HR Fundamentals : 人材組織研究室インタビュー

第25回 日本企業が「ローコンテクスト」の世界で成功していくために

第25回 日本企業が「ローコンテクスト」の世界で成功していくために

COACH A Co., Ltd (U.S.A)  CEO 吉川 剛史 氏

海外に拠点を展開し、駐在員を派遣してビジネスを立ち上げ、ゆくゆくは現地トップを育てて現地化を進める。そうしたタスクに取り組む日本企業はますます増えています。COACH A (U.S.A)のCEOである吉川氏は、日本企業の海外拠点で働くエクゼクティブに対するコーチングの経験が大変豊富です。そこで今回は、そうしたご経験を基に、日本企業の海外進出の課題を、人という側面から整理していただきました。


吉川 剛史 氏  プロフィール

早稲田大学法学部卒。日本電信電話株式会社から分社後、NTTコミュニケーションズ経営企画部、グローバル事業本部で海外新規事業開発と海外企業の買収・提携事業のプロジェクトディレクターとして勤務。その後、日本オラクル株式会社にて執行役員 経営企画室長(ミラクルリナックス社 社外取締役兼務)、株式会社ユニクロの海外事業開発部長を経て、株式会社コーチ・エィに入社。2013年から現職。


アメリカ国内で順調に展開、中南米や欧州への進出も視野に

― 吉川さんは、COACH A (U.S.A)に赴任されて、どれくらいになられますか?

出張ベースで働き始めてからは3年、正式にアメリカ法人のトップになって1年になります。

― 今、アメリカのCOACH Aのビジネスについて教えてください。

大きく分けると、クライアントを5つのカテゴリに分けることができます。

第一: 日本企業の海外拠点の、日本人駐在員(エクゼクティブ)。
第二: 日本企業の海外拠点の、アメリカ人従業員(エクゼクティブ)。
第三: 日本企業がM&Aをしたアメリカ企業へ派遣される日本人駐在員(エクゼクティブ)/
     現地従業員(エクゼクティブ)。
第四: グローバル企業の、現地従業員(エクゼクティブ)。
第五: アメリカ企業の、現地従業員(エクゼクティブ)。

現在、ニューヨーク地域では、第一から第三グループに対してのサービス提供をしていて、現在、第四から第五のグループへの展開を進めています。ロサンジェルス、テキサス、シカゴなどの都市では、第一から第二のグループに対しての支援が始まっているところです。今後は、アメリカ国内で更なる展開を進めると同時に、中南米や欧州へも進出していく予定です。

ローコンテクストでの会話では、二倍の言葉が必要となる

― ではまず、日本企業の海外支店に赴任した日本人駐在員・エクゼクティブが抱える課題について教えてください。

私たちが感じるのは、日本で成功体験から得た学びが、必ずしも海外では通じず、壁にぶつかる方が多いということです。

海外に出たら、文化や言葉の違う人たちとコミニュケーションしていかなくてはなりません。その際に重要になるのが、コンテクスト、文脈です。日本語や日本の文化は「ハイコンテクスト」と言われていて、「一を聞いて十を知る」というように、ニュアンスや暗黙の了解を前提にしてコミュニケーションを進める傾向が強くなっています。それに対して、英語やアメリカの文化は、「ローコンテクスト」と言われています。そもそも各人のベースは異なっている、というのが前提で、実際に多くのコミュニケーションをしながら理解をすり合わせていくのです。一説によると、アメリカ人の成人男性が一日に話す言葉数は、日本人成人男性の二倍と言われているくらいです。

また、日本企業の場合、海外に赴任した際に、日本での役職レベルの1つか2つ上のレベルの役割を任されることが多いと聞きます。日本で課長なら海外に着任と同時に部長クラス、日本で部長クラスだったら現地法人のトップになる、といった具合です。ですから、言葉や文化の違いというだけではなく、マネジメントで求められるレベルが広がるという課題にも直面することになります。

更には、多くの企業が、ローカル社員を育て、現地法人の現地化を進めようとしています。そうなると、日本人の駐在員の方々は、単に自分たちが決めたことを指示する、という一方通行のコミュニケーションではなく、ローカルの社員の主体性を引きだしながら、共に仕事を企画していくための双方向のコミュニケーションをしていかなくてはなりません。求められるコミュニケーションの質の変化にも対応する必要があります。

