HR Fundamentals : 人材組織研究室インタビュー

第14回 ビジネストップはアスリートと同じ。コーチをつけずにアスリートは勝てるのか? (後半)

第14回 ビジネストップはアスリートと同じ。コーチをつけずにアスリートは勝てるのか? (後半)

株式会社コーチ・エィ/株式会社コーチ・トゥエンティワン代表取締役 伊藤 守 氏

日本のコーチングビジネスの草分け的存在であり、現在も現役のコーチ、複数の会社の創設者であり現役の経営者でもある伊藤守さんに、次世代リーダーやグローバル人材をどう育てていけばいいのか、日本企業の人事は今後どのように考えていけばいいのか、コーチングの本質を軸に語っていただきました。


伊藤 守 氏  プロフィール

株式会社コーチ・エィおよび株式会社コーチ・トゥエンティワン代表取締役。ほかに株式会社キャッチボール・トゥエンティワン・インターネット・コンサルティング、株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワンの代表取締役会長を兼務。また、日本における最初の国際コーチ連盟マスター認定コーチである。地方公共団体、教育機関、経営者団体などを対象とする講演多数。企業・経営者団体などを対象とした研修のほか、経営者の個人コーチも自ら手がける。またコミュニケーションに関する著書も数多く出版されている。

前回の対談内容はこちらから↓
ビジネストップはアスリートと同じ。コーチをつけずにアスリートは勝てるのか?(前半)

自分で考え、判断し、行動し、その結果を自ら評価できるようにするのがコーチング

【楠田】 コーチングを活用する企業が増えていると聞いています。

【伊藤】 はい、増えていますね。ただ、まだまだ誤解が多いと思います。先日、昨年まで早稲田大学のラグビー部の監督をされていた中竹さんとお話をしたのですが、彼が監督になって、コーチたちが「俺の頃は・・・」と発言することを禁止したそうです。それはメンターの仕事であって、コーチの仕事ではないからです。

【楠田】 コーチとメンターの違いを教えていただけますか?

【伊藤】 メンターというのは、「私はこうした」という経験やエピソードを相手に伝達して、それをモデルにしなさい、という意図を持っています。私もできたのだから、あなたもできるはずだ、ということです。

しかし、コーチはそれをやりません。「私の経験」から相手を学ばせるのではなく、自分で考えてもらう、というのがコーチングの大前提です。

飛行機を例に取って説明しましょう。グライダーとジェット機を想像してください。グライダーが飛ぶためには、誰かが牽引して高所まで運んでいく必要があります。自分の力だけでは飛べません。動力がついていませんから、飛び立った後も風を利用して飛んでいく。あくまで他力を使うわけです。

一方ジェット機にはエンジンがありますから、自分で飛び立っていくことができる。コーチングは、その人のエンジンをフルに使っていくためのサポートであって、グライダーを高所に引っ張り上げる牽引機ではないということです。

ですから、コーチングで目指すのは、自分で考えて、判断して、行動を起こし、その結果を自ら評価できるようになることです。そのことを理解していないと、コーチングのパワーをうまく活用できないと思います。

先日(2010年6月)、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が小惑星「イトカワ」に飛ばした「はやぶさ」がオーストラリアに落ちてきて話題になりましたね。あの「はやぶさ」が32億キロの高さを飛んでいるときに、地球上からコントロールしようとすると、16分かかるそうです。例えば、何か障害物が見つかって、「右に曲がれ」と指令を出したとしても、向こうに届くのが16分、その結果が地上に戻ってくるまでに32分。その間にどこにいくかわからなくなってしまう。それでどうしたかというと、「はやぶさ」に自律性を持たせることにしました。自分で考え、判断して、行動する能力を持たせる。それが状況対応能力の最も高い状態である、ということです。

ただし、周りの話・情報を頼るな、といっているわけでもありません。生物学に、ロバストネスという考え方があります。動植物が生命を維持していくために外部からのフィードバックを受けながら、最終的にそれらを取捨選択して形態や形質を変えていく、というものです。外部からの情報を十分に活用しながら、最終的に自分の判断で決めていく。こうしたことができる人を育てていくことが重要なのだろうと思います。

