HR Fundamentals : 人材組織研究室インタビュー

第14回 ビジネストップはアスリートと同じ。コーチをつけずにアスリートは勝てるのか? (前半)

第14回 ビジネストップはアスリートと同じ。コーチをつけずにアスリートは勝てるのか? (前半)

株式会社コーチ・エィ/株式会社コーチ・トゥエンティワン代表取締役 伊藤 守 氏

日本のコーチングビジネスの草分け的存在であり、現在も現役のコーチ、複数の会社の創設者であり現役の経営者でもある伊藤守さんに、次世代リーダーやグローバル人材をどう育てていけばいいのか、日本企業の人事は今後どのように考えていけばいいのか、コーチングの本質を軸に語っていただきました。


伊藤 守 氏  プロフィール

株式会社コーチ・エィおよび株式会社コーチ・トゥエンティワン代表取締役。ほかに株式会社キャッチボール・トゥエンティワン・インターネット・コンサルティング、株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワンの代表取締役会長を兼務。また、日本における最初の国際コーチ連盟マスター認定コーチである。地方公共団体、教育機関、経営者団体などを対象とする講演多数。企業・経営者団体などを対象とした研修のほか、経営者の個人コーチも自ら手がける。またコミュニケーションに関する著書も数多く出版されている。

往年のスーパースターが、世代が異なるスーパースターを育て上げた例はほとんどない

【楠田】 人事部の人たちにお会いしていると、多くの企業で次世代リーダーの育成が課題になっているようです。伊藤さんはそのあたりをどのようにご覧になっていますか? 

【伊藤】 今、次世代リーダーを作ろうという大きな流れがありますが、それは、そもそもベビーブーマー世代(1940年代後半に産まれた人たち)が次世代を育ててこなかったつけだと思っています。

アメリカの野球やフットボール、バスケットなどを見ているとわかるのですが、スーパースターが次のスーパースターを育成したという事例はほとんどありません。

同 様に、とくに日本においては、名を成した経営者が、自分に匹敵するような次世代の経営者を育成したという例も限りなくゼロに近いと思います。特にベビー ブーマー世代は、今でもリーダーというのは自分の力で這い上がって出てくるものだという考えを根強く持っています。確かにそれには一理あるのですが、彼ら の時代と今は環境が大きく変わっていることを認識する必要があるでしょう。

彼 らが子供の頃というのは、競争が日常の中にたくさんありました。例えば、家にひとつのケーキがあったら、親が切り分けている間、子供たちは気が気ではな い。当時は、兄弟が3〜5人はいますから、誰が一番大きいものを取るのか、ドキドキしながら親の手元を見ているわけです。しかし、子どもの数が少なくなっ て、今の20代の人たちにとっては、ケーキは最初から全部自分のもの。彼らのような経験をまったくしていないのです。 

昔 のような過当競争がない中かで育った人たちの中から、今までのようなかたちでリーダーが出てくるとは思えません。にもかかわらず、いまだに同じ手法でリー ダー育成をしようとしている。これでは何も生み出せないと思います。今、経営層にいる人たちはそのあたりを理解して、リーダー育成を考え直した方がいいの ではないでしょうか。

【楠田】 環境が大きく変化しているのに、昔の発想から出発してしまっているところに問題がある、というわけですね。もうひとつ、グローバル人材の不足も悩みの種と言われています。

【伊藤】  グローバル人材不足の問題も、ベビーブーマー世代の影響が大きいと思いますね。そもそも国内で、新しくてリスクを伴うような分野に挑戦しづらい仕組みの中 に若い人たちを閉じ込めておいて、今になって「さあ、グローバルに羽ばたこう」といっても、心の準備や能力の準備ができているはずがありません。そういっ た失敗を直視していないから、未だに多くの企業がグローバル人材育成に苦戦しているのだと思いますね。 

海 外駐在にしても、日本企業は必ずしもコア人材を送り込んでいないのではないですか?また、優秀な人を海外に出していたとしても、日本に戻ってきてその経験 を生かせるポジションを提供できていません。今は情報があっと言う間に流通する時代です。海外に行ったけれど日本に帰ってきたら主流からはずれてしまっ た、なんていう話が出回ってしまったら、誰も自分から手を上げて海外に行こうとは思わないでしょう。昔は、「あの人海外に行っていたんだって」という羨望 を集めたかもしれませんが、今は、「別に。だから?かわいそう」という感じになっているのではないでしょうか。