このように、海外駐在員の方は、考えているよりも多種多様な環境変化の下でビジネスを成功させるという、大きなチャレンジに立ち向かっていると言えるでしょう。

こうしたことを理解した上で、自分のマネジメントスタイルを修正していけるか否かが、現地での成功の鍵を握っているのではないでしょうか。

言葉や文化の異なる人たちの間でお互いのコンテクストをブリッジングし、双方向のコミュニケーションを成立させていくツールとして、コーチングの手法がひとつの解となるケースがあります。例えば、上司として業績評価や目標設定の場面に取り組む場合。理想的な状況はどういうもので、それに対して現状はどうなっていて、ギャップは何か。そのギャップを埋めていくにはどうしたらいいのか。その施策の進捗状況を把握するためにはどうすればいいのか。これらのことを明確にし、双方が納得していく必要があります。このプロセスは、まさに、コーチングにおける「対話」の流れのモデルであるコーチング・フローと一致します。ですから私たちは、個人の目標達成のためのコーチングというだけではなく、コミュニケーションのプロセスの理解と実践という面からも、ご支援をしているところです。

― そうした理解がないままに海外勤務をした場合、どのようなことが起きるのでしょうか。

まず、現地社員とまったく会話しなくなってしまうケースが見受けられます。直接会話を交わすのは日本人とだけ。現地社員とはメールでしかコミュニケーションしない、となってしまうのです。部下が質問してきたり、議論をしてきたりすると、自分がチャレンジされているように感じてしまう。それを避けようとして、直接対話するのを止めてしまうのです。相手はただ、わからないことを理解するための方法として、質問をしたり、議論したりしようとしているだけですから、その点がわかれば、そういった状況に陥らずに済みます。私たちコーチはこういうケースでは「その人との関わり方にどのような工夫ができるだろうか?」というテーマについてセッションをしています。

多くの方々は、とにかく試行錯誤して滑ったり転んだりしながら、だんだん会話する量が増えてきて、徐々に適応していかれます。こちらは先ほどの例と比較すれば格段に良いわけですが、適応するのに時間がかかってしまうようです。ハーバード大学が調べたところによると、駐在員が日本にいたときと同じレベルのパフォーマンスを出すまでには、長い方で18カ月かかるのだとか。赴任期間が3年だとして、最後の3カ月くらいは次の赴任者への引き継ぎと考えると、パフォーマンスが上がっている期間が1年ちょっとしかないことになってしまいます。

― そうした状況を避けるためには、どのような施策が考えられるのでしょうか。

赴任前から、自分のマネジメントスタイルの棚卸をし、それを元にローコンテクストでのコミュニケーションをどう行っていけばいいのか、といったことを理解・シミュレーションしてから赴任する、というのはひとつの方法だと思います。実際、そうした取り組みの企業は増えていますので、我々はそのプロセスを、コーチングを通じてサポートしています。そうして赴任前から助走期間を設け、赴任後にスタートダッシュを可能にすることで、これまで高いパフォーマンスを上げるまでに18カ月かかっていたところを、大幅に短縮することが可能となってきています。

本社のグローバル化が、現地法人の現地化成功の鍵

― 第二のグループ、日本企業の海外拠点における、現地人従業員・エクゼクティブについては、どのようなことが課題になっているのでしょうか?

多くの場合、日本から赴任していたエクゼクティブが、現地出身者に役割を渡していくことになりますが、私たちのお客様が実際に直面している課題には、以下のようなものがあります。

ひとつは、ロールマッチングです。海外現地法人では、駐在員が仕事を作る人、現地社員はそれをこなす人といった役割分担で長年やってきている場合があります。ですから、現地社員の中に、将来拠点のトップになっていくために必要な意欲や能力を持っている人がいるとは限りません。拠点のトップになれば、そのオペレーションを回すというだけではなく、日本の本社と直接コミュニケーションを取り、的確に報告を行い、時に交渉する力が求められます。ですから、海外拠点のトップを現地人材から引き上げようとした場合、採用の段階のミスマッチを見直す必要があるケースがあると同時に、新しく期待されているシニアな役職(ロール)に対して早くマインドセットを適合させていくロールマッチングが重要になります。