【楠田】 そうした自律型人材を育てていくためには、数日間の研修では難しいですね。

【伊藤】 技術系の研修は違うでしょうが、リーダーシップとかコミュニケーション系の研修は、数日間で覚えて実践できるようになるということはあり得ません。

例えば、研修でクリティカルシンキングを習う。そのことは頭で理解できるし、紙に書くことはできる。しかし、それを使って頭の固い職場の上司を説得してみろ、と言われると、まったくできない人が多い。これが現実ではないでしょうか。そこで、話のわからない上司に意見できるようにサポートしていくのがコーチングです。そして、その人が上司にものを言えるようにならなかったとしたら、そのコーチングは効果がなかったということで、結果が明快です。

コーチングは、金メダルを目指す人をサポートする

【伊藤】  私自身も1997年からコーチをつけていますが、二人目のコーチはカナダ人で、金融機関の頭取やオリンピック強化選手のコーチもしている人でした。実際に彼がコーチをしていた選手4〜5人が金メダルを取っています。私も、「あなたは、金メダルを取りたいですか?」と聞かれました。そんなことは当然だと思って、何でそんなことを聞くのかを尋ねたら、「『銀メダルでいい』なんていうやつをコーチングするほど間抜けではない。コーチングは金メダルを取りたい人のものなんだ」と言われました。

コーチング=金メダルを目指すサポート、と考えると、「昔、俺はこうした」という話は意味がありません。もし、万人に当てはまる「こうすれば金メダルが取れるよ」という方法があるのであれは、皆が金メダルを取れてしまいますよね。その人の力をどこまで引き出していくか、ということが大事だということがご理解いただけるでしょう。ですから、コーチングの一般原則として具体的なアドバイスもしません。

それから、「アドバイスをしない」ということは、知的格差によってビジネスをしないということです。例えば、コンサルタントというのは知的格差を持ってビジネスするわけです。知的格差をベースにアドバイスを受けることの問題点は、自律性が失われていくことです。コンサルティングをすべて否定するわけではありませんが、やはり最後には自分の足で立ち、前に進めるようになることを目指さないと、いつまでも人に頼り続けなくてはならない。そこに、コーチングが果たすべき役割があると思っています。

残念なことに、そのことに自覚的ではなく、知的格差を利用してコーチングをしようとしてしまうコーチも少なくないと危惧しています。「社長としては、こうするべきなのではないですか」「やはりアドバイスをした方がいいのではないですか」などと、したり顔で話をするコーチもいます。もし、自分の下にいるコーチなら叱りつけます。現場でぎりぎりの真剣勝負をしている人たちに、知的格差を安易に利用して、口先だけで商売をするな、と。

確かに、多くの人がすぐに解決策を知りたいと思っているもの事実です。でも、コーチがすべきことは、解決策を教えることではなく、解決策を自分で作り上げていくパターンを学習してもらうことなのです。

【楠田】 会社の中で、「金メダル」を取るコーチングとなると、具体的にはどのようなコーチングになるのでしょうか?

【伊藤】 コンサルティングと比較するとわかりやすいかもしれません。コンサルティングの場合は、会社全体を見てリサーチをし、戦略を組み立てていくということだと思いますが、コーチングの場合は、社長やマネジャーという「人」にフォーカスします。もちろん、彼らに正確にアプローチしていくために、その人たちの存在がどのような影響を会社に与えているのかは予めリサーチします。しかし、その結果のフィードバックはあくまで個人に行います。「会社としてこうすべきだ」という話は一切しません。

そこで、個人が考えている状況と、リサーチから見えてきた組織の状況を照らし合わせて、そのギャップを理解してもらい、そのうえでコーチングを始めます。この方法をとると、目標達成までのスピードが上がります。こうして、リサーチのシステムを持ち、最初からステークホルダーを巻き込んだかたちでエクゼクティブやマネジャーをコーチングしていく手法を取っているのは、私たちのオリジナルです。

【楠田】 人事部を訪問していて最近感じるのは、日本の会社でも、コア人材への投資に力を入れ始めている、ということです。多くの日本企業がごく最近まで結果平等主義でしたよね。例えば、3人いて、ペットボトルが3本あったとします。これまでの日本企業だったら、無条件に一人に一本ずつ配ってきたと思います。しかし最近は、Aさんはよくやったから2本、2番目に成果を上げたBさんに1本、残念ながら成果が出なかったCさんには渡さない、といった考え方が浸透してきたかな、と。平等から公平になってきた、ということだと思います。

