HR Fundamentals : 人材組織研究室インタビュー

第20回 高齢者対策はチャンス。高齢者活用のノウハウを人材の多様性に活かす。

第20回 高齢者対策はチャンス。高齢者活用のノウハウを人材の多様性に活かす。

立正大学 経営学部 准教授  西岡 由美 氏

2013年度の年金の支給開始年齢引き上げに合わせて、厚生労働省は、65歳まで希望者全員を再雇用するよう企業に義務づける方針を固めました。今は再雇用の対象者を限定できますが、改正が通れば、企業は希望者全員を65歳まで雇用する義務を負うことになります。そこで今回は、多様な人材の活用についての研究の一環として、高齢者活用についても研究されている西岡先生に、高齢労働者の実情、その活用のポイントについてお話をうかがいました。


西岡 由美 氏  プロフィール

立正大学経営学部准教授。1998年学習院大学経済学部卒業。2003年学習院大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得退学。2003年より湘北短期大学総合ビジネス学科助手。2005年より同専任講師。2010年より立正大学経営学部専任講師。2012年より現職。専攻は人的資源管理。主な論文に「看護職人材の確保・定着を実現する職場環境」(『季刊社会保障研究』Vol.45,No.4,2010年)、「WLB支援制度・基盤制度の組み合わせが決める経営パフォーマンス」(『日本労働研究雑誌』No.583,2009年)などがある。


企業の高齢者活用は、世界にお手本のない世界

― 本日は、高齢者雇用についてお話を伺いたいと思います。まず、西岡先生のご研究について教えていただけますか。


現 在、企業の人事管理の視点から多様な人材の活用について研究しています。多様な人材の活用、ダイバーシティ・マネジメントというと、日本企業ではどうして も女性や非正社員の活用に注目が集まりがちですが、もう少し幅広い視点で人材の活用について考えていきたいと思っています。その一環として、「高齢者」の 活用についても研究しています。

ご存じのように日本では高齢化が急速に進んでいます。高齢化程度(人口に占める割合)・高齢化速度(どれ くらいのスピードで進むか)の両面から、日本は欧米先進国をはるかに上回っています。これまで日本企業の人事は、アメリカを始めとする他の先進国からいろ いろな制度やアイディアを取り入れてきました。しかしこの問題だけはどこの国も真似をすることができません。日本が世界の中で一番の超高齢化社会になるの ですから。逆に、日本がこの状況にどう対応していくのか、各国から注目されているのです。

高齢者雇用というと、「やらねばらならい」「どうにかしなくては」と受け身でネガティブに捉えられがちですが、実は大きなチャンスでもあると思っています。

まず、日本が高齢者活用に成功すればその第一人者になりますから、日本の強みとして海外にノウハウを移転することができるでしょう。そして、高齢者活用がうまくいけば、他の多様な人材の活用についてもそのノウハウが活かすことができます。

― 高齢者活用が、女性、非正社員、障がい者、外国人の活用にも活かせると?


はい。高齢者というのは、「プチ・ダイバーシティ」です。一言で「高齢者」と言いますが、その中身は実に多様です。これまでのキャリア、就労志 向、スキルはもちろん、健康状態、家庭環境も人それぞれです。こうした人たちの活用に成功できたら、他の人材カテゴリの活用でも必ずうまくいくはずです。

就労志向、キャリア、健康状態、経済状態。高齢者は実に多様

― 具体的に高齢者の多様性について教えていただけますか?


ここ10年で特に多様化が進んでいるのは、就労志向です。高齢者の働くことに対する志向は、主に4つあります。ひとつ目は「社会志向」。社会に貢 献するために働きたいというものです。二つ目が「組織志向」。組織の一員として在り続けたいから働くというもの。三つ目が「自由志向」。もう高齢期に入っ たのだから、短日勤務とか短時間勤務で自分のゆとりの時間を持ちたいというもの。そして四つ目が「経済志向」。働かなくては現状の生活を維持できない、と いうものです。大きな流れとしては、経済志向が強まっており、「生きがい」から「生きるため」の就労へのシフトが起きていると言えるでしょう。

・社会志向
・組織志向
・自由志向
・経済志向

働 く時間や場所等に制約のない人であれば、正社員としてフルタイムで働いてもらうという方法でモチベーションを高め、職場で活躍してもらうことができるで しょう。しかし高齢者の場合は、上記の4つの志向の組み合わせにより、個々人の仕事に対する満足度のポイントが異なってきます。

また、家 庭環境も実に多様化しています。以前は、ある程度人生のパターンが決まっていて、だいたい何歳くらいに子どもの手が離れるのか想定できました。しかし、最 近では結婚や子供を持つ年齢についても個人差が大きく、「高齢者」になってもお子さんが学校に通っているという方も多くいらっしゃいます。また、高齢者で 独身の方も珍しくありません。

自分を含めた家族の健康状態も多様です。核家族化にともない、家族間で介護や看護の負担を分散することができず、自身が介護や看護を背負わなくてはならないケースも少なくありません。

それに、最近では育児休暇の取得を希望する高齢者の方もいらっしゃいます。

― 高齢者の方が育児休暇ですか?


