HR Fundamentals : 人材組織研究室インタビュー

第16回 「正規と非正規の境界」に注目して見えてきた人材マネジメントの現状と今後

第16回 「正規と非正規の境界」に注目して見えてきた人材マネジメントの現状と今後

一橋大学大学院商学研究科 准教授 島貫 智行 氏

「日本企業は正規社員に成果主義的な評価・処遇制度を導入するとともに、非正規社員の活用を拡大している」。こうしたことが近年の日本企業の人材マネジメントの傾向だと認識しているのではないでしょうか。しかしよく見てみると、日本企業はより総合的に正規社員と非正規社員の活用を変化させているようです。今回は日本企業の人材活用の変化を「正規と非正規の境界」という観点から検討している島貫氏にお話を伺いました。


島貫 智行 氏  プロフィール

慶應義塾大学法学部卒業。総合商社(人事部門)勤務を経て、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。山梨学院大学専任講師などを経て現職。一橋大学博士(商学)。 主な論文に「人材マネジメントの分権化と組織パフォーマンス」(『組織科学』Vol.42,No.4,2009年)、「派遣労働者の人事管理と労働意欲」(『日本労働研究雑誌』No.566,2007年)などがある。


正規・非正規の関係性に注目して人材マネジメントを考える

― 本日は、2010年12月に「雇用の境界から見た内部労働 市場の分化」(『組織科学』)という興味深い論文を発表された島貫先生にお話を伺います。そこでは、近年の日本企業の人材マネジメントに関して新しい発見 があったと伺っております。まず、この研究に取り組もうと思われたきっかけを教えていただけますか?

こ れまで日本企業は伝統的に正規社員と非正規社員の仕事や雇用管理、キャリア開発を明確に区別してきたと言われています。正規社員は中核業務に従事させて内 部育成と能力主義賃金で活用する一方、非正規社員は周辺業務に従事させて限定的な能力開発と低賃金で活用してきました。しかし、過去20年に日本企業は2 つの人材マネジメントの変革を行いました。1つは、正規社員への成果主義の導入、もう1つは非正規社員の積極活用です。特に非正規活用については、基幹化 と呼ばれる、正規社員と同等の仕事に非正規社員を活用する動きが広がりました。日本企業は正規社員と非正規社員それぞれの人材活用を変化させてきたので す。

では、こうした結果として、近年の日本企業は正規と非 正規の双方をどのようにマネジメントしているのか。正規社員と非正規社員の関係性に注目することで、日本企業の人材マネジメントの実態を捉えられるのではないかと思ったのが、この研究のきっかけです。

も ちろんご存知のように、企業の中で異なる雇用形態をどのよ うに組み合わせるかを考えるフレームワークとして「人材ポートフォリオ」の考え方があります。ただ、このフレームワークは、仕事の特性や求められる技能の 特性に応じて適切な雇用形態があるということを前提に、雇用形態の組合せに注目するものですから、同じように中核業務に従事している正規社員の採用や育 成、評価・処遇のありかたが企業ごとにどのように異なっているのかを捉えることが難しいのです。そこで、このポートフォリオの視点を活かしながら、企業内 の正規・非正規の人材マネジメントを総合的に捉えるために、正規・非正規の接点、つまり「境界」に注目することにしてみたのです。

正規・非正規の「境界」の引き方の違いによる3類型−「分離型」「統合型」「併用型」

― 今回の研究での分析のポイントを教えていただけますか?

今回の研究は、労働政策研究・研修機構が行った調査のデータを再分析したものです。2005年12月に、従業員30人以上の事業所を対象に調査票が10,000配布 され、870部が回収されました。広い意味での非正規社員には、契約社員やパートに加えて、派遣社員や請負社員などの外部労働力を含めますが、今回は「非正規社員」の範囲を契約社員とパートの2つに限定して分析を行いました。

そして、正規社員と非正規社員の境界設計について、1) 正規と非正規の仕事の重なりの程度(=「境界の曖昧性」)、2) 非正規から正規への転 換可能性(=「境界の開放性」)、3) 非正規の雇用区分の数(=「境界の階層性」)という3点に注目して類型化しました。「境界の曖昧性」と「境界の開 放性」、そして「境界の階層性」それぞれの高低を組み合せると 8つの類型が考えられるわけですが、分析をしてみると3つの類型に分類されました。

1つ目は、正規と非正規の仕事の重なりの程度が低く、非正規から正規への転換可能性が低いタイプで、「分離型」と呼んでいます。2つ目は正規と非正規の仕事の重なりの程度が高く、正規への転換可能性が高いタイプで、「統合型」と呼んでいます。「 分離型」と「統合型」は、境界の曖昧性と開放性の点で対照的な境界設計ですが、いずれも非正規社員としてパートもしくは契約社員のいずれか一つを活用しています。