コア人材の質が上がることで、次世代のリーダーを育成するという面もありますが、その下で働く人たち、組織が変わっていくという効果も期待できるだろうと見ています。

では、そこで何をやるのか。やはり重要なのは、その人たちの行動が実際に変容すること。そういう意味で今おっしゃった形のコーチングは、企業のニーズに応えることができますね。

【伊藤】 その通りですね。それから、一人一人のコーチングの質を上げていくためには、集団であることも重要だと考えています。一人でやっていると、担当できるクライアントは限られてしまい、どうしてもぶつかるケースが偏ってきます。集団になることで、そうした限界を超えることが、コーチングの質を上げていくと考えてきました。そこで、今のような組織にしたわけです。

【楠田】 今何人くらいのコーチがいらっしゃるのですか?

【伊藤】 150人です。今は、日本だけではなく、ニューヨーク、上海に進出をしていて、将来的には20〜30カ国に拠点を置きたいと思っています。そこにはグローバル化する日本企業を支援していきたいということもありますが、同時に、それぞれの文化圏で培われるリーダーシップがどういうものなのか、一時情報として吸い上げ、情報提供していきたいという思いもあります。

そうしないと、日本企業はいつまでもアメリカ発の情報で動き続けることになるという危機感を持っています。自分たちで集めてきた情報で、自分たちの人事戦略を考えていける時代にしていきたいと思いますね。

【楠田】 今、アメリカというお話が出ましたが、2010年2月1日にニューヨークに拠点を出した際に講演されたと伺いました。そのときのエピソードなどありますか?

【伊藤】 「日本企業はまだまだコーチングを知らない」ということを痛感しました。今、アメリカの企業でコーチングを知らないところは皆無です。エクゼクティブにコーチがつくのは前提で、どういうコーチングスタイルが使われているかとか、どんな風にコーチングスキルをインストールしていくか、ということが話題になっています。日本企業は、コーチングという言葉は聞いたことがあるけれど、具体的に自分たちがどう活用していくかのイメージができているところがまだまだ少ないのが現状です。

最近はそうした状況に目をつけて、コーチングのプロではない会社が、「これからは組織ではなくて人だ」と言って、コーチングの世界に参入してくる動きが出てきています。

ただ、弊社で部長クラスのコーチができるようになるためには、最短でも3年はかかります。更にエクゼクティブコーチのレベルに達するには最低5年以上必要です。つまり、レベルの高いコーチを育てるのには、時間とお金がかかるのです。人間そのものに関わる仕事って、底なし沼みたいなところがありますから(笑)、そこでまた制度やアセスメントといった仕組みに逃げずに、コーチング自体の質をどこまで追求できるかが勝負ではないかと思いますね。

ビジネストップはアスリートと同じ。コーチをつけずにアスリートは勝てるのか?

【楠田】 エクゼクティブコーチについて、一度伺ってみたいと思っていたのですが、日本企業で「社長、コーチをつけてください」と言うのは、猫の首に誰が鈴をつけにいくのか、という面があるのではないですか?社長や経営陣は、「俺に何の問題があるんだ」「俺はいいよ」という反応をしてくるのではないかと。

【伊藤】 私は、実は本音ではつけてほしいと望んでいるのではないかと思っています。ボストン・フィルハーモニックのコンダクターで、ベン・ザンダーという人物がいるのですが、彼はコーチングについても講演をしているんですね。彼がよく言うのは、音楽家でコーチがついていない人はゼロだ、と。クラシックのミュージシャンには全員コーチがついているというのです。プロゴルファーもそうですね。コーチをつけていないプロはいません。それなのに、凡人である我々が、コーチもつけずにどうやって勝負をするのですか?というわけです。

ところが、凡人が凡人である所以は、「俺なんか、コーチをつけなくても一人でやれる」と思ってしまうこと。そう思うなら、どうぞ一人でやってください、そういう人を説得するつもりはありません、と突き放すのです。

確かに、尾崎将司さんや青木功さんの時代にはコーチをつけていなかったかもしれない。しかし、今は、片山晋呉さんから石川遼さんに至るまで、コーチがいる。宮里藍ちゃんには、3人位コーチがついているといいますね。フィジカルコーチから、スイングのコーチ、メンタルコーチまで。