【楠田】  そうですね。サムスンの人事のヘッドの話を伺ったとき、これから新しい消費が起こるのは発展途上国であるにもかかわらず、日本企業はコア人材を発展途上国 に送っていないですよね、と言われました。それに対してサムスンは、優秀な人材をアフリカや南米という、これから発展していく国に1年くらいぽーんと送っ てしまって、そこで生活をさせるわけです。そこで得た生の情報を活かして、いち早く市場のシェアを押さえていく。日本とは違うと痛感させられました。この 状況を打開していくためにはどうしたらいいのでしょう。


一人の「成功モデル」は莫大な情報を提供して人を動かす

【伊藤】 そうした状況を打破しきれない大きな問題のひとつは、「成功モデル」がいないことだと思います。例え一人であっても、成功した人物が存在するということは、ものすごい情報量を提供することになります。

例えば、ホリエモンや楽天の三木谷氏が出てきたとき、多くの若者が「ああいう風になりたいから起業しよう」と思って動きました。そうした行動にすぐつながったのは、生身の人から受け取る情報量が大きいからです。

で も、ベビーブーマーたちは、そうした動きを権力を使って叩き潰してしまいました。それを目の当たりにした若者たちは、「結局、起業して上場しても不幸にな るよね」と思ってしまった。そして「やっぱり堅実にサラリーマンをやるのがいいよね」というところに落ちついてしまったわけです。そうやって、「出たらつ ぶすぞ」と言って、若者たちの前向きな気持ちを萎えさせておいて、同時に次世代リーダーだとかグローバル人材だといっても、うまくいくわけがない。そもそ もあなたたちがその状況を作ったんでしょう?と言いたいですね。

ま た、人材不足の話になると、日本人は人と同じことをしたがるからダメだなどと言われますが、必ずしもそうではないと思っています。もともと日本人は奇抜な ものに対しての憧れや理解がありました。歌舞伎の語源である「かぶく」、これは「常識外れ」や「異様な風体」という意味で、昔から人気があったのですか ら。

加えて、日本人は海外の人と付き合うのが下手などと言われますが、それも歴史の長い話ではありません。16世紀末から17世紀初頭にかけて朱印船を使って南蛮貿易が行われていた頃は、サイゴンに4000人の日本人が住んでいたと言われます。

つ まり、皆グローバル化が必要だと言いますが、我々はもともとその素養はあるのではないか。それを促進する一番の方法は、「邪魔をしないこと」じゃないかと 思っています。私は今、『正しいゴルフの習い方』という本を書いていますが、9割の人がインストラクターに習うことで元々の状態に戻れなくなっていると言 われています。3回くらい習うと、いろいろなことを言われて、最初自分がどういう打ちかたをしていたかわからなくなってしまう。実際に100人のゴル ファーにリサーチしたら、ほぼ全員が「どれが一番正しい打ち方かわからない」と答えました。

で すから、今の若い人たちも、実は「正しい生き方」や「あるべき姿」はわかっていた、しかしそこに余計な情報や邪魔が入って、それを見失っているということ じゃないかと見ています。ですから、企業のグローバル化を進めたいなら、トップにいるベビーブーマー世代が早く後進に道を譲るのがいいと思いますね。

しかし、それも気をつけなくてはならない面があります。

過去の戦争を見ているとだんだん体の動きが鈍くなってきて、もう死んでいいや、でも最後に一旗揚げたい、と思っている人たちが戦争を始めているケースが多い。若い人は戦争なんかしたくありません。下手な道の譲り方をするとこうした構図に陥ってしまう可能性がありますよね。

私 の息子は今高校生なのですが、私が「ああせい、こうせい」と言うと、「そんなに言うなら自分でやったら」と返してきます。それはおっしゃる通りだな、と。 自分がやれなくなってくると、どうしても人にうるさく言ってしまう傾向がある。グローバル化にしても、自分たちが外れて口を出さない、これが重要でしょう ね。

【楠田】 何かを与えたり、教えたりするのではなく、邪魔をしない。逆転の発想で興味深いですね。

有限のエネルギーを有効活用させるためには、まず「終わらせる、完了させる」

【伊藤】 私は長年コーチングの仕事をしていますが、そこで何をしているかというと、相手に新しいことを始めさせるよりは、何かをやめさせることの方が多いのです。

以 前、アメリカのコーチング学会で、カナダのガス会社の企業体質の改善を手伝った会社の発表を聴いたことがあります。そのとき彼らがやったのは、「会社のお 葬式」です。まず「終わらせる、完了させる」と。その象徴のひとつとして、会社が所有していたガスタンクにダイナマイトを仕掛けて物理的に完了を実感させ るイベントを行ったそうです。また、従業員それぞれが新しい会社では終わらせた方がいいと思う習慣を紙に書いて、それを棺桶に入れて火葬しました。