二つ目は、後任者を選ぶ責任をどこにおくか、です。後任者を選ぶのは本社で、駐在員にその権限が渡されていないことがまだまだ多いようです。そうした場合、現地社員を育てて引き上げていくことと、全体のサクセッションプランをどのように整合性を取っていくのかを考える必要がでてきます。最近の事例では、日本人トップが現地人トップ候補と一緒にコーチングを受けて二人の対話の質を上げ、期待に対するフィードバックをより建設的なものにするなど、サクセッションプランをより効果的に進めるためにコーチングプログラムを活用する例が増えています。「いい意味で容赦がなく遠慮がないストレートなコミュニケーションができるようになった」「もっと早くから受けていたら二人の関係を今よりももっと建設的にすることができたのではないか」というお声が届いています。

もうひとつは、二番目の課題とつながりますが、現地社員から次期エクゼクティブ候補が出てきたときに、本社がその人材を把握し、評価し、開発できる状態になっているか、ということです。これは全部を本社がやるという意味ではありません。せっかく開発した候補者を活かしてくためには、本社のオペレーションが一定以上グローバル化し、同時に現地への権限移譲ができている必要があります。その点でつまずいてしまわないための、準備が求められます。なんでも「本社が決める、本社に伺う」という状態から、その土地のベストのシナリオは「現地トップが作る」というパラダイムシフトを目にする機会が増えていると思います。

この段階で成功している企業では、駐在員が拠点の現地化のミッションを背負っていて、ローカル出身の後継者候補の育成にある程度目途が経つと、南米や中米など、次のフロンティアに移っていく、という動きが見られます。以前は、海外に出た後は必ず一旦日本本社に戻って、そこから次の駐在地へ、といった、行ったり来たりが一般的でした。しかし、昨今は、海外で実績を上げたら、直接次の海外拠点へということも珍しくなくなってきたようです。もちろん、海外間を異動している間でも、本社での役職は成果に合わせてきちっと上がっていく。こうした例は、参考になるのではないでしょうか。

ただ、全体で見ると、海外法人でローカルのエクゼクティブ育成に苦労している日本企業は、まだまだ少なくないように感じています。

海外で人事のシナジーを生み出すことができる人材の育成は急務

― 自社の海外法人でもそうした苦労があるとなると、第三のグループ、M&Aをした海外企業のマネジメントのハードルは高そうですね。実際に、M&Aをした後、人事面でのシナジーを出すことができずに苦労しているという話を耳にします。

そうですね。今までお話した一番目と二番目への対応は、行ってみれば「練習問題」。それに対して、M&Aをした海外企業を人事的にも統合していくことは「応用問題」ということができるでしょう。一番目と二番目は、大変とは言ってもあくまで自社内での問題ですから、そこでコミュニケーションやガバナンスがうまくいっていないとしたら、「応用問題」を解こうとしても苦労するのは無理もないと思います。

― 吉川さんは、そうした状況に直面している、日本人エクゼクティブの方々のコーチングをされていると思いますが、そこでのご苦労について、お話できる範囲で教えていただけますか?

M&Aをした企業を本社とブリッジングしていくという仕事は、本当に難しいタスクです。単に、日本企業のグローバル化の遅れがネックになっているというだけではなく、そもそも、本質的に難しい課題です。まず、双方の関係者が多いですし、かつそうした方々の多くが、本社や買収先の経営層です。皆、発言力も強く一筋縄ではいきません。例えば、買収先の経営陣とうまくコミュニケーションを取って良い関係を構築したと思ったら、本社から「あいつは向こうに取り込まれた」と攻撃されてしまうこともあります。だからと言って、本社の方ばかり向いていると、「あいつは俺たちの仲間ではない」といって買収先から背を向けられてしまう。このパワーバランスのなかで限られた時間内に買収のシナジー効果を出すリーダーシップをどう発揮していけばいいのか、非常にデリケートな世界です。

こうした仕事に、最初にお話したような自分のロールマッチングに四苦八苦しているレベルの人がアサインされたとしたら、本当に苦労をすると思います。特に、M&Aで人事面のシナジーを出していこうと思ったら、買収完了後半年から遅くとも1年以内には目途をつけることが必須となると言われています。時間が経ってしまうと、キーパーソンが辞めるなどして、組織力が落ちてしまう危険があるからです。パフォーマンスを出すのに18カ月かかってしまっては、期待するシナジーを出せる旬が過ぎてしまいます。そこで、買収を成功させた人にブリッジングの仕事をしてもらうケースもあるようですが、彼/彼女はディールメーカーであって、シナジーメーカーはありませんから、なかなかうまくいないようです。海外進出が視野に入っているのであれば、できるだけ早く、こうしたことができる優秀なチームビルダー、シナジーメーカー型リーダーの開発に着手する必要があると思います。

― そうした人材には、高度なコミュニケーション力、豊富なビジネス経験、胆力などが必要となりますね。M&Aを繰り返してグローバルで成功している企業は、どうやってこうした人材を確保しているのでしょうか?