【楠田】 アスリートにはコーチがついているのが当たり前ですね。

【伊藤】 そうですよね。企業のエクゼクティブも、目標を目指して走り続けると考えたら、アスリートなのです。そういう人たちにコーチがついていないことの方が、例外だと考えた方がいいと思います。ただし、日本の企業では「自分たちはアスリートだ」ということに自覚的ではない経営層が多いと思いますが・・・。ですから、「この会社にはアスリートが何人いるか」という視点は大事だと思いますね。

【楠田】 確かにそうですね。

【伊藤】 だから、私は自分がアスリートだと思っている人をコーチします。「私はアスリートではないし、金メダルを目指すつもりもない」という人には、コーチングの効果が薄いからです。

コーチングは、「アスリートになりたい」という気持ちを生み出してくれて、基本的なモチベーションを上げる手伝いをしてくれるものと思われてしまうことがあります。しかし、そろそろ、やる気は誰かが出させてくれるものではない、その部分は自分で持つしかない、ということに気がつく必要があると思いますね。

【楠田】 伊藤さんが考える「アスリート」の定義とは?

【伊藤】 アスリートの特徴のひとつは、自分で常にペースメーカーを見つけていることですね。一般的に「目標」と言いますが、本質を捉えて言い直せばペースメーカーなんですよ。そして、目的は実は金メダルを取ることではなくて、「金メダルを取ったあとに自分の人生をどう設計しようか」というビジョンなのです。実はそれを明確に持っていないと、金メダルそのものは取れないと言われています。単に金メダルを目指している人は金メダルに行きつかないらしいです。

【楠田】 その先を見ていなければ駄目だということですか?

【伊藤】 その通りです。金メダルを通過点として捉えることができたとき、金メダルを手にすることができる、ということです。そのために、自分に合ったペースメーカーを見つける必要がありますし、正しく見つけるために自分の中にスタンダートを持っていることが重要になるのです。

水泳の北島選手も最初はなかなか勝てなかったといいます。何が彼を金メダルに導いたかと言えば、コーチがゴールを変えたのです。普通に考えれば、水泳のゴールは壁にタッチすることだと思いますよね。しかし、コーチは、タッチをした後に自分のタイムが表示されているボードを見ることがフィニッシュだと決めたといいます。壁をタッチすることはあくまでその通過点でしかない。そうすることで、コンマ何秒かの短縮になったそうです。これは理論に裏付けられたものです。

【楠田】 それはビジネスコーチに当てはめるとどのようなことに?

【伊藤】 例えば大企業の役員のコーチをしていると、60歳とか65歳で定年になったあとのことをまったく考えていない人が多い。でも、役員を退いたあとに、自分は○○をやっていくんだという先までイメージできると、逆に今・現在にコミットできるようになります。逆に、今ばかりにフォーカスしてしまうと、空回りして結果を出せない可能性が高いです。「うまいマッサージ師は患部を押さない」のものです(笑)。周りの筋肉をほぐせば良くなるはずだ、と。

【楠田】 それはわかりやすいたとえですね。

【伊藤】 ネイティヴアメリカンのアパッチ族のシャーマンで、対白人抵抗戦の軍事指導者だった、「ジェロニモ」は有名ですよね。北上してくるメキシコ軍を次々に撃退して有名になった人物ですが、彼のリーダーシップは、「これから戦闘にいくから、みんな集まれ!」と先導するのではなく、自分から行動することで、それを見た仲間が「ジェロニモが行くなら俺も行こう」と自分たちで決めて行動をする、という形で現れたといいます。つまり、一人ひとりが自発的に行動しているのです。こうした組織は、たとえリーダー一人をつぶしたとしても、組織が総崩れになることはありません。

これが私が目指す新しいリーダー像です。実は日本にはこうした組織形態を形成してきた歴史があります。アメリカの公文書館に、「日本の軍隊についての研究」というのがあって、「将校にはみるべきものがない」と書いてあります。一方で、「日本の下士官の優秀さは世界で群を抜いている」と認めています。つまり、現場のマネジメントに関しては群を抜いていたということです。それを活かさない手はないだろうと考えています。

【楠田】 そのために、自律性を育てるコーチングが果たせる役割がある、ということですね。

【伊藤】 はい、そう考えています。

【楠田】 これからの日本企業が生き残っていくためのヒントがたくさん詰まったお話を伺うことができました。どうもありがとうございました。



インタビュアー: 楠田祐 (戦略的人材マネジメント研究所 / 取材・文 大島由起子(当研究室管理人)
(2010年8月)

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