何 かを始めるときは、まず破壊からなんですね。そのあとに創造がある。創造、維持、破壊のサイクルが世界の原理だとしたら、最初にくるべきものは創造ではな くて、破壊です。多くの人は破壊することを恐れて、まず創造から入り、古いものの上に新しいものを重ねてしまいがちです。そうすると、結果的に新旧合わせ てすべてが破壊されてしまうということに気がついた方がいいでしょう。

コー チングでは、必要のないベクトルを消していくということが重要視されています。その人の持っているエネルギーの絶対量は変わらないからです。持っているエ ネルギーを有効活用していくために、どんどん完了リストを増やしていくのです。気になっているけれど、中途半端になっていることをひとつひとつ終わらせて いく。そうすることで自然に使えるエネルギーが増えていきます。

で すから、人事部が人と組織を活性化していこうと思うのであれば、古い人事制度をひきずったまま、その上に新しい制度を乗せようと思わない方がいいでしょ う。古い制度ではこういうところはよかったから残しましょう、ここは駄目だったから廃止しましょう、といった感じで進めるのは避けた方がいい。そうではな くて、一旦全部を捨てて、ゼロから始めることで、エネルギーを集中させることができると思います。

【楠田】  この3年くらい、大卒新卒で日本の大企業の人事部に配属されて、今執行役員人事部長になったくらいの人たちに精力的にお会いしています。そこでわかってき たのが、彼らが考えていることの、約8割が法律と制度に関すること、1割が社長から下りてくる個別人事、残りの1割が弱くなった労働組合の対応であるとい うことでした。彼らは制度関連や法律の本をよく読むし、法律関係者や外資系コンサルタントたちとはお付き合いをする。ただし、それ以外の外部とのお付き合 いには興味がないし、新しい考え方、リーダーシップ論や組織開発といったことに取り組もうとしている人は本当に少ないのです。実際に、私がOB(オーガニ ゼーション・ビヘイビア)、OBと言っていたら、「うちの会社にもあるよ」と。その人は、OB会、社友会だと思ったのですね。

【伊藤】  なるほど、面白いですね。制度ということで言えば、私が日本でコーチングを始めようと思ったのは、日本に定着している人事制度は、基本的にアメリカが発祥 地だということに気がついたからという面があります。制度策定のためのリサーチとか、システムとかもアメリカで作られている。いわばアメリカの輸出品で す。アメリカ資本のコンサルティング会社が提案してくる制度は、まさにアメリカの商品、輸出品。彼らは、制度や仕組みを売っているということです。

制 度や仕組みを売るという考え方の根本にあるのは、中の人がどうであろうと、仕組みと制度があればうまくいく、という発想です。アメリカにはそういうことを 研究する人が山ほどいます。一方で、生身の人間をどうするかということにはアンタッチャブルなんです。例えば、評価制度がちゃんとしていさえすれば人は ちゃんとやるはず、という考え方です。また、組織開発や組織変革、カンパニーカルチャーという枠組みも、彼らの新しい商品です。そうしたものを日本企業 は、無批判・無造作に「買って」しまっている。そこには「生身の人間を扱う方法論」が必要だろうと思ったわけです。それが、私が日本でコーチングを拡げて 行こうとおもったきっかけのひとつでした。

【楠田】  なるほど。だから、制度を導入しても、実際の行動変容まで起こせない企業が多いのでしょうね。2008年頃、ホールディング会社の人事部長に、「どうして 現場にいかないんですか?」と聞いたことがあります。そうしたら、「現場に行きたくないから、制度を作っているんじゃないですか」と言いました。「でも、 制度が運用できているか、現場に見に行かなくていいんですか?」と聞いたら、「そうしなくていいように、たくさん制度を作った」と。あとは自動的に運用し てくれればいい、というわけです。

【伊藤】  でも、それが上手く回っているとは思えません。先日、ある大手企業で講演をしたとき、担当の役員が会場の中ほどを指して、「伊藤さん、ここから向こう側に 向かって話をしてください」というのです。残りの半分には期待していないから、と。非常に驚きました。講演を聴かせても仕方ないというような人を作ってい しまっていいのか。良い制度だけ作れば人はちゃんと動くという楽観主義が、そうした結果を生み出しているのではないか。ここに、コーチングが果たせる役割 がありますし、「アメリカからの輸入品」であっても血を通わせていくことができるのではないかと思っています。

後半に続く

<後半の内容>

自分で考え、判断し、行動し、その結果を自ら評価できるようにするのがコーチング
コーチングは、金メダルを目指す人をサポートする
ビジネストップはアスリートと同じ。コーチをつけずにアスリートは勝てるのか?

インタビュアー: 楠田祐 (戦略的人材マネジメント研究所 / 取材・文 大島由起子(当研究室管理人)
(2010年8月)

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