はい。自分が出産、育児をしたときには、母親のサポートにより仕事と両立させることができた。だから、自分の子どもの育児を手助けしたいと。高齢者だから育児のことを考えなくていいということではないのです。

また、60歳を迎えても住宅ローンが残っているケースも珍しくなくなっています。そういう方の場合、自ずと経済志向の度合いが高くなります。

こう考えていくと、「高齢者」をひとくくりにして、ひとつの制度でどうにかなるものではないことがおわかりいただけると思います。

多 様な人材の活用を考えるのに、よく「人材ポートフォリオ」が使われますが、どうしても「Between」に注目する傾向にあります。正社員と非正社員、男 性と女性といったグループ間の比較で事象を見ていくということです。しかし、特に高齢者の場合には、高齢者グループの中での比較、「Within」の発想 を積極的に取り入れていく必要があると考えています。

ただ、すべての可能性を取り上げていくとかなり複雑なマトリックスが出来上がってきて、結局、個別対応ということになりかねません。一方で、最大公約数的な制度を入れても実効性が望めない。企業が制度として対応していくのは決して容易ではないとは思います。

「定年ゼロ」を実現させている自己発見セミナーとカウンセリング

― そうした高齢者活用が上手くいっている企業はあるのですか?


前川製作所は上手くいっている企業のひとつではないでしょうか。同社は、「定年ゼロ」で有名になっていますが、それを支える制度がとてもしっかり 運用されています。「定年ゼロ」といっても、定年制度がないわけではなく、本人がもっと働きたいと思い、周囲がそれを承認した場合に年齢に関係なく働き続 けられるというルールがあります。それらの結果60歳になったからといって辞める人がいないというのが実際です。

同社のすごいところは、 社員が60歳以降のキャリアを考える機会をかなり早い段階から継続的に設定しているところです。50歳の時点で、360度評価にもとづいて自己発見を行う 研修を全員に実施します。その後、56歳、58歳、60歳の時点でもヒヤリングとカウンセリングが行われ、60歳以降、それが毎年続くそうです。50歳代 こういった研修を行う企業は少なくないかもしれませんが、大抵一回だけであとは本人任せになっているのが現状ではないでしょうか。

― 定年の10年前から、定年後に自分が会社に残るとしたらどんな価値が提供できるのか、考えはじめてもらうということですね。


し かも、それを定期的にブラッシュアップできる仕組みがあるということです。また、こうした仕組みがあることを社員が熟知していますから、50歳になる前か らある程度は覚悟ができているはずです。「定年間近になったら突然知らなかったことが飛び出してきた」といった「後出しじゃんけん」になっていない。それ に、実際に60歳を超えてこれまでと変わりなく働いている「キャリアモデル」が社内にいるというのも同社の強みだと思います。

できるだけ早い時期から個人の意識改革を促す仕組みを

― 今から高齢者雇用に取り組む企業はどのようなことを考えたらいいでしょうか。社内に良いキャリアモデルが出てくるまでには少し時間がかかります。


ま ず、できるだけ早い段階から高齢期の働き方について意識づけることが急務だと思います。外資系企業では40代からセカンドキャリアを考えさせることが珍し くありません。そこでは、その会社に留まるのではなく外に出るという選択肢も出てきます。40代なら、まだまだ希望する転職が可能です。

し かし、日本企業はとかく人材を抱えてしまいがちです。「定年までは面倒をみるから」と言い続ける。目の前にある「成功事例」は会社にずっといる人たちだけ ですから、皆がなんとなくそれを目指している。しかし、定年が視野に入ってきて、実際は全員が希望するポストに就けるわけではなく、ここにいても先がない と気がついたときに希望の転職ができるかと言えば、かなり難しい状況に直面することになります。

ですから、できるだけ早い段階で現実を 知ってもらい、キャリアについて考える機会を提供する。ひとつの会社にいるのが当然だという思考が固まってしまう前に意識改革をしてもらう。もちろん会社 に残るという選択肢はあるけれど、60歳を超えても働こうと思ったら、それまでと同じ働き方ができる保証はない、ということを理解してもらう。役職がなく なったうえで、年下の人たちと65歳、70歳まで働くことを具体的にイメージしてもらう。

こうしたことに取り組んでいく必要があるでしょう。ただ漠然と会社に残り続けることにリスクがあることがわかれば、本人の仕事のやり方やキャリアプランの立て方は変わってくるはずです。

制度を定着させ活用していくには、三層構造マネジメントが重要

― 65歳まで働くことの現実についての意識改革が重要だということですね。個人の意識改革の他、制度的な対応について何かヒントはありますか?

