましょう。これまでは、労働時間を延ばすことでできる成果としてのアウトプットの面積を広げてきました。この世界では、従来のワークワーク社員の働き方が断然有利です。しかしこれからはワークライフ社員が増えてきます。時間あたりの生産性や生み出す価値(縦軸)を高めていくことで、アウトプットの面積を広げていくしかありません。それを実現していこう、というのが、「働き方改革」の本質とも言えるのです。それが実現していけば、ワークライフ社員が、企業経営に貢献できる人材として活躍する場が広がっていくはずです。

2.学歴別年次管理からの脱却を図る

これまで多くの企業、特に大企業の人事における「公平・公正」を担保する仕組みは、学歴別年次管理でした。同じ年次では、昇格などで大きな差をつけない、というものでした。ダイバーシティ経営を推進していく際には、この考え方が大きな壁となってきます。

例えば、育児休業の取得では、復帰したときに、同期との「遅れ」をどう扱うのかという議論になりがちです。この「遅れる」という発想は、年次管理をしているから出てくるものです。一定期間休んで戻ってきたら、単純に休んだ時点から再スタートすればよい話のはずですが、「通常のルートから遅れた人」という捉え方をしてしまうことになります。大事なのは、同期との比較でなく、与えられる仕事が実際の能力に見合っているのか、貢献に見合った評価なのかということです。

また、中途採用では、「横並び」の扱いが問題になります。例えば、情報システム部門に、どうしても特定の技術を持った人材が必要になったとします。社内の「横並び」で考えると、年収は800万円程度。しかし、中途採用市場では、1000万円程度をオファーしないと優秀な人材は採用できない分野です。そこで、まずは年収1000万円で採用して、その後は同年次のプロパー社員の年収がそのレベルに追いつくまで給与を上げないという形で、「公平・公正」を保とうとするわけです。

こうした発想の下では、ダイバーシティ経営は根付いていかないでしょう。学歴別年次管理を筆頭に、人材を属性でくくって、その属性内では同じように処遇するという考え方から、それぞれに異なる人材をその違いに従って処遇する、という世界へ移行していくことができるかが、今後のダイバーシティ経営の成否を左右してくるでしょう。

3.経営理念、行動規範の重要性を再認識する

実は、ダイバーシティ経営では、経営理念がとても重要となってくるのですが、その点が案外見逃されています。管理職研修などに出向いたときに、「御社の経営理念は?」と聞くようにしているのですが、思った以上に説明できない人が多い。残念ながら、多くの企業で経営理念や社是、行動規範などが形骸化しているようです。

ダイバーシティ経営の本質は多様な価値観のある人を受け入れて、そのぶつかり合いの中で価値を生み出していく、ということです。プロジェクトであれば、外国籍の社員も含め、異なる価値観を持った人たちが喧々諤々と議論をしていくことになります。そんな中から、最終的に複数の案に絞られて、実行可能性や収益見通しなどで甲乙つけがたいという状況になったとき、どの案を選択するのか。従来型のマネジメントであれば、地位の高い人が決めるとか、声の大きい人が引っ張っていくということで収まってきたかもしれません。しかしそれは、ダイバーシティ経営とは異なります。そうした場合は、経営理念を判断基準とすべきなのです。多様な価値観を持った人を受け入れながら、組織として統合を維持するためには、組織に所属する人が等しくコミットしている共通の価値観が、どうしても必要になります。それが、経営理念です。多様な価値観を受け入れるだけでは、組織としての維持ができません。統合のために経営理念の重要性が高まります。

一般的にみて、ダイバーシティ経営と経営理念の関係についてあまり理解されていない印象があります。ダイバーシティ経営というと、どうしても制度に向かって行ってしまう。しかし、実のある経営理念が組織に浸透していないと、ダイバーシティ経営はどこかで壁にぶつかるでしょう。

4.コミュニケーションの質の変化に対応する

そして、とても重要な役割を果たすのが、コミュニケ―ションです。これからは、一緒に時間を過ごしさえすれば分かり合えるという意識や、あうんの呼吸が通用する世界から、話し合うことが前提の世界になっていくことを認識する必要があります。

例えば、ある男性社員が子育てに積極的に関わろうと考えています。最近では、朝、男性が保育園に送っていくことは普通になってきていますが、お迎えや、熱が出たときの対応などは、一般的にまだまだ女性が担っています。しかし、男性がそれぞれを働く妻と分担したいと思っているとしましょう。ある日昼間、保育園から、子供が熱を出したので引き取りをお願いしたいという電話がかかってきました。妻は仕事で手が離せないので、時間調整がしやすかった男性社員は、急遽社内ミーティングをキャンセルして退社することにした。・・・・こうした状況になったときに、彼の上司は、適切に対応できるようになっているでしょうか。

これまで長年、ホワイトカラーの大卒男性社員中心の働き方の中で過ごしてきた上司にとって、こうした共働き夫婦の働き方をすぐに理解しろ、というのは簡単ではありません。頭で理解したと思っていても、どこかにモヤモヤしたものが残ってしまうかもしれません。そうした現実的な前提に立った上で、上司は「何故、そうしたいのか」をきちっと聞き、部下は自分がどのような価値観で働きたいのかを伝える。つまり、「言わなくてもわかるはず」から、「もともと違うから、話さないとわからない」という認識からスタートして、お互いに理解するように努力し続ける。こうしたコミュニケーションが求められるのです。

もうひとつ、自分が行っていることや考えていることを、「言葉で説明できる」ということも重要になります。例えば、製造業の企業が海外に進出して、日本で行っている朝の体操を、現地でも行おうとしたとき、「何故、朝に体操をするのですか?」という現地社員の質問に対して、どう答えるでしょうか。「日本で長年やってきたから」では、説明になっていません。事故が減るからとか、仕事のスタート時点から効率が上がるからなど、誰が聞いても納得できる合理的な説明が求められます。

このことは、共通経験や価値観や文化の異なる人たちの視点から、今まで当然だと思ってやってきことを棚卸して、合理的に整理していくということでもあります。その過程では、過去には意味のあったことが実はもう通用しなくなっているとか、逆に古いと思っていたことが実はとても合理的だったといった発見もあるはずです。これまでの自分たちを疑ってみるという、ストレスのかかる作業ではありますが、いろいろなやり方や習慣を変えていくチャンスととらえることもできます。これはダイバーシティ経営のひとつの果実と言えるでしょう。

― 本日はどうもありがとうございました。


取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授)

(2016年6月)

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