これに対して3つ目の「併用型」は、「統合型」と同様に、正規と非正規の仕事の重なりの程度が高く、正規への転換可能性が高いのですが、パートと契約社員という異なる非正規社員を活用している点で上記の2類型と異なります。

表1 正規・非正規の境界設計の3類型
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次に、正規と非正規の境界設計に基づいて分類した3類型の事業所群が、それぞれどのような正規社員の人材マネジメントを行っているのかを比較しました。正 規・非正規の境界線の引き方が、正規社員のマネジメントの特徴とどのように結びついているか、ということを明らかにしていったのです。

正規社員の人材マネジメントは、「採用・育成」と「評価・処遇」という2つの側面を見ました。

まず「採用・育成」については、「雇用の非正規化方針」(=正規社員の採用を抑制して、非正規社員を増やす方針)と、「新卒長期雇用方針」(=中途採用よりも新卒採用や長期内部育成を重視する方針)の2つです。

表2 境界設計と正規社員の採用・育成方針
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また、「評価・処遇」については、「能力主義賃金方針」(=賃金(基本給)の決定要素として仕事内容よりも職務遂行能力を重視する方針)と「賃金格差の拡大方針」(=社員間の賃金格差を拡大する方針)の2つです。

表3 境界設計と正規社員の評価・処遇方針
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「正規と非正規の境界設計」から見えてきた日本企業の人材活用モデル

― 研究のベースとなっている考え方の整理がつきました。では、3つの型それぞれの、正規社員のマネジメントの特徴を教えていただけますか?

まず「分離型」からいきましょう。正規と非正規の仕事を区別して、非正規から正規への転換を制限しているタイプですね。「分離型」の正規社員の採用・育成 の考え方を見ると、正規の代替として非正規を増やす方針が最も弱く、新卒長期雇用をするという伝統的な採用・育成方針を維持しています。しかし、ここが興 味深いのですが、評価・処遇の考え方を見ると、能力主義賃金の方針が最も弱く、賃金格差を拡大する方針が3類型の中で最も強いのです。つまり、「分離型」 の正規社員マネジメントの特徴は、新卒長期雇用と成果主義の組合せということになります。

次に「統合型」は、非正規社員に正規と同じ仕事 を任せて、正規への転換機会を設けているタイプですが、採用・育成方針を見ると、3類型の中で新卒長期雇用の方針が最も弱く、中途採用を積極的に行なう傾 向が出ています。しかしその一方で、評価・処遇については、能力主義賃金の方針が強く、また賃金格差を拡大する方針も弱いことがわかります。つまり、「統 合型」は他に比べて中途採用を積極的に行うけれども、賃金体系については伝統的な能力主義賃金の方針を維持しているのです。

最後に「併用 型」を見てみましょう。非正規社員に正規と同じ仕事を任せて、正規への転換機会を設けるとともに、非正規社員としてパートと契約社員を併用しているタイプ です。「併用型」の採用・育成の考え方は、非正規社員を増やす方針が非常に強く、最も新卒長期雇用を重視しています。また、評価・処遇については、賃金格 差の拡大方針が全体平均よりやや高いのですが、能力主義賃金を重視していることが注目されます。「併用型」は、非正規社員を増やして、正規社員を絞り込む とともに、そうした正規社員を長期的に内部育成・活用する考えを持っていることが読み取れます。また、非正規社員を積極的に活用しながらも、仕事に応じて パートと契約社員を使い分けていることが推測できます。

ここで気付かれたかと思いますが、これまでの日本企業は、正規社員と非正規社員を 明確に区別して、正規社員を長期内部育成と能力主義賃金によって活用してきたと言われていますが、この3類型はいずれもそうした伝統的なマネジメントとは 異なる特徴を示しています。「正規と非正規の境界設計」という視点を導入すると、日本企業の人材マネジメントが伝統的なタイプから幾つかのタイプに分化し てきたことが見えてきます。

3類型は正規・非正規の総合的な人材マネジメントに向けてのチャレンジ

― この3つの型は、どのように分化していったのでしょうか?

1990年代半ば以降、多くの日本企業は、伝統的な正規・非正規の活用に部分的な修正を加えることで、業績回復を目指したように思います。

例 えば、「分離型」は正規と非正規をはっきりと分離して正規社員の長期雇用を維持する代わりに、成果主義を導入して正規社員を活性化しようとしたのでしょ う。逆に、「統合型」は非正規活用や中途採用を進めながら、能力主義賃金を残して正規・非正規社員の定着を目指したのかもしれません。

そ して、「併用型」は、正規社員を少数精鋭化することによって内部育成と能力主義賃金という伝統的な人材マネジメントの強みを維持しようとしたと考えられま す。同時に、パートや契約社員など非正規社員の雇用区分を細分化することによって、非正規活用の柔軟性や連動性を高めてより戦略的に活用しようとしたので はないでしょうか。

― 「併用型」が理想系、最終的なゴールということになりますか?