ワーク・ライフ・バランス(WLB)の実現を既定する要因を調べていてわかったことがあります。それは、制度を定着させ活用していくには三層構造の連携で考えていくことが重要だ、ということです。

例 えば、WLBの制度を導入する際に、「まずは企業として制度を整備しなくてはならない」(企業レベル)、「現場の上司の役割が重要だ」(職場レベル)、 「制度を従業員が認知しなければ利用につながらない」(個人レベル)といったことが挙げられると思いますが、どうもひとつひとつがバラバラに考えられてい る傾向があります。しかし、これら企業レベル、職場(現場)レベル、個人レベルのマネジメントを一体として考えていかないと、投入した努力に見合う結果が 得られないということがわかってきました。

中小規模の会社では、WLBの制度や施策がない場合でも、上司が個々人の事情を把握したうえで 現場で柔軟に対応できるので、従業員のWLBに対する満足度が高いという結果が出ています。一方大企業では、制度は充実しているのだが、従業員がそれらを よく知らず利用していなかったり、職場の上司の態度や自分の仕事の性質がその活用を妨げていると感じたりして、WLBに対する満足度が低いといったことが 起きています。

WLBの本質は、働く場所や時間等に制約のある人材をどのようにうまく活用し、それを企業の強みにしていくか、ということですから、高齢者活用を制度化して運用していく際にも当てはまることでしょう。

さ きほど話にでた前川製作所は、会社規模は大きいですが、現場ではプロジェクト毎に少人数で動いています。つまり、現場レベルでは中小企業のように、お互い のことを理解したうえで柔軟に対応できる環境になっていますので、高齢者活用がうまくいっているという面があります。ですから、大企業の場合、個人の意識 改革の考え方は参考になっても、制度や運用面について同社をそのまま真似てもうまくいかないでしょう。

個々の従業員の事情はもちろんです が、自社が持つ「高齢者」の傾向や、受け入れ方の選択肢も会社それぞれです。ですから、すべての会社に当てはまる制度を探すというのではなく、一度自社の 状況を「企業」「現場」「個人」レベルで整理して、それらをどのように連携させて、高齢者を活用していくのか、考えていく必要があるのではないでしょう か。

「高齢者」が持つ資産を活かせる場を作るイノベーションを

― 企業の人事は、大変な課題をまたひとつ抱えることになりますね。

「高齢者活用」となると、どうしても「大変なこと」「法律に迫られてやらなくてはならないこと」というネガティブで受け身な反応が多いですよね。でも、 「高齢者」って実は自社で活躍してきた人材なのだから、その資産をうまく活かすことができれば、企業にとってメリットは大きいはずです。最初から受け身 で、負担だと思って取り組んだら、決していい成果は出ないと思います。真剣にその人たちの経験や能力から何かを引き出そうと考えたら、もっともっと活躍の 場を作れるでしょう。

ある金融機関では、定年を迎えた先輩たちが新入社員に同行して、現場で知識やノウハウを伝授しています。商品を正し くお客様にお勧めするためには高度な専門知識や経験が必要なので、新入社員にはなかなかハードルが高い。しかし現役の先輩たちは自分たちの仕事に手いっぱ いで、丁寧に教えている時間がない。そこで、「高齢者」の登場となったわけです。こうした場は、皆さんの会社でもあるはずです。

最初にお 話しましたが、企業の高齢者活用は先進諸国の取組みを参考にすることができない分野です。人事の提案力、イノベーション力が問われます。そして、高齢者活 用のノウハウは、他の多様な人材の活用の実現に必ず役立つはずです。人事の方には、この問題に前向きに積極的に取り組んでいただきたいと思っています。

― これから日本企業の人事が待ったなしで取り組まなくてはならない問題に、ヒントなるお話を伺うことができました。本日はどうもありがとございました。

取材・文 大島由起子(当研究室管理人) /取材協力: 楠田祐 (戦略的人材マネジメント研究所)

2012年4月


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