そうした企業では、海外のエクゼクティブになるためのキャリアパスが明確に設けられていることが多いようです。例えば、ある企業では、「3つ以上の地域で仕事をしたことがあること」、「3つ以上の事業でトップを経験したことがあること」、「新規事業を立ち上げるか、不採算事業をV字回復させたか、買収先企業のマネジメントをしたことがあること」が、海外エクゼクティブになる条件として挙げられています。こうしたレベルの人を意識して採用し、さらなるリーダー開発をしていますから、人材のプールができているわけです。買収先にそういうリーダーがいた場合に、積極的にその人材を活用するのがうまい企業も増えてきていると思います。

― 最近日本でも、トレーニー制度を取り入れて、若手を海外に派遣する動きが活発化しているようです。

実は、若い時のトレーニー制度は、あまり実践的な学びになっていないのではと危惧する声を耳にします。確かに海外で仕事をするという経験には価値があると思います。しかしあまりに若すぎますと、マネジメントのタスクもなく、ともすると、現地社員から指示を受けて仕事をしていたりして、将来必要とされるシビアなコミュニケーションに晒される機会が持ちにくいのでは?というのがその理由です。トレーニー制度を、本気で将来に活かしていこうと思うのでしたら、現地の同僚や部下とコラボレーションをしながら、自らの責任でアウトプットを出していくといった、クロスカルチュラルな環境での生々しい苦労ができるプログラムがいいのではないかと感じました。

今までの経験の範囲外のことを、どれだけ面白がることができるか

― 海外の環境で成功する人の共通点はありますか?

何でも面白がる方が多いように感じます。好奇心があって、変化を楽しいと思える。知らなかったことを知ったり、未知のことを経験したり、新しい人との人間関係を構築することにわくわくできる人が、高い成果を上げているように思います。日本の中で成功してきたからといって、必ずしも海外で成果を出せるわけではありません。同質性の高い日本で成功してきた今までの自分のスタイルに固執せず、ステレオタイプで新たに出会う人を判断せず、多様性の高い環境に柔軟な気持ちで対応していくことが、成功の鍵のひとつではないかとみています。

― 最後に、ビジネスコーチングの本場、アメリカで、どのように日本発のコーチングを展開しているのか、教えてください。

アメリカでのコーチングは、今、かなり変質してきています。コーチングといいながら、本来やらないはずの具体的なアドバイスをする「コーチ」が増えていて、メンターなのか、コンサルタントなのか、コーチなのかわからないような人が出てきているように思います。元来コーチングは、解決方法そのものを教えるものではなく、本人が考え、自ら行動することを促すための手法なのですが、その根本を揺るがすような関わり方をしているのです。そんな中、我々は「答えは相手のなかにある」という本来の意味での純粋なコーチングを提供することにこだわっています。

また、アメリカで行われているコーチングは、基本的に、個人にフォーカスを当てた1対1のコーチングが主流ですが、我々は組織変革を目的にした、システミック・コーチング(組織型コーチング」を手掛けているのがユニークなところです。

そして、コーチングの対象範囲の考え方が、大きく異なります。アメリカの場合、ビジネスコーチングと言えば、基本的にはエクゼクティブに対してリーダーシップを高めることが主目的です。日本やアジアの企業では、数百人単位で社内コーチを一気に開発して、社内でコーチをし合い、対話を通じて組織変革を一気に進めるといった取り組みを行っていますが、そのようなダイナミックな展開はまだまだアメリカではありません。また、一般のマネジャークラスにまでコーチングの考え方と取り入れ、あらゆる階層で多段階にリーダー開発を行うというコーチング活用方法もほとんど見当たりません。

このように、我々には、アメリカにはない新しい価値が提供できるという強みがあります。ですから、今後、想像以上にビジネスチャンスがあると感じています。

― 日本発のコーチングが世界に拡がっていくことを期待しています。本日はどうもありがとうございました。


取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授)

(2014年5月)

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