今 後この3類型がどのように推移していくのか、今最も注目している点です。一つ考えられるのは、「分離型」と「統合型」が少しずつ「併用型」に移行していく 可能性です。一般に、人材マネジメントの仕組みは内部育成(make)もしくは外部調達(buy)の一貫性が確保された場合に安定すると考えられます。伝 統的な人材マネジメントは内部育成の一貫性がありましたが、「分離型」と「統合型」の場合には、採用・育成方針と評価・処遇方針にmakeとbuyの考え 方が混在しており、やや一貫性を欠いているように思います。

その点で「併用型」は正規社員を限定化することによって内部育成の一貫性を維 持しています。将来的には「分離型」と「統合型」も少しずつ「併用型」に向かうことが考えられます。もちろんもう一つのストーリーとして、3類型がそれぞ れ何らかの工夫を加えることで安定し存続していく可能性もあるでしょう。今まさに日本企業はそのチャレンジのなかにいると思います。

通常 こうした話題は、「分離型と統合型、併用型のいずれが望ましいのか」という議論になりがちなのですが、正規と非正規の境界設計や人材マネジメントのありか たは、企業の戦略やビジネスモデル、経営環境によっても異なるでしょう。「分離型」と「統合型」のなかにも、うまくいっている企業もあればそうでないとこ ろもあるはずです。

重要なのは、企業内の正規社員と非正規社員の活用を考えたときに、単に雇用形態の組合せというレベルにとどまらずに、 自社の競争力の源泉や戦略、ビジネスモデルの観点から見て、自社にとって必要な正規社員・非正規社員とはどのような人材なのか、また正規・非正規の双方か ら企業への貢献を引き出すには総合的に見てどのようなマネジメントが必要なのか、というところまでもう一歩踏み込んで考えることだと思います。雇用リスク の回避や人件費の削減だけを重視して非正規社員を活用するという発想では、人材ポートフォリオを組むことはできても、そうして組み合せた非正規社員から企 業への貢献を引き出すことは難しいでしょう。

ちなみに、この調査は2005年のものですが、最近の日本企業の人材ポートフォリオはまた 違ったタイプになっている可能性もあります。今回は派遣や請負などの外部労働力の活用を含めていませんが、リーマンショック以降は、派遣法改正の議論など もあり、日本企業は外部労働力の活用を戦略的に見直しているでしょう。本年度中に、直近の日本企業の人材ポートフォリオに関する調査を実施して更に検討し ていく予定です。

「境界」という観点から見えてくる人材マネジメント・組織運営のヒント

こ こまで「境界、境界」と言ってきましたが、それは企業内の人材活用の話で、実はその周りに大きな「境界」があることを忘れてはならないでしょう。製品・ サービスを提供する顧客との境界です。顧客から見れば、相手が正規か非正規かということは関係ありません。戦略の達成や中長期的な企業競争力の向上という 観点から、企業内部の境界をどのようにマネジメントしていくのかという点は今後より重要になっていくと思います。

また、多くの企業では、 正規社員と非正規社員の人材マネジメントが別々の担い手によって行なわれていることが多いでしょう。例えば、本社人事は正規社員の新卒採用には関与してい ても、非正規社員の採用や外部労働力の活用は事業部や店舗などの現場に任せていることが多いのではないでしょうか。また、正規社員についても人事異動や人 材育成に関しては事業部が主体となって実施しているケースも多いように思います。しかし、このように正規・非正規の活用を総合的に考えることの重要性が高 まってくると、本社人事、事業部、職場や店舗などで行なう人材マネジメントの役割分担のありかたも再考が求められてくるかもしれません。

― 「境界」という視点で、既存のカテゴリを読み解くという発想は興味深いですね。人事は、既存の雇用カテゴリ毎に制度を作っていればいいという認識を改める必要がありそうですね。

今回は正規と非正規の境界を中心にお話ししましたが、実は正規社員の中にも「境界」を設計しています。近年の日本企業が正規社員の中にも、い わゆるコア人材としての正規社員とそうではない正規社員に区別して育成・活用しているという研究成果もあります。正規社員内部の境界設計も重要な課題のひ とつになるでしょう。

そして、さらに難しいのは、今までお話しした「境界」という視点は、あくまで企業側が引いた境界線ということです。 実は、働く人たちも自分たちの立ち位置を決める「境界」を引いているのではないでしょうか。それは必ずしも、企業側の線引きとは一致しないこともあるで しょう。また、正規社員と非正規社員では境界線の引き方が異なるかもしれません。企業側と働く側の境界線の引き方が組織のマネジメントにどう影響してくる のか、興味深いところだと思います。今後、正規・非正規それぞれの人材マネジメントはもちろんですが、正規・非正規の境界をどのようにマネジメントしてい くかという点がいっそう重要な課題になると思います。

― 本日はどうもありがとうございました。

取材・文 大島由起子(当研究室管理人) /取材協力: 楠田祐 (戦略的人材マネジメント研究所)

(2011年1月)


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